しんどい読書だった。大筋は追えるが、漢詩や故事への言及は漢字が目を滑るばかりで頭に入ってこない。第一の挑戦状に「解答を導くためになにか専門的な知識が必要になることもない」とあるが、第四章で葵が展開する推理は祭りの崇拝対象をめぐる高度に専門的な内容である。たしかにテクスト内の情報をきちんと追えば理解できる推理なのだろうが、感情的に入り込めない。今回、私はあくまで義務感から字面を追うばかりだった。
もっとも、死人が多いので犯人は絞られるはずだ。第四章が終わった時点で生き残っているのは以下の六人だ。
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- (1) 葵
- (2) 露申
- (3) 無逸((2)の父親)
- (4) 悼氏((2)の母親)
- (5) 会舞((2)の従姉)
- (6) 展詩((5)の兄)
「この小説で叙述トリックは使われていない」と第一の挑戦状にあるため、視点人物である(1)と(2)は犯人から除外できる。探偵役の葵は第四章で(3)を犯人だと推理するが、彼女の推理はどの程度信用できるだろうか? 最初、葵は四年前の殺人事件の犯人が(2)の姉の芰衣だと推理するが、第四章では絶命寸前の若英が自分が犯人であると告白する。また、葵は第二の殺人を口封じが目的だったと推理するが、第二の挑戦状には「犯人が三人を殺害した理由は一貫したもので、口封じなどの目的は含まれていない」と明記されており、葵の推理との整合性を欠いている。このことから(3)も真犯人でない可能性が高い。
だとすれば、残るは(4)(5)(6)のいずれか。しかし、第四章までこれら三人には大して焦点が当たっておらず、彼らのうち誰が犯人でもあまり面白くない。「ミステリ史上に残る前代未聞の動機」と帯文に書いてあるが、その動機は少なくとも読者が感情的に共感できるものであるはずだ。そうでなければ、おそらく読者は納得しない。「文字のうわべでとやかくいうことだけで、いろいろな書物の言葉を引いて説明をつけるだけ、だけどあなた自身からはなにも感じられない」と露申が葵を糾弾するように、読者も作品に興ざめしてしまうことだろう。どんなに奇想天外な動機であろうと、その動機は読者を感情的に納得させるものであってほしい。そのため(4)-(6)は犯人にはなり得ないし、同じ理由から家系図に名前が載っているのに登場しない鍾宣功も犯人ではない。
だとすれば犯人は誰か? 第二の挑戦状には「天漢元年に起きた三つの殺人事件の犯人はだれか?」とある。この問いは第一の挑戦状にある問いと完全に同じ文であり、これらの殺人はすべて第三章で起こっている。だとすれば、第四章で自殺した若英と小休の二人も犯人候補に含めることができる。彼女たちの境遇は作中を通して細かく描かれており、犯人として十分に面白い人物である。第二の挑戦状に「私が目を向けてもらいたいのは小休と観若英の死であり、彼女たちの短く、不幸な人生だ」とあるように、作者は彼女たちの身の上に対して読者の共感を求めている。読者が共感可能な境遇を背負った彼女たちは、いずれも犯人として申しぶんない。
先述のとおり、若英は自分の家族四人を殺したことを告白している。これに加えて天漢元年の殺人事件の犯人でもあるとすれば、若英は七人殺しのシリアルキラーとなってしまう。そうなると、十代の少女が累計七人も殺せるだろうかという物語の蓋然性に関する疑念を読者に呼び起こすことになるだろう。若英は犯人として面白い人物だが、彼女を犯人にするにはかなり無理がある。
だとすれば、犯人は小休以外にあり得ない。同じ十代の少女である若英が四人殺せるのだから、小休だって三人くらいは殺せるだろうという類推により蓋然性の問題はクリア。さらに、第一の殺人において葵は小休を「冷徹な推理」によってまっさきに犯人候補から外している。だが、葵は四年前の事件と今回の観家の連続殺人事件で間違った犯人を導き出していると考えられ、彼女の名探偵としての適性には問題がある。皮肉なことだが、葵が小休を犯人候補から外したという事実が、かえって小休が犯人である可能性をますます濃厚なものにするだろう。
では、小休の動機は何か? 小休は葵の侍女として観家を訪問しているだけなので、彼女と観家は何のゆかりもない。葵の命令に従う形で自殺することで主人の心に傷を残した小休にとって大事なのは葵との関係に他ならない。例えば、東君なんとかについて観家の食卓で話題に出たとき小休は差し出がましい質問を発しており、葵が名探偵として活躍できるように彼女は影に日なたに誘導している。そのため、小休は葵に名探偵として推理をさせるという動機から一連の事件を起こしたと考えられる。
どうやって小休が三人を殺したのか? そんなことは私の知ったことではない。第二の挑戦状で求められているのは、犯人とその動機であり、その両方に対して私は回答した。わざわざもう一度読み返して事件の詳細をたどるつもりはない。
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