三 流離譚

歌 and ON(第3話)

高橋文樹

小説

4,620文字

老人モロイが助けたアルビノの少女リリィは、探し物について話し始める。儚いほどの美しさの影に隠したその過去とは。全編七五調のみで書かれたヒップホップ小説。

親切は後ろ暗さの裏返し。電話も済んで安堵の百合リリィ、失くした物が戻るなら、水を差す気はごうも無い。然し、爺に我慢は出来ず、思った事が不思つい口に出る。

「怪しいな。強奪犯ひったくりめが捨てて直ぐ拾ったとでも言う心算つもりかね」

「如何だろね。態ゝわざわざ届けて呉れるんだもの、悪い人じゃあ無いんじゃない。感謝しなきゃ」

「偉そうに言える身分じゃ無いけどな、餅は餅屋だ。警察おまわりに言っとく方が良いだろう。如何せ付手ついでだ」

そう言って、携帯いじる爺の指を、撫で擦るよに押し止めて、女が眉間に寄せた皺、哀願調の深いひだ

真実ほんと駄目なの。写真だけ戻って来れば、もう良いの」

触れた手は離れる刹那、爺の腕をそっと撫で、正義漢振った激昂いかりも鞘に収まる。白子赦せば聖女めく、犯人探しの気も失せる。

「当の百合リリィが言うのなら、儂も其処まで無理強いせんが。そいつは左様そうと、写真とは」

「赤ちゃんが写った写真」

「御前のか」

頷いた白い頬には、鮮やかなあかが色味をさっと差す。其の年で——と、児戯はしゃぐ付手によわいを訊けば、もう死んだの——と、暗く濁った誤魔化し笑い。

「済まないな、思い出したくない事を」

「うん、良いの。知らないんなら、悪気じゃないよ」

厚顔あつかましいな。耄碌もうろくしたか」

だ、脆弱モロイ、気にしないでよ」

「優しいな……とは言え、少し許し過ぎるぞ。何でそんなに許すんだ。隠した本心とこが気に掛かる。全部そっくり吐けと言う気は無いが、聞かせてくれよ、昔の話」

言われて百合リリィ躊躇ためらい勝ちに指をいじくり、唇きゅっと強く噛む。唇は歯を立てられた部分だけ、ぞっとする程白くなり、其れで返ってしゅが映える。

詮索屋たずねたがり厚顔あつかましさは、老いたるさがと習い性。聞き齧りなら悲しく終わる。詳しく成れば、光明あかりも少し視える筈。朽ちる身は、暗さの中に、現世うつしよの、光明あかりを視んとす、あらまほしきに——と、歌にするなら字余りで。

「嫌なら良いぞ。悪かったな。此の爺、何と卑しい朴念仁わからずや

と、爺が優しく繕った其のかんばせ技巧無ぎこちない。

「良いの、聞いてよ。此処なら如何せ五月蝿くて、脆弱モロイ以外に聞こえない」

2015年8月16日公開

作品集『歌 and ON』第3話 (全8話)

歌 and ON

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© 2015 高橋文樹

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