オーディナリー・ワールド

短編ノナグラム(第6話)

応募作品

諏訪靖彦

小説

3,961文字

2020年1月合評会「普通」参加作品。

 
 最初に思い付いたのはエアガンだったけど、2006年の改正銃刀法の施行によってエアガンやガスガン、電動ガンの威力が0・98ジュール以下に定められたおかげで、人に向けて0・4グラムのBB弾を至近距離で撃ったとしても皮膚が赤く腫れる程度でしかなく、俺は10メートル以上離れた位置から比留間ひるまを殺す必要があるわけだから、風の影響を受けずに運よく命中したとしても服にしわを付ける程度の威力しかないエアガンは全く使い物にならない。だからといって規制前のエアガンを手に入れて鉛玉を詰めて放ったところで、目をつぶすことはできても殺す事ができるのかはなはだ疑問だ。俺がエアガンで人を殺した事例を知らないだけかもしれないけど、所詮空気圧で玉を飛ばす代物だから、規制前のエアガンは人を殺せる威力だったなんて自慢げにブログにアップしている奴の話をまんま信じることはできない。でも本物の狙撃銃を手に入れるつてなんて俺にはないわけで、池袋の中国人マフィアに銃を売ってくれと言っても手に入るのはトカレフやマカロフなどの拳銃だろうし、それも模造品の可能性だってあるから命中精度は期待できない。10メートル先から狙いをつけて比留間を射殺するのは無理だし、暴発する恐れもある。だから俺はアマゾンでクロスボウを買うことにした。50ジュールを超えるクロスボウが数万円で購入できる。それも照準器が付いてだ。クロスボウの先に足をかけて両手でグイッと弦を引かなくても、グリップを握ったまま片手で弦を引くタイプのハンドガンで20ジュールを超える威力がある。人ごみに紛れて比留間を狙うにはハンドガンが最適で、岩や木の板を派手に破壊するペレット弾が使えるハンドガンもあるけど俺はそんなもの使うつもりはなくて、鉛製の先の尖った矢が使えるだけのシンプルなやつでいい。20ジュールあれば10メートル先から心臓を打ち抜けるだろうし、頭部に当たれば頭蓋を砕き破り脳に突き刺さるだろう。運よく眼窩に命中すれば抵抗少なく脳に達した鉛の矢が後頭部の骨を砕き貫通するかもしれない。使ったことがないから、だろう、かもしれない、と、しか言えない。とにかく俺は商品レビューを参考に取り回しが良くて破壊力があって命中精度の高そうなクロスボウを選び「ワンクリックで今すぐ買う」ボタンをクリックした。「ご購入ありがとうございます」のメッセージが出てから再度商品ページに戻って注文したクロスボウの写真を見ながら、前後に警察官を従え護送車に向かう比留間の顔面に鉛の矢を撃ちつけ慌てふためく警察官をよそに仇討ち遂げる自分を想像した。そう仇討ちだ。江戸時代では奉行所からマーダーライセンスを貰ってリーガルに復讐ができたあの仇討ちだ。俺には歳の離れた妹がいる。いや先週まで6歳になったばかりの妹がいた。妹のこずえは比留間によって拉致監禁され、レザーグローブをはめた拳にガコンガコンと何度も顔面を殴られて、ジャガイモのように不規則にボコボコと腫れ上がった顔に向けて馬のケツを叩く短鞭でパシンと叩かれ、内出血して赤黒く腫れた部分の血が爆ぜて、対称的に白く透き通った首から下は一切の傷がなく、この世の傷というものに触れたことすらない白磁器のような身体を執拗に犯す様子を撮影した「コズィ・ディストラクション」なる動画をダーク・ウェブ上のサイト「ハート・トゥ・ザ・コア」にアップロードされ、トーアを通してユージュアルな児童ポルノでは満足できないハート・コア・ポルノ愛好家のド変態ペド野郎どもの慰み者にされた。ド変態ペド野郎どもは打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた部屋の中心で、天井から延びるロープに片足を吊るされ原形をとどめていない顔の口元であろう場所に黒いストッキングを何重にも巻かれ、よだれを垂らしながら白目をむいてアウアウと言葉にならない声を上げるしっちゃかめっちゃかな状態の梢が犯される様子を観て慰み者にした。慰み者にしたはずだ。ハート・トゥ・ザ・コアのVIP会員でレイピスト・ランカーの俺が言うのだから間違いない。今となっては俺がハート・トゥ・ザ・コアの会員なのは因果と言うか縁起であったとし考えられず、行方不明になった梢をモニタ越しに見つけた時の衝撃は脳裏にこびりついて、ダウンロードした動画を見ることなくいつでも好きな時に比留間に嬲られる梢を詳細に記憶域から引き出せる。そこから湧き出る感情は比留間に対する復讐心や何もできなかった自分に対しての憤りに近いものなのだろうけれど、俺自身がハート・コア・ポルノを提供していた側の人間で、梢を慰み者にしたペド野郎を喜ばせていたわけだから、その感情を表現する言葉はない。世界には言葉にできない感情が溢れていて、それがジェネラルだとされる感情であったとしても、適当で適切だと思って並べた言葉が意味合いの異なるものに化けることもある。だから俺が抱いている感情に見合う言葉を探すことはしないし、それらを表現できるほど言葉というやつは優れた代物でない。と、俺は思っている。とにかく比留間はコズィ・ディストラクションが元でお縄になった。俺が通報したわけではなく比留間が細心の注意を払って編集したはずの動画の一部にピタッとはめたレザーグローブの人差し指の先、第二関節から先端にかけて不自然にたるんだ箇所が映り込み、ダーク・ウェブに潜り込み捜査だからといってハート・コア・ポルノをせっせと集めていた警視庁が日本中の欠損した人差し指を持つ人間を照会し比留間を特定した。四肢欠損の人間、膠原病の人間、統合失調症、近視、薄毛、聾、ハーフ、クィア、あらゆる人間のデータベースを持つ警察にとってそれはたやすいことで、動画がアップロードされてから二日後に比留間は埼玉県川越市で逮捕された。俺も動画を見てすぐに比留間の犯行だと気が付いて、監禁場所もハート・トゥ・ザ・コア日本支部のVIP会員のみが使用できる川越市の廃工場だと分かったから、アマゾンでアーミーナイフを注文して梢を救出する方法や比留間を嬲り殺す方法を考えながら届くのを待っていたのだけれど、ナイフが届くより先に比留間は逮捕され梢は遺体となって発見された。しかし縁起は俺を見捨てないし因果は俺に結果を求める。その理の中にいるわけだから埼玉で逮捕された比留間は警視庁に移送されことになり、比留間を殺すチャンスが再び訪れた。東京都大田区にある比留間の自宅からは大量のハート・コア・ポルノが押収されて、その中にはいまだ行方不明になっている子供たちが含まれていたから、比留間が移送されるときに収監されている川越警察署の前にマスコミが大勢集まるだろうし、俺のような被害者遺族もたくさん来るだろう。たくさんの人が警察署に集まり警察官の人数もそりゃもう凄いことになっていて、その中で俺がここから先は入っちゃダメだという黄色い規制線をくぐり抜けて比留間に近づこうとしても、すぐに警察官に取り押さえられて身体を地面に叩きつけられてうつぶせにされて、四肢をバタバタ動かしているうちに比留間が護送車に乗り込んでしまうのは想像に難しくない。だから俺は規制線の外からマスコミに紛れてカメラのシャッターを切るかのようにバシュッと比留間を撃ち殺すことにしたんだ。
 

2020年1月15日公開

作品集『短編ノナグラム』第6話 (全9話)

短編ノナグラム

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© 2020 諏訪靖彦

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リアリズム文学

"オーディナリー・ワールド"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2020-01-22 12:25

    「身内をやられたら復讐する」という「普通」にいくぶんかよりかかったそぶりを見せつつ、加害者側に片足をつっこんでもいる男の皮一枚の普通からのはみ出しと、それに付随するであろう苦悩と矛盾を、作者自身もてあましている感じがする。

  • 投稿者 | 2020-01-23 11:03

    読むときに瞬時に脳内で映像再生されるタイプの読者である私にはだいぶキツい内容ではありましたが、最終的に語り部もぶっ殺されたので円満解決。

  • 投稿者 | 2020-01-24 12:32

    妹が酷い目にあっている動画を克明に覚えているって異常だなあと思いました。だからその異常さをカモフラージュするために比留間を殺そうとしたのかなあと思いました。誰かの一発で比留間は致命傷を負ったにもかかわらず、追い打ちをかけるように「俺」が駆け出したのは、もっともな理由で人を殺せるのは今しかない、と思ったのかなあと考えました。

  • 投稿者 | 2020-01-24 14:16

    「普通」というお題が要求する「異様さ」、またその葛藤の過程が面白かった。のめりこめた。

  • 投稿者 | 2020-01-25 11:16

    面白かった。段落の区切りがなく息継ぎを許さない文章は「普通」というお題に対する文体的挑戦か? 武器の選択に執拗にこだわる点にはフェティシズムを感じ、やっぱり主人公も変態なんだということが説明的にならずにひしひしと伝わってくる。アマゾンが届くのを待ってないで刺身包丁を持ってとっとと助けに行けば、たぶん妹を助けられたはずだ。

  • 投稿者 | 2020-01-26 11:06

    おもしろかったです!視野の狭い描写ですごくのめりこめました。内容が異常なのに展開が普通でそのへんの計算がすげーってなりました。

  • 投稿者 | 2020-01-26 13:05

    普通という感覚をことごとく削いだ変態的人間しか出てこないのに、普通を感じるのは確かに凄いと思います。

  • 投稿者 | 2020-01-26 22:43

    ほぼ4000字まるまるな内容で綴られるオーディナリーワールド

  • 編集者 | 2020-01-27 14:40

    この怒涛の速度展開には適わない。俺もそのサイト入りたいから教えて下さい。
    また来世があるさ。次は頑張ろうぜ。

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