そうとは知らずに二人目

名探偵破滅派『楽園とは探偵の不在なり』応募作品

Fujiki

エセー

2,000文字

2022年8月名探偵破滅派(テーマ『楽園とは探偵の不在なり』)応募作。

真犯人は、倉早千寿紗。彼女は毒入りのワインを用いて報島にそうとは知らずに常木と政崎を殺害させ、地獄に落とす。さらに天澤と争場にモーターボートのありかを順繰りに教え、争場がそうとは知らずに天澤を殺害するように仕向ける。彼女は争場と刺し違える計画だったが、小間井が真相を闇に葬るために身代わりとなり、正当防衛で小間井を刺した争場は地獄に落ちた。

トリックのポイントは牧師造薬殺人事件で明らかになった事実「本人が有毒だと思っていなかった場合でも、他人に水銀を飲ませて殺せば地獄行き」(72)である。常木による声を発する天使のお披露目の夜、倉早は「ワインや日本酒などのアルコール類を持ってくるようにとのお申しつけ」(109)を受ける。給仕を務めた倉早は毒を仕込んだワイングラスを一つ混ぜておいてそれを報島に渡す。「政崎や報島が媚びたような薄ら笑いを浮かべる」(76)などの描写に示唆されるとおり、報島は常木に対して媚びる立場にあったため、報島が常木にグラスを渡して酌をすることで報島はそうと気づかずに常木に毒を盛ってしまう。

夜11時が過ぎ、常木はソファーで眠り込んでいるかのように死亡する。政崎がそのあと引き返してきてナイフを常木の死体の胸に突き立て、その際に万年筆を床に落とす。政崎は自分が常木を殺したと思っているが、死体損壊は殺人にカウントされない。その代わり、これが報島の第一の殺人となる。

翌日の午後、政崎は報島と部屋で密談する。今回は政崎の好きなビールに毒が仕込んである。本来なら二人はお互いに手酌でやる間柄だが、倉早は政崎がワインを飲まないことを知りながらわざわざ「左利き用」(177)のワインオープナーを出しておいた。ワインを飲む報島自身は左利き用のワインオープナーでボトルを開けられないが、政崎は「左手に持ったフォーク」(68)で食事をしていることからもわかるとおり左利きであり、政崎が報島の飲むワインを開けて酌をする。その流れで報島は政崎にビールを注いで飲ませることになり、そうとは知らずに政崎を殺してしまう。政崎が床に倒れて死んだ瞬間に、報島は天使によって地獄に引きずり込まれる。

その後、倉早は政崎の死体に槍を突き立て、連続殺人を偽装する。「報島が何らかの方法で政崎を殺した瞬間に地獄に堕ちて、後には政崎の死体が残される。その死体に槍を突き刺した方が楽だろうが」(179)と、青岸が推理するとおりである。次の朝、倉早は槍をつかんで抜くふりをすることで、自然な形で自分の指紋を残す。その直後に大槻が抜いたら「意外にもあっさりと槍は抜けた」(170)ことから、倉早の「細腕ではびくともしない」(170)というのは単なる小芝居であることが推察できる。

その日の夜、まず倉早は錯乱した天澤にモーターボートがあると教え、井戸に呼び出す。天澤が荷物をまとめて飛んできたところへ「家畜用のスタンバトン」(239)で気絶させる。意識のない天澤を井戸のつるべにロープで括りつけておき、ロープのもう一方の端を崖下のモーターボートの「空回りをするばかり」(223)の錨の巻き上げ装置に結びつける。続いて、争場に崖下のモーターボートの存在を教える。争場は自分ひとりで逃げ出そうとボートにやって来てガソリンを入れ、錨の巻き上げ装置を回す。崖の上で天澤は井戸に転落して死亡。こうして、争場は気づかぬうちに第一の殺人を犯してしまう。争場があきらめて館に引き返したのを見計らい、倉早はガソリンを井戸に注いで火をつけ、天澤の死体に括りつけたロープを始末する。彼の顔面や体が焼けただれているのはそのためである。

この後、倉早は自分が事件の犯人であることを争場に告白し、自分を殺させる計画だった。争場の倫理観は天使降臨以来とち狂っているので、「境界線の中にい」て「自分の場所をちゃんと守って」(212)いる限り殺人に対する躊躇はない。そんな争場がそうとは知らずに第二の殺人を犯して地獄に引きずり込まれるのを見越してのことだ。しかし、『日の名残り』的な現実否認から目覚めた小間井が身代わりとなって争場に自分が犯人であると名乗り出て殺害される。それは、かつてフェンネル・テロの犠牲者の関係者だった――赤城昴の恋人か?――という身の上を隠し持つ倉早に深い共感を抱き、彼女を守ろうとしたためだ。

と、ここまで書いたが、なぜ倉早が伏見弐子のようなどんくさいジャーナリストを島に呼び寄せたのかがピンと来ない。同じくテロ犠牲者の関係者である彼女に事件を見届けてもらうためか? 青岸の推理するとおり、一時的にせよ彼女に疑いの目を向けさせるためか? それとも、単に女子が複数いたほうが小説のジェンダー・バランス的にいいからか? そういえば、私の推理は、倉早の言う「ヴァン・ダインの二十則」(199)とやらにも違反している。もうそんなに時間もないし、まあいっか。

2022年8月22日公開

© 2022 Fujiki

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