Adan #2

Adan(第2話)

e.s.

小説

1,572文字

画家のデスティニーさん〈2〉

僕はデスティニーさんのその発言が信じられなかった。こんな僕好みの美人を僕が憶えていないわけない。デスティニーさんは人違いをしていると思った。だから僕は落ち着き払ってこう訊いたんだ。

 

「記憶喪失になった記憶はないのですが、それこそ『記憶喪失になった』ということかもしれません。はて、お会いしたことなんてありましたっけ?」

 

デスティニーさんは決まりが悪いというような顔をした。「ごめんなさい。対面したわけではなく、三日ほど前に荻堂さんをコンビニでお見受けしたんです。キャンプ・フォスターの第五ゲートの斜め向かいにあるコンビニなのですが、私が『狼煙のろしの下げ方』というフリーペーパーを立ち読みしていたら、荻堂さんがそのコンビニで猫缶を買って店先にいた野良猫に与え、そしてそのあと、その野良猫に足を噛まれてしまうところを目撃したんです」

 

「恩を仇で返す野良猫がいたあのコンビニにいらっしゃったんですか?」

 

「いちゃいけなかったですか?」

 

「滅相もない! 僕はお礼状を書く羽目になっただけです! あなたの読んでいたそのフリーペーパーの発行元に!」

 

僕はこのとき、この人こそ運命の人だ、と思った。

 

「そう言えば」デスティニーさんが言った。「ドアが上に向かって開くスーパーカーに乗っていらっしゃいましたね」

 

僕は口角を上げて頷いた。僕は二〇一七年型のフォード・GT(カラーはリヴィエラ・ブルーさ)に乗っているんだ。で、僕は頷くついでに、あのドアは明後日の方向にも開きますよ、と自分でもよく分からない冗談を言いながら、カジュアルシャツの襟を直す振りをして、左手首のラグジュアリー・ウオッチを彼女にさり気なく見せたのさ。

 

大金持ちってわけではないのだけれど、僕の長所はそこそこ金を持ってること以外にない。同じ大学——しかもたまたま同じ経済学部経済学科に通っている幼稚園児の頃から友だちの樋川北斗ひがわほくとみたいに僕は背も高くないし、スリムじゃないし、顔も整ってない。いや、北斗と比べるのは酷だ。彼は在日の兵士だった北欧系アメリカ人の父と沖縄人の母とのあいだに生まれたハーフで、髪色は黒、髪型も床屋でカットされた野暮ったいベリーショートだが、緑色の瞳を所有している。北斗は生まれてこのかた女性に好かれなかった時間が一秒たりともないと言っても言い過ぎではないし、僕がお金持ちという武器を無遠慮に振り回せるようになってしまったのは北斗という美男子が常に近くにいるせいだと言っても決して言い過ぎではないし、僕と北斗の外見の共通点は影の色くらいと言っても残念ながら言い過ぎではない(影だって外見の一部だ!)。ちなみに、僕がリッチなのはママが日本政府から毎年多額と思われる金をもらっているから。我が荻堂家は米軍施設キャンプ・フォスターの大地主なんだ。ママが国からいくらもらっているのか、具体的な数字は知らない。僕が知っているのは沖縄県公式ホームページに掲載されている数字だけさ。なぜか二〇一四年までの記録しかないんだが、それによると二〇一四年度、キャンプ・フォスターの地主たちに国が支払った賃借料はおよそ八十九億円である(金額は年々増加しているらしい)。

 

デスティニーさんの話に戻る。「あなたの絵の世話を焼きたいです」と僕が発言したらデスティニーさんは、「一枚だけですが完成した絵が車で熱中症になりかけてます。看病していただけますか」と言ってくれた。そういうわけで僕は手ぐしで黒髪のミディアム・アシンメトリー・エアリー・ヘアを直しながら、デスティニーさんのあとについてアラハビーチの駐車場へ向かったんだ。

 

つづく

 

#毎日連載 #連作短編 #ユーモア小説 #フィクション #軍用地主

2019年9月24日公開 (初出 https://note.mu/adan

作品集『Adan』第2話 (全60話)

© 2019 e.s.

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