可愛さが沁みるが、軽すぎる。千九百四十グラム、他の赤ちゃんよりなさけない体重で生まれた智香のことだ。そういう人間だっているものだよ、しょーがないじゃない、わたしはそう思うのだが、なんだかお父さんとお母さんが騒いでいる。
鋭い相談声がきこえる。
焦りの足音がきこえる。
心配の冷や汗で体臭がにおう。
枯れた〝金のなる木〟の葉ががさりと不気味に落ちる。
寒い新潟県にはあまりいないはずのゴキブリが、冷蔵庫下からベッド下へ忙しく移動する。
わたしのからだから、人並みになりなさいという観念が、父母の目へと、次いで観念が、彼らの眉へと、脳へと送信される。わたしにはそういう意図はない。唯、そういうからだでそこにいるだけ。
親の悔しさからだろうか、他の赤ちゃんよりどんどん成長して欲しいと、みじん切りにしたトマトを食べさせられ、本当は母乳か粉ミルクしか飲食させちゃだめなのだけれど、白い種と透明のゼリーの詰まった果実を母が包丁で切り、銀の大きいスプーンで父が口の中に放り込み、わたしもそれに応え、歯が生えていないのでとにかく飲み込み、来月の定期健診ではわたしは他の赤ちゃんより二回りも大きくなった。
トマトは刺激が強すぎました。酸味があります。喉が痛くなりました。でも成長のためにはこの痛みは必要だと考えて、一生懸命食べました、せめて苺にしてほしかったが。
ゲップをさせようと、父は智香の身体をゆするが、やり方がよく解らず〝高い高い〟をしているだけだ。戻すわ、とやや苦しみながら、窓の外の信濃川を智香は眺めた。
遠目で。此処は海への出口から離れていて、川はまだ細い。
快晴の本日は、日本一長いその川に、空の青色が映る。ブルーハワイ色、熱帯の空を原料とした水飴が、ねばねば流れる。流れがスローモーションに見える。
流れはときどき波打ち、その部分がところどころ黒く光り、自然の摂理というものを感じさせる。親子の宿命のごとく、黒く、黒く、深く、思いやる。黒く、気高く、生きる。
夜の空には〝天の川〟という美しいものがあるが、この信濃川は、正に、明るい世界の〝天の川〟だ。
空も川も同じ色。世界が一色。みんな青。みんな川。わたしたち家族は川に溺れ、ブルーハワイのシロップが、甘くて爽快で、ちょっと酸っぱかった。
子に慈しみを注ぐ。酸味を伴い生々しく。それが親だ。本能であり人間の生きる喜びでもあるのだ。有り難い事に、十分にそれが注がれたわたしは、立派に成長した。
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