名探偵破滅派の締め切り前日、退京する新幹線の中で私が『虚魚』を読み進めていると、品川から隣の席に乗っていた中年女性が新大阪で降りるときに話しかけてきた。笑顔が愛らしい、いかにも人の好さそうなおばさんである。乗車中は私の左肩に頭が触れそうになるくらい体を寄せて居眠りをしていた。
「あんな、これ、本好きな人にあげよう思ってたんです」
そう言っておばさんが私に手渡したのは、エル・カンターレこと大川隆法氏の著書。帯にはまるでタレント本のように氏の顔写真が大きくプリントされている。奥付を見ると二〇二二年一月一日が発売日となっている最新刊だった。おばさんもエル・カンターレに負けないくらいのスマイルを満面に浮かべている。心からの善意で私にそれを勧めている様子だった。
「あ、どうも」
私は素直に本を受け取り、思わず浮かべた笑顔でおばさんを見送った。おばさんのあまりにもラヴリーなスマイルは、あらゆる抵抗を無力化する圧倒的な力強さを有していた。「ほな、がんばってね」という謎めいたセリフを言い残し、彼女は去っていった。あたかも私が参考書を読んで勉強している苦学生かなにかであるかのように。一生勉強、一生青春。By みつを。といったところか?
ここ最近、私は破滅派同人の一人として破滅派が満を持して刊行した書籍『アウレリャーノがやってくる』の布教にささやかながらも努めてきた。書店の飛び込み営業だってやってみたし、これまで参加したことのない文学フリマの売り子だってやる所存である。だがそんな微々たる努力など、ガチの布教に比べれば無きに等しいことを思い知らされた。本気である本を世界に広めようと思うならば、新幹線でたまたま一緒になった見ず知らずの他人に有無を言わさず押しつけるくらいの情熱と勢いが不可欠である。せめてバッグに常時『アウレリャーノ』のストックが何冊かあったらエル・カンターレに高橋文樹で応戦できたはずなのに。そう、私はもっとがんばらないといけないのだ。
臍を噛む私の横で、都市の夜景が流れていく。前夜に日比谷で観た芝居の中で聴いたアストル・ピアソラのバンドネオンの音色が不意に脳裏によみがえってきた。アディオス、おばさん。グッバイ、東京。さようなら、二〇二一年。
おっと、私としたことが推理をすっかり忘れるところだった。手短に片づけることにしよう。
西賀昇は名字こそ異なるものの、河合季里子の三つ年上の兄である。こっくりさん事件によって妹が発狂してしまったのは、妹にネタを吹き込んだ級友のせいであるという強い疑念を抱いてきた。そこで、怪談師である丹野三咲を利用して妹の事件を怪談として広めることで、関係者であるその級友をあぶり出す計画を立てた。クモの巣のようにみずから広めた怪談の行方を監視することで、妹の身に起こった事情を「確かめるチャンス」を探していたのだ。彼の思惑どおり、カナちゃんこと柚原百香が三咲に接近してきたものの、彼女が正体を伏せていたため、西賀はカナちゃんが妹の級友であると知り得なかった。だが、吉澤の一件をきっかけにキャバクラでの源氏名を三咲から聞き出した昇は、特技の検索能力を発揮してカナちゃんが柚原百香である事実を突き止める。昇と対面したカナちゃんは「ずっと目が笑ってない」ことに気づいて、昇の敵意を感じ取る。昇はカナちゃんが「本当に憎むべき相手なのかどうか」を確認するために様子を見ている最中である。おそらく彼は、三咲と同様に、積年の恨みを抱いてきた相手を許すか否かという葛藤を抱くことになるだろう。
一方、弁護士の松浦は変死事件の情報を入手してはそれらに怪魚の噂を関連づけてきた。怪魚と出会ったあとに人が死んだわけではなく、何らかの理由で人が死んだあとに彼らが死の直前に怪魚と遭遇したらしいという噂を立ててきたのである。「警察やマスコミにもいろいろパイプがある」松浦にとって、偶然の事件事故を集めて怪談を後づけするのは容易である。二〇一四年のサイトの書き込みは火事の犠牲者が遺したウェブサイトをハッキングして仕組んだ偽装、二〇〇八年のスレッドへの投稿は「兄から聞いた」というみずからの弟を利用した狂言である。かつて松浦がコーギーを飼っていたという事実を知った瞬間、三咲は事の真相にたどり着くだろう。
人が死ぬ怪談の収集は、三咲の心のよりどころとなってきた。「やめたら、また手首を切るかもよ」という彼女の言葉は、怪談から引き離されそうになったときに彼女が自殺未遂を起こしたことを示唆している。三咲の叔父と同じ高校出身の松浦は、事故死した三咲の母親に対してかつて憧れを抱いていた。彼が三咲の母親に向けていた思慕は実ることはなかったものの、彼女の遺児である三咲を守り続ける決意となった。怪談好きを装って三咲に接近し、怪談をでっちあげるに至ったのは、彼の過剰な善意によるものだ。
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