時の虚からの手紙

児島啓祐

小説

15,200文字

愛する夫と離別した女の独白に、時の虚(うろ)が密かに顔を覗かせる。年若き著者が物した作品は軽々と時空を超えてみせる。第一回破滅派文藝新人賞の選考会を大いに賑わせた佳作。

前略

 

青い薔薇の花に抱かれたい、そう想いつづけることは罪なのでしょうか。その瞬間を永遠に待ちつづけることは許されないのでしょうか。鼻でフフンと嘲笑なされて、夢見る少女の戯れ言だと思われてしまうでしょうか。それでも私には、どうしても、青色の花弁が幻だとは思われないのです。私の胸の中にはいつも。いつでも。いつまでも。一輪の青い薔薇の花が、その憂愁の棘を隠しながら、咲き誇っているのでございます。現実に飛び立ちたい、私のこころの荒れ果てた大地から外の世界に抜け出したい、薔薇はそう叫んでいます。鮮やかな紺青の翼の先に、朝露を涙のように湛えながら、この狭き日常の檻から羽ばたいて、大空の愛に抱かれたい、そう願っているのです。どうして、このひしひしと高鳴る実感が、狂おしいまでの強き想いが、その姿形を肉眼で視認できないという、ただそれだけのつまらない理由で、やがて時間の流れの中に埋没してしまうのか、存在自体を否定するようになってしまうのか、私には、わかりません。私は、今でも、待ちたいのです。そしてこれからも想いつづけていきたいのです。遠い孤島で、冷たい薔薇になってしまった夫の帰りを、待ちつづけていたいのです。

あなたには誰かを切実に待ちつづけたことがありますか。人間は誰かを待ちながら、誰かを待たせながら、生きているものでございます。思えば私はいつでも待っていました。夫のキャンバスに私が描かれていくのを同じ姿勢を保ちながら待ちつづけ、娘の学校の帰りを待ちわび、夫の戦地からの絵はがきを待ちました。何よりも夫が生きて帰ってくること、そしていつでも絵の具の匂いに満ちていた温かい手のひらが、もう一度私を抱きしめてくれること、そんな幸福を、夢の中でも待ちつづけていました。今ではそんな私も、娘を待たせて生きています。私もまた、娘が私の秘密に気づいてくれることを、待っています。戦地に出征したままの夫のことを、今でも待ちつづけているのと同様に、私は娘を待ち、娘は私を待っているのです。

私は今でもルソンの島で絵はがきを描きつづけている、最愛の夫を、娘のたった一人の父を、待ちつづけているのです。ああ、それでも真実は、夫は戦死したのでございます。フィリピンの戦場で、娘や私に送る絵はがきを握りしめながら、帰らぬ人となったそうです。ですが、私は夫の死体を見たわけではございません。私にはどうしてもわからないのです。見ていないから、本当のことはわからないのです。わからないから、私は待ちます。夫の帰りを待っています。夫が死んだ、私には信じられないのでございます。三日置きに送ってくれたあの絵はがきを読み返すたびに、どこかの美しい木陰の中で、私たちとの数少ない想い出をかみしめながら、娘や私宛に絵はがきを描いているのではないか、そう思えてならないのでございます。わかっています、わかっていますとも、信じようとしていますとも、こんなご時世でございますから、覚悟はしていたつもりです、でも覚悟だなんて嘘だったのです、大嘘の赤っ恥もいいところだ、ああ嘘つき、私の大嘘つき! いっそ死んでしまえ! ああ、なぜでございます、なぜなんです、夫はあんなに一生懸命私たちを慰めてくれたではありませんか、なぜ夫だけが死ななければならなかったんですか! 出征せずに済んだ人もあるのに! 帰ってきた旦那さんもあるのに! 呪います! どうして夫だけ、どうして私だけこのような目に遭うの! ああ、私の愚かさをお笑いなさるな、嘲笑わないで、私を責めないでください、弱いのかもしれない、きっと怖いんだ、わかっているんです、あふれるくらい、はみ出るくらい、わかってはいるんです、でも、それでも、ああ、ああ、ごめんなさい、つい取り乱してしまいました。

私はきっと、裏切られるのを待っているのでございます。今の自分のおそらく無為と徒労に打ちひしがれるであろう行為の果てに、私が自分自身を哀れむようになれることを待ちつづけているのだと思います。私は将来、自分に裏切られることになるのです。そして今、自分自身を裏切っているのです。

私は帰らぬ夫のことを待ちながらも、その時間に裏切られるのを待っているのです。ただしもう一つだけ理由がございます。私は裏切った立場から、大切な娘を裏切りつづける立場から、このように申しもしたということでございます。私はより確かな実感を伴って今も娘を、そうです、現在もそれは継続しているのでございます、私は裏切りつづけているのです、たった一人の娘を騙しつづけているのです。もう丸八年になりますでしょうか、私自身の巨大な空白を埋めるために、最初の嘘をついてから、早いものでございます。その事実を知った娘もきっと同じ孤独の傷を受けるでしょう、何よりもそれを知るまでの月日が長引けば長引くほどに、その傷の度合いが深まることは私も重々承知しております。わかっていながらも、私は娘の水面下で黒く深い井戸を掘りつづけているのです。そんな自分の偽りの恐ろしさに、ときに善をも悪をも超越したヌメリとした素肌を感じることがございます。

そうです、娘は夫の訃報を知らないのでございます。

 

七歳の頃から現在まで娘は、郵便屋さんの自転車が来るのを毎日待っておりました。たった一人で、待っているのでございます。ひんやりした玄関先の廊下の上で、しゃんと足を折りたたんで正座をしています。痛くないの、とたずねますと、いたい、とだけ答えて、でもがんばる、と、頑固なしわを眉間に寄せて、ずっとずっと、待ちつづけています。向かいのタバコ屋のおばあちゃんがときどきそんな娘の姿を見かけますと、にこっと微笑みかけて、ドロップを一粒くれる以外は、娘はいつも一人ぼっちです。すだれ越しに夏の雲がすがすがしく、風鈴の音色を聞くたびに娘は寂しそうに首をうなだれ、それでも負けてられないぞ、とすぐにきりっとした表情に立ち戻り、郵便屋さんが届けてくれる絵はがきを待っています。辛抱強く、ひたむきに、ぐっと握りしめた手のひらに我慢の汗をかきながら、娘は自転車のブレーキ音を心待ちにしています。七歳の少女なりに、父はとうぶん帰ってこない、この頃からは、そんな自覚も生まれてきたのか、いつになったらおとうちゃんは帰ってくるの、とは聞かなくなりました。その代わりに、お手紙まだかなあ、おとうちゃん忙しいのかなあと、純粋な瞳を黄昏のように輝かして、私に聞いてくるのでございます。私はいつも、もうすぐですよ、いまに来ますよ、と言うことしかできません。そうして、娘を膝の上に乗せてきれいな黒髪を解かしてあげたり、後ろからやわらかなほっぺたを両手でつつんであげたりと、何もできない自分をごまかすみたいに、私はずるいのです。それでも、娘の屈託のない一途な純情と、そのいじらしさが誇らしくもなって、どこかしらに嬉しい気持ちもあるのでしょうか、娘の真っ白い肌に廊下の木目が移り住んでいるのを見つけたときに、ゆうちゃんもこのお家みたいだね、とおもしろがって声をかけることもございます。すると、娘は新鮮なトマトのように顔を真っ赤にしてぷりぷり怒るものですから、それもまた、このご時世に取り残されてしまった私のひそかな楽しみとなっています。お家じゃないもん、おとうちゃんのお嫁さんになるんだから、お家のお嫁さんにはなれないもん、そうむきになって抗弁する娘の潤んだ二つの瞳に、私は何度も救われました。

いつのまにか二人の男の子が、どろんこシャツをお互いに自慢し合いながら、家に帰っていきます。夕陽が光の涙のようにこぼれています。二人の男の子の影は引き伸ばされたり、ちぢんだり、いきいきと形が変わって、私は今日も生き延びたのだという実感が、すこしずつこころに滲んでいきます。数人の学生さんが家の前を通り過ぎながら、なにやらむずかしそうな議論をしているのが、聞こえて参りました。学ランが夕焼けの中を歩いていますと、私はとたんになつかしく、目に染みて、夫と出会った頃のことを思い出します。そんな時分に娘はかならず、あのお話をして、とせがむので、つい感傷的な気持ちも混じりながら、夕陽の残光が海面に踊っていたあのときのことを、私は娘に語ってしまうのです。

「はがきが落ちてたの。夕なぎどきに砂浜を歩いていたら、一枚の絵はがきがおちてるの。何だろうな、だれのはがきかな、と思ってそれをひろうとね、後ろからすいません、って声が聞こえてふり返ってみたの、するとね、ゆうちゃんのおとうちゃんがいたんだよ。くたびれた学帽を、青い坊主頭の上にのっけたおとうちゃんが、夕陽に負けないくらいほっぺたを赤く染めて、うつむきながら右手で頭の後ろをかいてたの。私はひざを折り曲げてはがきの砂を払ってあげると、そのはがきにはなんだかとてもきれいな絵が描いてあることに気づいたの。海だった。青い波がざんぶざんぶ高鳴って、空のてっぺんを元気な太陽さんが、えっへんと居座ってるの。私はその絵を見たときにね、こころの中がりん、りりん、って風鈴の音みたいに鳴ってた。びっくりしたよ、とても強くて優しい音だったから。絵はがきに集中してた私におとうちゃんがね、それやるよ、って言い残して逃げちゃったの。ちょっと待って、と追ってみたんだけど、おとうちゃんの姿はもう見えなかった。足が速いな、と思ったのだけど、実は砂浜のくぼ地に足を取られて思いっきり転んでたんだよ。学ランに砂が被って、地面にはんこを押すみたいにおとうちゃんはこけてたの。心配して駆け寄ってみたんだけど、ぜんぜんどこもケガをしてなくて、それなのにどうしても起き上がってこないから、どうしたのって聞いてみると、ただ恥ずかしい、恥ずかしいって言うだけで私あきれて帰っちゃった。あら、あんまり笑っちゃだめじゃない。私だってあの時は笑っちゃった」

夕方も足早に駆け去って、夜の色が濃くなりますと、今日は残念ね、と私は夕ご飯の準備に取りかかるのでございますが、娘はそれでも待ちたい様子で、私が呼びかけてもなかなか立ち上がりません。そのあとになって、ようやくいっしょにお風呂に入りますと、蚊にでもさされたのか、白い素肌にかゆそうな斑点がぽつんぽつんとできていて、それでもぬれた布のように唇をぎゅっと固く絞って、いじらしく耐えています。明日は来るかなあ、郵便屋さん忘れないかなあと、お風呂の中でも、ご飯を食べながらでも、夜お布団に入ってからでも、ときどき思い出したように、ちょこんと言うのです。

私だって夫の訃報を知るまでは、いまの娘のように、心配と安泰への祈りで、夫の便りをまだかまだかと、待ちわびていたものでございます。郵便屋さんが来る時刻は、だいたい決まっていますのに、待ち遠しくてどうしようもなく、一日に何十回も、郵便受けの中を覗いては、小さな落胆に、安物の作り笑いをべた塗りし、独りで咳をするみたいに、冷たい笑いをこほこほと、決して紛れることのない寂しさを噛み殺そうとして、かなしいくらい躍起になったものです。また、夫のはがきがいつもの定期よりもすこしでも遅れますと、郵便屋さんの自転車を取っ捕まえて、よく探してください、夫の便りがどこかに紛れ込んでいるはずなんです、と大粒の涙を湛えながら、いまにも心配死してしまいそうな恐ろしい気持ちになって、郵便屋さんを困らせて、近所でもうわさになってしまったこともございます。ときに何通もの便りがまとめて入っていたときには、これはもう狂喜乱舞の大騒ぎで、近所の子どもにくちづけして歩きたい衝動と、おじいさんおばあさんに敬老のご奉仕をしたい熱情に浮かされ、どうにも外へ出たら危険であると、自分自身になんとか釘を刺したこともあるくらいです。もちろん手紙が全部届くはずもありません。運んでいる船が空爆されて沈んでしまうこともあり、手紙のやり取りの中で一つの手紙に対するお返事ということはほとんどございませんでした。それでも下手な鉄砲も数打てば当たると申しましょうか、ともかく私の方からも手紙を書きつづけました。空襲の頻度やその被害のことから、この一週間の献立から、娘がときどきこぼした言葉を子細もらさず全部、それこそ、平安時代の紫式部殿にも負けぬ心意気で、家族の絵巻物をひたひたと綴り、便箋も遠くからは黒地の国旗かと思われる勢いでびっしりと埋め尽くし、それを奇術師の手品のように、何枚もの漆黒の国旗同士を繋ぎ合わせ、くるくると巻きまして、厳重に封をして赤いポストの口に入れますと、ゴソリと夫の身を案じる妻の強情さが、響き渡ったものでございました。「お前の愛は深いだけじゃなく、どこまで長いのかと付け加えなくちゃいけない、嬉しいやら、恥ずかしいやら」と夫は私の手紙を読みながら、同僚の兵隊に見られたときの自分の後ろ姿を描いた絵はがきを送ってくれました。

あの約束の日だって、私はひどく取り乱し、夫との別れを誰よりも、そうです、娘よりも、苦しんだに相違ございません。翌朝すでに旅立った父の面影を求めつづけていた娘は、ただただ、自由に涙をこぼしていれば良いのでございます。でも私は、私だけは母として、留守を守り抜く妻として、そういうわけにもいかないのですから。

その日、結婚記念日のために、闇市にまで出向いて小豆を買い、赤飯を炊いてお祝いをしようと、腕まくりをしてお台所に立ちながら夫の帰りを待ちわびていたというのに、それが出征用のご馳走に変わってしまうとは、いったい誰に想い描けましょうか。たった一年でございます。結婚して六年目のことですが、その前にも夫は中国に五年出征していましたので、幸福だった新婚生活も一寸の光陰のごとし、つかの間の想い出も、遥か時の彼方に過ぎ去ってしまったのでございます。私は娘を授かってからというもの夫に会うことも叶いませんでした。そうしてやっと夫が無事内地に帰還し、元は将来を嘱望されていた画学生だった夫のことです、これからは大好きな絵もたくさん描ける歓びや、もちろん家族いっしょに暮らすことができる嬉しさを、全力で噛み締めるという、そんな幸福な時期でございました。私と娘はほんとうに喜んでいたのでございます。それでも運命は非情でした。中国に五年もいたのに、行かない人もあるのに、またか! と私はかなしく、恨めしく、憤りやら悔しいやらで、お台所に立ち尽くしていた夫に、洗ったばかりの小豆を一粒残らずぶつけてやりたく思い、赤紫色のつぶつぶの中に右のこぶしを勢い良く突っ込みますと、小さな波音のように小豆がざわつくので、夫と海岸を歩いたことを想い出してしまい、わあっと泣き出してしまいたい、苦しさを涙で紛らわしてしまいたい、どうしようもない衝動に駆られ、それでもほんの一滴も涙はこぼれず、ああ私は涙も流せないほど冷たい女なのだとひどく落ち込んで、わけのわからないことを叫び散らしながら発狂すれすれのところ、突然はっと思い当たることがありまして、六年前にこの家に持ち込んだ嫁入り道具をめちゃくちゃにひっくり返して、やっと目当てのお財布を見つけ、もしものときだけ、と母に言われて持たされた金銭を、夫のどちらか片方の手に無理やり握らせて、「これで、これでなんとかならないのですか」そう嘆願するも、夫は侮辱されたと思ったのか、それとも私の卑しさを哀れんだのか、先ほどの小豆を一粒すくって、私の右側のほくろのある頬にぶつけ、「ばか!」と叫んで、震えていた私を抱きしめてくれたのでございます。今だから申しますが、このとき以上に、こころの底から、そのまた底の底の根っこの先から、戦争を呪ったことは他にございません。怒りに体が震えるばかりで、一つも言葉が出てきませんでした。肩を落として腰を落として気持ちまで落としてしまった私を、夫は慰めようとしてくれたのでしょう、ふだんは無類の恥ずかしがり屋である夫の方から、すこし外に出よう、と散歩に誘ってくれたのでございます。こっそりひそかに手を繋ぎながら、線路沿いを散歩して、雑木林に沈む夕陽に向かって歩きつづけました。私も、ゆっくりとですが夫の温もりを確かめているうちに、ぐにゃぐにゃになってしまったこころの形は整い、昂ぶりもだんだんと落ち着いていきました。ほっとすると思わず目頭が熱くなって、私も泣いているんだ、と夫への愛情が目に見える形で確認できたことがちょっとだけ嬉しく、それでもやはり寂しく、身を切られるようなあの待つという行いが、また再び私を捉えることになるのだと思うと、やりきれなくなってしまいました。それでもこのときでした。夫は急に立ち止まって、梅の花を見つめ、その瞬間私と夫の手が離れ、なんとなく私はその離れた右手を夕陽にかざしますと、絵の具の匂いが香ってきたのでございます。水彩のさりげない残り香は私の鼻腔におだやかにとけ、何か決然としたものを私の内に残していきました。それは不安を囲う枠のようなものでございました。むろん不安や辛苦を忘れられるような、そんな恐ろしい非人間的な感情ではございません。ただ、この枠は、この枠だけは、私のあふれる不安の居場所になれるような、そんな気がしたのです。私はこの黒いものを、すこしくらいなら許せるかもしれない、言い換えればそれは、あきらめに近い気持ちでございました。ですから、私は、私の方から別れの言葉を言うことができたのだと思うのです。儚げな白い衣を夕陽に燃やすりんごの花に見守られて、私は夫と共に、約束したのでございました。

「信じています」、夕陽の逆光に染められた、吸い込まれるような夫の黒い顔を、切実に見つめながら申しました。何かが遠のいていくような、一瞬間の寒気のあと、季節の変わり目を告げるような冷たい風が、こころの頬を打ちました。私の内側は、熱い想いで火照っていて、崩れそうになる自分を必死で支えながら、やっと、やっと、言えたのです。それなのに「信じられています」と夫はからからと笑いました。冗談などを滅多に言わない夫でしたから、最初は驚いたのです。それでも、こわばった頬が、つい、ゆるんで、私もこほこほと笑ってしまいました。笑っている場合ではないのに、もっとたくさんお話したいのに、もうあなたの手を握ることもできないかもしれないのに、そんな想いでいっぱいでしたのに、いつのまにか、すこしほっとしていました。よく表情がこころを染めるのだと申しますが、このときほどその言葉が真に感じられたことはございません。私はどうして、嬉しかったのです。

「帰ってくるよ。帰ってきて、大きな絵を描く。それもとんでもなく大きなやつだ。ぼくの大好きな絵をこれでもか、と目いっぱい描くんだ。それも君の絵を、いや、裕子の絵を、ううん、どっちもいっぺんに描く。ぼくの中にある君やあの子の姿を、見つめたまま正直に描きたいんだ。この言葉は嘘じゃない。約束する。だから、忘れないで」

私は何度も、何度でもうなずいて、「待っています」と呟いて、もう一度手と手を重ねて歩き出し、それから一言も話さずに家に帰り、すると、夫は色鉛筆を握ってチラシの余白にあの白い花の姿を描き、疲れて眠っていた娘の枕下にそっと置いて、「朝まで起こさないでやってくれないか」と毅然とした表情で私に申しました。それから私と夫は二人きりで出征祝いの赤飯を食べ、お互いに無言で眠りについたのでございます。

翌朝、夫の姿はもう、ありませんでした。茶の間にも、お台所にも、玄関先にも、汽車乗り場にも、もう、ありませんでした。私は独り、寂れたプラットホームの端っこで、すねていました。かなしく、立っていました。それでも、昨日の不安の枠を思い出して、私は力強く目の前の何の罪もない石ころを、虚空に向かって蹴り上げ、見事に空振りしたものですから、こほこほと冷たく笑い、娘の眠る家に帰っていきました。この子の母親は私しかいないのです。

夫は金沢に三ヵ月間、駐留していましたので、その間、夫は三百四十枚もの絵はがきを私たちに送ってくれました。私と娘も、八回ほど面会いたしました。お役所で証明書を作って許可を取り、汽車の切符を買って、すぐさま卵焼きだのなんだのをたくさんこしらえて、汽車に乗り込み、一生懸命に走りまして、席を確保しました。窓やドアが壊れている汽車なのでトンネルに入ると真っ黒こげのすすのお化けみたいになってしまったこともございます。トイレにまで人がぎゅうぎゅうに入ってしまうほどの満員汽車でしたので、娘の手を確かめるように何度も握り直しながら、お互いの我慢の汗をぬるぬる感じて、それを拭うことも叶わず、ただただ私も娘も、会いたい一心で、がんばり通しました。金沢では穴掘りをしている夫のつかの間の休憩時間を使って、買い物に行ったり、三人でコタツを囲んだり、私が絵筆や絵の具を持っていきますと、目の前でいろんな絵を描いてくれまして、面会に行くたびに描いてくれた絵が増えていきました。夫は娘を膝の上に乗せて、きれいなお花のりりしい姿や、空や海の絵や、汽船の煙や銭湯の壁絵などをせっせと忙しそうに描いていて、娘はそのたびに、ふねさん、たいようさん、ひまわりさん、おやまさん、おさるさん、などと歓声を挙げ、私は言葉もなく、そんな時間を眺めていました。

「フィリピンにはとうもろこしがたくさんあるそうだよ。なんでも甘く黄色い粒粒の実をたくさん着ているお野菜だってさ。裕子やお母さんに送ってやるわけにはいかないが、お父さんがこうやってたくさん絵はがきに描くから、それで我慢してくれよ」

フィリピンに行ってから夫は言葉の通り、昭和十九年十二月までに百三十枚もの絵はがきを送ってくれました。修理班の仕事でくたくたになって帰ってきて、もう眠って休みたいと思っていたでしょうに、夫は絵はがきを描きつづけてくれました。軍人さんたちの訓練が失敗して、上官からこっぴどく怒られる中、夫一人だけぺろっと赤い舌を出している絵があったり(まるでいたずらっ子のようでございました)、山奥の小川でのんびり水浴びしていると、いつのまにこんなに蚊に喰われてしまったのかと慌てふためく夫の姿が描かれ(たった一行、『蚊多し 我かゆし』と添えられていました)、内地では見られない草花やコテージなどもあり、中には現地の衣装をまとった女性のスケッチもございました(恥ずかしながら、『君には叶わない』と)。内地とちっとも変わらない青空の下、夫と戦友たちのなごやかな時間の中で、娘と約束した、とうもろこしの黄金の粒粒を、仲間と美味そうにほお張っているものもありました。それらの絵はがきには、フィリピンの島におけるとても日常的で平和な風景が、本当に夫は戦地にいるのかしらと疑問を抱いてしまうような、そんなおだやかな世界が描かれていました。夫は決して私たち親娘を不安に陥れてしまうような、戦争について描くことはありませんでした。それはまるで「元気かい? こっちはこんなに楽しいよ」「だから、ぼくとしては、そっちの方が心配だよ」という思いを知らせてくれる便りのようでございました。戦争末期の残酷な日々、私はこの夫からの絵はがきを、航海中の船にとっての灯台のように、向日葵にとっての日輪のように、美校時代に描きためていた大切なスケッチ帖や色紙もいっしょにスーツケースに入れまして、空襲のたびにそれを持って防空壕に逃げ込んだものでございます。暗い穴の中で、その絵はがきを取りだしてしみじみと眺めると、私の疲れたこころにすうっと染み込んで、「だいじょうぶ。だいじょうぶ」という夫の声が聞こえてくるような気がして、おぞましい爆音に怯えながら、再びケースにしまい込み、娘に向かって今度は私が「だいじょうぶ。だいじょうぶ」とささやくのでございます。この絵はがきが私たちを見守ってくれたからこそ、私は今までなんとか生きてこられたのです。私は絵はがきを通して、夫の優しさに抱かれました。娘も父の愛情を感じていたはずでございます。夫が私たちのことを想い、愛していてくれている、そう、ひしひしと思ったものです。だってそうでなかったら、どうして、百枚超もの絵はがきをたったの二年間足らずで送れるでしょうか。私たちは愛されていました。本当に。

でもそれは、もう、昔の話なのでございます。私のこころは、もう、しわくちゃのおばあちゃんになってしまったのかもしれない。もっと私だって夫のことを想っていたかった。こころに咲く青い薔薇の花を大切にしていきたかった。忘れたくない、絶対に失いたくはないのです。あの気持ちは嘘ではなかったはずです。でも、でも、私はすこしずつ、そのこころの空白に慣れていきました。どうしてもかなしいときや、寂しいときはもちろんありますが、そんなときでも娘といっしょに砂浜に出かけて、空と海の境界線を指差しながら、あっちでおとうちゃんは絵を描いてるんだよ、今もゆうちゃんのために描いているかもしれないね、と儚げな作り物の笑顔を浮かべて、娘に嘘偽りを申しさえすれば、自分を、私自身を、なぐさめられるのです! 本心の表情とはちがった嘘のおめんをかぶりさえすれば、いつのまにか海の彼方に癒されて、娘が波の音を聞きながら、先日届いた絵はがきに見入っている姿に、私はかなしみよりも、せつなさよりも、罪悪感を除けば、幸福や!

嘲笑や! 自己満足や! 他人行儀の同情や! 静かな嫉妬をさえ! 感じるようになってしまったのでございます! 夫とのあの約束の想い出でさえも、私は涙ひとつこぼさずに思い返せてしまいます! 何という浅ましい愚劣愚鈍の馬鹿女なのでしょう! 私は卑怯者です! 優しかった夫の代わりに死んでしまえば良かったのです! 今では夫の死の後悔や辛苦よりも先に、私は自分の記憶に浸っても涙ひとつこぼせないこと、そんな悪魔のような、魔女のような、私の失われた純潔に、恐怖やおののきを感じてしまいます。私は今でも夫のことを想いつづけているつもりでございます。けれど、その気持ちはどうして、このように濁ってしまったのでしょうか。その証拠に、私はここに告白します。私はいつのまにか娘の純情さをねたむようになってしまったのでございます、一度や二度ならず、もう死んだはずの夫から届く絵はがきを見つめて歓びはしゃいでいる娘の姿を見つめるたびに、嫉妬をいたしました。

これが私の、娘に対する、『秘密』でございます。夫は確かに死にました。昭和十九年の冬以来、夫からの便りはたったの一通もございません。それでも、今でも娘には絵はがきが届いているのです。ではこれは、一体誰が描いた絵はがきなのでしょうか。

もう説明の必要もございますまい、包み隠さず申します。これは私が描いているのです。私が娘の寝静まった深夜にこっそり寝床から抜け出して、そろりそろりと夫のアトリエにヌルリと奇怪な昆虫のごとく侵入し、嘘偽りの虚言妄言の偶像を描いているのでございます。どうぞ、お笑いくださいな! 私の醜態を見下してくださいな! 夫を亡くしたことを知ったあの一報以来、完全に暗い光の奈落に落ち込んでしまい、恍惚と腐敗に満ちた私のこころは、いつのまにか、娘を、たった独りの娘をです! 私は自分の不満のはけ口に、利用していたのでございます。私はある時には『黄金の実の全部そがれたとうもろこし』を描き、『花弁のないりんごの花』を描き、見たこともない戦場の悲惨な光景を、こころの色と同じ黒がかった赤色で、刻み込んだのです。私も美校で絵を五年ほど勉強しましたので、それなりの絵を描くことはできました。「絵がなんだか変わったね。前の方が好きだったのに」と娘に言われても、私はただただうなずくだけで、真実を告げることはできませんでした。なぜ私は娘に夫の戦死のことを伝えることができなかったのか、それは私にも、どうしてもわからないのです。そこまでして裏切りの重みを一身に背負う意味があったのかと問われれば、私には答えようがありません。ただ、私は怖かったのです。娘に夫の死を知られるのが怖いのではありません。私はこころの支柱を失うのが怖かったのです! 娘を裏切ることが、崩れかけている私を支える唯一の方法だと思ったのでしょう! 信じてください、私は娘を守るために娘を裏切ったのです。どうしようもなかった。このままでは恐怖に食い殺されてしまうと思いました。夫と夕陽に向かって約束した日に感じた、あの枠の存在はもうどこにもありませんでした。それほどの恐怖体験を私は持ってしまったのでしょう。もう、疲れました。

私は夫の訃報を知った夜、とうとう堪えていた涙が噴き出して、独り寝床を離れ、月光りに照らされたあの大切な海岸を、もうかなしいだけの砂浜を、歩きつづけました。満月でございました。心地良い潮風も、むなしさを運んでいるだけのように感じられました。人が一人この世界からいなくなっただけで、これほどまでに世界の様相が変わってしまうものだとは、話には聞いていても、実際に目の当たりにするのは初めてでしたから、心底驚きました。こんなにも、この場所が冷たい景色だったとは夢にも思わず、寂しくて瞳を閉じて、歩きつづけたのです。このまま海の方に這入って行き、溺死してしまっても良いとさえ思いました。それでも、次に、目を開いた瞬間、いつもの砂浜は、見知らぬ冷たい荒野に変わってしまったのでございます。私は当初、目を疑いました。そこにはなじみの海の家もなく、貸し出し用の穴の開いたボートもなく、波打ち際の音も聞こえません。そこは、寂れた民家や、渇ききった倒木が散在しているだけの、無力な荒野でございました。巨大な夜の蹄が三日月の滑空と共に響いています。星の影はなく、肉の臭いもなく、一途な愛情も、純粋な善意もなく、黒い憎しみも甘い嫉妬も、断末魔の苦しみも、邪悪な後悔もない、ただ、いたわりに欠ける風のみがある、刺々しく殺伐とした、心のない風のみがある、そんな、かなしい荒野でございました。風は砂と共謀し、地上を根こそぎ食らい尽くそうとしていました。そのとき、がらんと音がいたしました。近くにあった、底の浅そうな井戸が、空虚な音を立てていたのでございます。おそるおそる中を覗き込んでみますと、闇の底には、無数の死体らしきものが折り重なっているのです。私はわあっと叫んで、腰を抜かし、這うようにして後退しましたが、ふと冷静な自分の存在に気づきました。その自分は、あの死体は、砂が蝕んでいて蟲もたからず腐食もしていないことを発見したのでございます。水を求めて飛び込んだのか、それとも相食む宿命の犠牲になったか、ここには生命の生臭さがないことを感じ取っていたのです。

一転、激しい銃声が響きました。漂う硝煙と、弱々しげな悲鳴、そして生物の焦げた臭いが瞬く間に広がっていきました。夜の使者のような黒い集団が、瞳を炯炯と光らせていて、この冷たい荒野の虚しさを、あくまで掘り下げようとする残党狩りが、各地で繰り広げられているのでございます。大地の割れ目に隠れていた儚げな人間たちが、叫びにならぬ声で、あえぎにもならぬ悲愴な姿で、殺され犯されつづけていました。男も女も、あどけない子供も醜い老婆も関係ない、静寂に飲み込まれてしまうほどの小さな活力は、吸い尽くされるばかりなのです。膨大な殺人衝動と、溜め込んだ性欲にものを言わせた兵士達の勢いは、何もできぬ天空を、欲望剥き出しの鮮やかな色で染めていきました。私はその真っ只中にいたのでございます。私の姿は他の誰にも見えないらしく、私はその行為の数々を身じろぎ一つせず、傍観していました。何もできなかったのです。本当に見ていることもできないくらい、私は無力であり、無知であり、それなのに、とても有害な存在でした。私は否定も肯定もない無関心の世界の中で、独り私は自分のちっぽけさを呪いました。何もできないということがこれほどまでに辛いことだとは思わなかったのでございます。そう思ったとき、私は懐かしい声を聞いたのでございました。

「なぜ泣いている?」

私はふいの声の主を探しました。私はいつのまにか顔を濡らしていました。

「後ろだ。君はなぜ泣いている?」

私はいつのまにか、むかし通っていました美校の教室の最後列に座っていました。夕闇どきの一番むなしい時間帯でございました。教室には友達一人、姿が見えないのです。私は恐る恐る背後を振り返りますと、そこには顔の上半分を包帯で覆われた、一人の男が立っていました。夫でございました。その男は一目で夫だとわかりました。けれど、口元に自虐的な歪みをたたえているその男が、私の愛する夫だとはどうしても思いたくはありませんでした。

「なぜ泣いているか当ててやろうか。君にはまだ、『影』があるんだろう」

夫は哄笑したのです。包帯が少しだけずれました。私には何が面白いのかわかりませんでした。

「『影』なんてさっさと売り飛ばした方が良い。そんな重苦しいもの、持ってたって、なんの値打ちもないよ。孤独が深まるだけさ。この時代を生き抜いていきたいのならな、その涙を収めたいのならな、君は君自身の過去とのつながりを断っちまえばいいんだ。君が君であることを辞めちまえばいいんだ。楽だぞお、おい、楽だぞお」

私は体ごと振り返りました。椅子が床を滑る音が響きました。夫は口元で筒を作るように両手を丸めて、遠くに叫ぶような格好でふざけていたのでございます。夫の肉体全体が震えているように、私には見えました。

「笑わないでください!」と私は激昂して叫びました。

「笑え!」すると愉快げな声が返ってくるのです。夫の口元に両手が、蝶の羽のように咲きました。閉じたり開いたりを繰り返し、開くたびに「笑え!」と叫ぶのです。

「ふざけないで!」私は少々ひるみながらも、虚勢の声を張り上げました。

「笑え! もっと踊れ! わんさか生きろ!」

口元の蝶は休まず羽を動かし、今度はおどけた道化のように、両足を虚空に向かって交互に蹴り上げました。夫の包帯がすこしずつゆるみ出していました。

「馬鹿にしないで! もうやめてください!」自分ながら弱々しげな自信のない声でございました。私は再び涙がこぼれていることに気づかなかったのです。瞳からは何かがあふれていました。わけのわからない感情があふれ出していました。

「やっと、笑ったな。よし! 君は無事だ」

急に真面目顔になった夫は手のひらを私の黒髪の上に乗せて、クシャクシャにかき乱しました。私はいつのまにか、泣きながら笑っていたのでございます。涙の奥で微笑の灯りがもれました。

「ありがとう」

透き通った言葉の響きが消えないうちに、白い包帯が夫の顔面を解放しました。結び目を失った包帯は、役目を終えた月日のようにさりげなく解け去ったのです。私はこの瞬間の驚きを今でも忘れません。そのガーゼに染み付いた血痕と、その赤黒い沼にめりこんでいる二本の五寸くぎを。

黄色い目やにだらけの破片が隙間からこぼれ落ちたとき、私は夫がもう絵を描けないことを知ったのでございました。

 

気づいたときには元通り、娘の横で布団を被っていました。寝巻きがあたたかく湿っていました。隣で眠る娘は静かな寝息を立てておりました。何も変わりはありません。おそらく夢を見ていたのでございましょう、でも、私はこのとき決心したのでございます。いえ、決心だなんておこがましいことを申しました。私はこのとき、逃げ出してしまったのでございましょう、娘から、夫から、戦争から、そして何よりも私自身のこころから。その現実逃避の行く末は、娘への偽りの絵はがきでございました。もう、引き返せません。私はもう、私自身を止めることができません。ですから、私はあなたにこのようなお手紙を差し上げたのでございます。

 

娘は昨晩、こう申しました。

「お母さん、戦争は終わったのに。いつもありがとう、お母さん」もしかしたら、もうこの娘は、真実に気づいているのかもしれません。

「ゆうちゃん、お父さんから絵はがきが届いていますよ」と私はいつものように自作の絵はがきを渡しました。

「わあっ! 青いばらの花なんて、はじめて見た! きれいね、でもなんでこの花びら一枚一枚に鉄のくぎみたいなのがささっているの? ばらさん痛そうよ」

「お父ちゃんはね、誰かに抜いてほしいのよ。この鉄のくぎを抜いて、イタイイタイ傷跡を、誰かになめてほしいのよ。でも鉄のくぎは抜けないの、絶対に」

「どうして?」

「どうしてもよ」と私は答えました。

かしこ

十月三十一日

                                あのときの『いま』

今このときの『いま』様

 

拝復

 

…フフフフフフ…失礼ですが…ヒョヒョヒョ…私どもにはまったく…クククククク…関係のないことですので…カカカカカカ…以後このような個人的な手紙を送るのは…ゲラゲラゲラ…やめる…ハハハハハハ…ように…ギャオスギャオスギャオス…お願いします。

                                      敬具

                               今このときの『いま』

 あのときの『いま』様

2009年1月31日公開

© 2009 児島啓祐

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