史上最低の合コンエトセトラ

手嶋淳

小説

5,900文字

くだらない話を垂れ流し、それでも地球は回って行く。「語り部」ならぬ「聞き部」の私は、今日もみんなの話を聞きに行く。あーつまんね。

喋り声と飲み物食い物の匂いが飽和している飲み屋、私たちのテーブル席では、美奈子の話にみんなしーんとしてしまっていた。

――私は相変わらず、一人で部屋にいると怖くなってきて叫びそうになっていたのね。この前も話したけど、実際に叫んでしまってお隣さんが助けにきてくれたこともあった。顕微鏡でのぞき見る微生物達のように、静止しきった部屋の中の色々な物がざわめきふるえ、私を苦しめた。これは一種の発作だと医者には言われていた。ざわめきだしたらもうダメ。目をつぶったとしても、ざわめきふるえる音が聞こえて、まぶたの裏が痙攣した。いっそのこと、全てが瓦解して、いや、崩れ続けて流れ続けてざわめき続けてふるえ続けてくれれば、まだマシかもしれないのに。そんなふうに思っていた。

謙二がそこまで聞いた段階でタバコに火をつけて、「へ~そりゃ大変だったね」と呟いてケムリを吐いた。

――唯一私のこの感覚を共有してくれた彼氏が自殺未遂で病院に運ばれたんだ。

今度は、朋子がもともとかなり丸い目を目一杯丸くして驚きを表明した。「え~」

――彼は私の理解者であるはずなのに、言ってみれば全く正反対の状態〈静止し続けること〉を選んだと言うことになる。私がもっとも恐れる〈孤独な静止〉をね。

「大丈夫だったの?」と、背の低い(よって座高の低い)砂智が下から伺うように美奈子の目を見る。

――大丈夫だったの。でも正確なことは今でも分からない。彼の母親は震えながら「もうアイツとは会わないで下さい」と言った。だから死んじゃいないことは分かったのね。だけど、どうやって自殺したかすら私には分からない。教えてくれない。そこすら憶測だったりするんだ。

「あのカレだよね……」朋子は何ならどんな自殺を図ったのか聞き出そうと構えていたのだが、美奈子がきっちり事情を説明してくれたため、そのようにコメントした。美奈子はウィスキーグラスを丁寧にコースターの上に置いた。私は一生懸命言葉を探したのだが、「それはいつのこと?」と質問を接ぐことしかできなかった。

――二年前の八月なんだよね。

「そうか」と謙二はつぶやき俯いた。そして、みんなしーんとしてしまった。

今日はこれ以上触れない方が良いと思われた。私はそういう空気を読んだ。私だってここは押し黙る他ない。また順を追って聞いてやればいいのだ。

 

 

――でもさ、ぶっちゃけると、私だっていろいろ考えることがあったよ。美奈子とは違うけれども。

そうやって果敢に話を始めたのが砂智だった。

――美奈子とは比較しないでね。私のことは私のことだから。

そうやって前置きをして。

――私はカレと一緒にいると死にたくなった。だって、過去には戻れないじゃない。未来のことを考えるのはイヤじゃない? 不安や不満や飽きや馴れ合いやなんたらかんたら、未来になんか期待できない。今一緒にいるときが幸せすぎるから今に留まっていたい、そう考えるのは自然じゃない?

果たしてこの話題は場の空気を読んだ適切な話なのだろうか? と、私は席が不穏になることに恐れを抱いたのだが、それは取り越し苦労に過ぎなかった。美奈子を含め、みんな真剣な目をして聞いている。つまり砂智の話は決して惚気話なんかではないとみんな分かっているのだ。私だけがみんなに気を遣いすぎて砂智の話のニュアンスを汲みこぼしている。

――私はじゃがいもを切っていたときふと包丁を逆手に持った。部屋には私とカレの二人。カレはもぞもぞと部屋を見渡しては片付けをしていた。それを背後に感じた。急に、逆手に持った包丁が何かを切り裂いてくれるような気がした。不吉な風が止むような気がした。握り締める手に力がこもった。……って、やっぱ、聞くに耐えないよね。

砂智は笑った。話すに耐えない、といった感じだった。私は、ううん、そんなことはないよ、という目を砂智に送っていた。

話しながら誰もが気付く。奴隷のいない社会が実現すれば、ウソのように刺激のないユートピアとなる。粋がって刺激を求めてみても、得た刺激も得られなかった挫折感も破廉恥なものと思える。砂智はこれ以上話したくてかつ話したくないのだ。などと私は砂智の気持ちを汲んだ。

 

 

「ふーん」と一応言ってから次に自分の話を始めたのが朋子だった。

――私は史上最ッ低だった合コンの話していい?

「なになに?」話をさっさと切り替えたくもあった砂智は破顔一笑、身体をにょきにょきと乗り出してきた。

――内輪話で盛り上がってるだけなのよ、男達が。「お前は○○部長かよ!」とか言ってゲラゲラ笑ってた。ずっとそんな調子で喋られたらつまんないよね。お前の会社のことなんか知るか!

謙二は眉毛を掻いて笑った。

――五分でスイッチが入ったね。こいつらとは喋ってやらないってね。あ、しかも、飲み放題コース以外の酒をじゃんじゃん注文しちゃって、それでいて、割り勘。私はお酒が飲めないから一滴も飲んでいないのよ。挙句の果てに「飲み足りないでしょ~。次行こうか」だって。バカじゃねえの。「終電があるから帰る」って言いながら、私たちガールズは点滅中の信号渡ってガーッて小走りしていった。終電の待つ駅とは反対方向へ。

朋子はははーっと笑った。「朋子らしいね」と美夕が言う。美夕の朋子への視線を見て私はどきっとした。朋子は居心地悪そうに言葉を継ぎ足した。

――私たちは帰るとか何とか言ってごまかしたけど、圧倒的に喋りたりてないわけ。マックで愚痴大会よ。

 

 

――私はある発見をしたときの話をしようか。

美夕が朋子から全体に視線を移して喋り始めた。

――その人がゲイかどうか見分ける方法。

砂智は目を伏せた。

――目を見れば分かるのよ。ウソかホントかすぐ見抜けるよ。目の奥の奥に深い優しさがあれば、ゲイだね。私が三年間片想いをしていた男は、俺はバイだ、と言って私に期待を持たせた。でもそれは意地悪だ。奴は真性のゲイなんだ。私は彼の目の奥をのぞきこんで気付いたんだ。瞳の奥の奥に底知れない優しさが見えたんだ。

朋子が美夕をしっかりと見据えている。美夕と朋子の視線が合った。前回会って話したとき、二人が性癖の面で相性が良いということが判明した。私は当然そのことを覚えていて二人の様子をちらちらと見ていた。朋子の目は潤んでいる。

――バイはそんなに優しくないんだよ。例えば私のようにね。

美夕がぽつりと言った。私は美夕の言いたいことがわかるような気がして、深く頷いていた。確かに、バイは優しくない。そんな気がする。

――片想いしていたその男なんだけど、奴は恋人にふられたときに私に泣きついてぐだぐだと話をしてきた。あいつは女を一人しか知らないくせに自分のことをバイだと言っている。自分のことが分かってねえ。あいつはゲイだということに気付いてねえアホだ、とかなんとか。

美奈子は全く理解ができないという顔で謙二の顔を窺った。謙二は謙二で、そろそろ俺の話もさせろよ、と言った、はりきった様子で待機している。美夕は続けた。

――私に言わせれば奴こそ自分のことが分かっていないのよ。奴こそ、女を一人しか知らないということをニューハーフの友達に後になって聞いたんだ。

美奈子はぽかんとしている。うずうずしている様子の謙二から砂智へとすがるように目を遣ったところで、砂智は目を伏せている。美奈子は宙空の誰かのタバコのケムリを見た。誰が誰をどのように好きになったという話なのか? 美奈子は理解できなかったようだ。

 

 

――『黒薔薇』のママの話は前に話したろ。すげーかっこいいあのママ。あれから店が軌道にのって人気が出てちやほやされるようになって、あのママは、いともあっさり俺を捨てたんだ。

謙二にお鉢が回ってきた。

――出会うや否や恋に落ちて、お互いの全てをさらけ出して尚燃えた季節はいとも簡単に巡り去っていったんだ。

誇張の過ぎる喋り方に美奈子がそっと苦笑いをした。

――手のひらを返したかのような仕打ち、許せるはずもない。俺はママが落ちるべき八つの地獄を八つのメールに分けて送信してやった。一生罪を背負って生きていけあるいは、いや、つまり、地獄に落ちろということだ。

砂智と美夕と美奈子は一様に顔をしかめた。

――でも、まだ気が済まない。だからその年のママの誕生日に、お店に花輪を送ってやったんだ。しかも差出人の名前は「蛯原友里」だ。ママに夢中な二丁目の連中たちはショックで畑のカボチャ状態だったらしい。ざまーみろ。

謙二はウィスキーを飲み干した。謙二の捨て台詞にもまた、みんなしーんとしてしまった。

私はみんなの顔を丁寧に見まわした。私のできることは、みんなの話をしっかりと受けとめてあげることだけ。私がみんなにしてあげられる話はない。聞き役に徹するのみ。みんなの顔は、空疎でやつれて投げやりな感じに加えて、話終えて満足気な感じが漂っていた。私は今日もまたこれでよかったのだ……。

 

 

明日も会う約束をしてからみんなと別れ、帰路に着いた。繁華街はフェスティバルのように明かりが灯り続けている。私は疲労感で碌に感覚が働かず、喧騒を遠くに聞いていた。ショルダーバッグが肩に食い込むかのようで、足は重かった。とぼとぼと無心に歩き、電車を乗り継いで最寄の駅に到着したのは深夜一時を回っていた。小雨がしとしとと降りてきていたのだが、でも走るだけの元気はないので濡れながら、ふらふらふらふらと家に到着したのだった。

「ただいま~」

両親ともに他界しているので、家にはお姉ちゃんが待っているはずだった。鍵を開けて、玄関に入って気がついた。家はどこにも明かりがついていない。埃の匂いと湿気た匂いが充満した玄関で、私は柱の横の玄関灯のスイッチをまさぐって探した。

カチリとスイッチが入った瞬間、私は背後に人の気配を感じ、同時に振り向き、悲鳴をあげていた。

「お姉ちゃん!!」

肩までの髪をしっとりと濡らしたお姉ちゃんが私の背後に立っていた。

(びっくりさせないでよ……)

私の声は声にならなかった。声を発そうと思ってものどがうまく動かなかった。なぜかといえば、お姉ちゃんがいつものお姉ちゃんではなかったからだ。目が血走り、文字通り、ブルブル震えているのだ。

「何……?」と私はかろうじて声を発した。

「あなた、毎週のように出かけて、どんどんとやつれている」

お姉ちゃんはきっぱりと言った。

「え?」

「今日あなたの後をつけたのよ」

「え? 何でそんなことするの?」

「いいからこっちに来なさい!」

お姉ちゃんは私に靴を脱ぐひまも与えずに強引に手を引っ張って部屋の中へ引きずり込んだ。ボトッとショルダーバッグが床に落ちた。

「何するのよ!」

「いいから、こっちに来なさい!」

お姉ちゃんは大またで歩いて私を洗面所に連れ込み、鏡の前に立たせた。私は為されるがままになりながらも、トイレに行きたいと思っていた。洗面所の電気が点いた。

「あなた、自分の顔をよく見なさい」

「……」

お姉ちゃんの様子があまりにいつもと違うから本当は不安の底に突き落とされていても良いだろうに、私は、トイレに行きたいと思っていた。げっそりと痩せ細っている自分の相貌に気付かずにはいられなかったが、トイレに行きたかった。

「お姉ちゃん、私の顔に何かついている?」

「あなた、まだ気がつかないの? 週に何度もでかけて、あなたはどんどんやつれている。あなたは自分のしていることにまだ気がつかないの?」

「心配してくれてありがとう。でも、私の勝手でしょ。明日もみんなと会うんだよ。お姉ちゃんがどう思っているかは知らないけれど、大事な友達なんだ。好きにさせてよね」

「あなたは何も分かっていないのね。どうしても明日もでかけるというんだね」

「そうよ」

その言葉を聞いた姉は踵を返して、すたすたと洗面所を出て行った。私はとりあえず洗面所の隣のトイレに入って一息ついた。お姉ちゃんの様子はさておいて、急に眠気に襲われた。

流れる水の音が、窓の外の雨の音と親和していくのを私はぼんやりと聞いて、よいしょと声を出してトイレから出た。

お姉ちゃんがトイレの前に立っていた。

戻ってきてトイレの前で私を待っていたのだ。

「お姉ちゃん、まだ何かあるの?」

私の意識は朦朧としていた。もう疲れきっていた。疲労困憊。投げやりな気分。

「裸になりなさい」

私はしぶっていたのだろうか? 麻酔にやられたようにもう心が動かない。意味も分からない。意志は働かず目だけがお姉ちゃんの様子を追っていた。

「あなたがどうしても明日もでかけるというのなら、仕方がない」とお姉ちゃんは言った。そして手に持っている蒔絵の硯箱を開けた。

「目をつぶっていなさい」

私は目をつぶった。その瞬間、疲れからか、身体の芯を引き抜かれたかのように身体を崩してしまったようだ。へなへなとしゃがみこみ、「お姉ちゃん、くすぐったいよ~」「何するのよ」などとつぶやいていた。目をつぶる前、お姉ちゃんが筆と硯を取り出しているのが見えたような気がする。「お姉ちゃん、まだ目を開けちゃダメ?」などと甘えたかもしれない。お姉ちゃんは私が何を言っても、返事はしなかった。

ふと、美奈子の顔が浮かんだ。美奈子は大丈夫だろうか? あの子はもっと親身になってお話を聞いてあげないと。優しいまなざしを送ってあげないと……。朋子は元気そうだから大丈夫か。でも、そこが心配なのだ。元気すぎて喧嘩っ早いから、何をしでかすかわからない。謙二は? やつは人の神経を逆なでするようなところがある。それはでも、孤独の裏返し。心に何かが欠如しているのだ、それを私は分かってあげられる。砂智は? 美夕は? ……一生懸命に話をしたがる彼らの姿をいとおしいと思ってしまう私は〈語り部〉ならぬ〈聞き部〉だ。明日も彼らに会いに行く、絶対に、明日も……。

「目を開けなさい」

はっと我に返って目を開けると、目の前に私の姿が見えた。お姉ちゃんに両脇をかかえられて鏡の前に立っている。素っ裸の私の身体中に虫が這うかのように文字が書かれている。

「お経を書いてあげたのよ。ちゃんと耳の裏までね。これで明日彼らのところに行っても大丈夫」

私は静かに失神した。明日もみんなに会いに行くんだ、という甘美な気持ちのままに。

――(了)

2008年1月1日公開

© 2008 手嶋淳

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