静かに鳴り響くゴング。そして澤俊之の猫

ストラタジャム*NovelJam2017潜入レポート(第8話)

波野發作

ルポ

2,091文字

ついに始まったノベルジャム2017本戦。ギター作家・澤俊之に何を書かせるか。それが問題だ。

ノベルジャムでは、編集一人に対して、作家が二人つけられる。

それは、作家たちは馬券一枚で出走するが、ぼくは二枚持つことができるというわけだ。

これは有利なことだ。

いい馬と組むことができたなら、だけど。

 

米田淳一は月刊群雛の頃からの付き合いで、作風も書きっぷりも知っている。一緒に雑誌をいくつも立ち上げている盟友だ。

メンタルが弱く、同時にアホみたいにタフなことも知っている。なのであまり心配はしていない。

 

一方の澤俊之は、今日が初対面だ。作品は読んでいるし、作家仲間の山田佳江から情報を流してもらったので、ある程度は掴んでいる。

しかし、米田淳一ほどスペックを知るわけではない。ほぼ未知数だ。

どんな書き方をするのか、どのぐらいのペースなのか、推敲はするのか。誤字脱字の量は?

データが全く無いのでは戦い方も決められない。

 

そこでぼくは真っ先に、澤俊之に課題を出した。

 

「まずですね。短編小説を書いてください。五〇〇文字でいいです。テーマは〈猫〉にしておきましょうか」

 

彼は驚くほど素直にぼくの要求に応じた。早速パソコンを取り出し、黙々と書き始めてくれた。

この課題。実は予め考えておいた、ぼくの〈策〉だ。

本戦と関係ない五〇〇文字を書かせる。遠回りなようだが、これが勝利への第一歩である。

まず、彼にとっては、ウォーミングアップになる。二日間描き続けるにあたって、少し筆を滑らかにしておいたほうがいい。

ぼくにとっては、澤俊之のスピードがわかる。そして、書きっぱなしでどんな状態なのかわかる。

そしてテーマに対してどうひねってくるかもわかる。それを見て本作品を検討することもできるわけである。

 

その間、米田淳一の「プロット」に目を通していたのだが、これはまたあとで触れよう。

 

二〇分ほどで澤俊之の猫小説が書き上がった。ぼくはここで、三つ、驚いた。

 

一つ。誤字脱字がほとんどない。

彼は書き上げてすぐにぼくに渡してきた。推敲や校正をする時間はなかったはずだ。

それでこの安定感。素晴らしい。

 

二つ。文章のテンポがいい。

これは好きずきではあるが、要はぼくの好みのテンポだということだ。読みやすい。やりやすい。

言葉のチョイス、言い回しなどもいい塩梅だ。これが即興でできるのはありがたい。

 

三つ。猫ってそっちかよ!

猫の小説を依頼したら、上がってきたのは「ねこまんま」の話だった。

ここで山田佳江の言葉が脳裏をよぎる。「澤さんはね、食べ物書かせたらうまいんですよ」

彼女が「上手い」と言ったのか、「美味い」と言ったのか、それはわからない。

ひょっとしたらダブルミーニングなのかもしれない。山田佳江はそのぐらいさらっとやってのける。

 

なるほど。確かに美味そうだ。というか腹減った。まったく。

菓子を取りに行きながら考えた。

 

澤俊之の書きっぷり。ペースは悪くない。安定感もある。ひねりも効いている。

ひとまず任せてもいいだろう。途中で様子を見て、手こずるようならテコ入れをすればいい。

問題はただひとつ。何を書くか。書かせるか。それだけだ。

 

席に戻り、プラン用紙を広げる。

運営の提示したテーマは「破」。文字数は規定では五〇〇〇ぐらいのはずだが、審査員である藤井太洋理事は、午前中のセミナーで「何文字まで書いていいか」という質問に対して「何文字書いても読む」と宣言してしまった。なんということだ。審査員が苦労するのは好きにしてくれていいが、作る側の苦労もあるのだぞー。うーむ。

ともあれ、さすがに一万以上は書けないだろう。ダラダラ書いても仕方がない。流れるように結末にたどり着く、そういう構成ができればそれでいい。

 

澤俊之は、宣言通りギターを片手に「ノープラン」でやってきていた。

プロットなどはまったくない。何を書くかも考えていなかった。

ということで、我々はまったくの白紙から、旅を始めることとなったのだ。

 

彼の普段の作品は、ギターだ。ギター作家の異名通り、彼がセルフプロデュースしている作品は大半が、いや、全てがギターに関する小説だ。

ギターしか書かない。

ここで、あえてギター以外の物語を書かせてもよいのだが、得意分野のある作家に、どうして得意以外のものを書かせる道理があろうか。

ギターでいい。

 

他に趣味はないか聞いてみた。

旅が好きだという。旅とギター。なるほど、そいつは悪くない。

 

そして「食べ物がうまい」を合わせれば、「旅」と「ギター」と「グルメ」のぶっとい三本柱のでき上がりだ。

いいぞ。すごくいい。

 

ぼくは澤俊之にヒアリングしながら、さらに物語の詳細を聞き出し、簡単な絵図で概要を描き、その流れで書きすすめてもらうことにした。

 

ひとまずこちらはこれでいい。途中で詰まったら相談に乗ればいいことだ。基本的には任せて書いてもらおう。

 

さあ、もう一人の作家のターンだ。

ぼくは米田淳一の「プロット」の山を下から見上げた。

 

つづく

2018年1月18日公開

作品集『ストラタジャム*NovelJam2017潜入レポート』第8話 (全17話)

© 2018 波野發作

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