iTunesがランダム再生にもかかわらず、松田聖子を4連チャンでかけてきた――制服、瞳はダイアモンド、蒼いフォトグラフ、ハートのイアリング。懐かしくも新鮮なその歌声になんとなく聴き入っちまった俺――別に彼女のファンでもあるまいに。
あくびにしては量の多い目汁が鼻の脇を伝う――意味不明な赤くない血液。なんなのか。特別なにかを思いだしたわけじゃない。曲調にしんみりこいたわけでもない。だいたいこのへんの歌でトリガーされてくる記憶がそもそもない。藤岡珈琲をやりながら我が身に起こった不思議をシング、ソング、シンキング。
……思いだした。忌まわしすぎるそれを思いだしたぞ。おのれ、沙也加母め。
二十数年前、東亜会館(ディスコビル)をツレとハシゴした帰り。忌まわしいそいつは銀の耳飾りをキラキラさせながら、甘ったれボイスで『すてぃうぃ~ずみ~雨が雪~にぃ』とやっていた。場所はコマ劇近くのカラオケボックス内、便所脇。
いい女だと思った。だから口説いた。口説いて連れだした――ツレを放置して。
さりげなく腰へ手をまわし、さりげなく大久保方面へと早足。職安通りを過ぎ、毒々しいネオンに彩られた建ものの入り口へよろけながら彼女を押していく俺――ちょっと露骨にすぎるか。
「安い部屋、空いてないね」
杞憂。そしていとも簡単にクリアされる最初の課題。出会ってから小一時間。俺のたくらみはあっさりと着実に現実へとシフトしていく。和洋折衷のへんてこな部屋でくちびるを合わせ、それからビールで乾杯。ウルトラ下戸な俺はここで前後不覚にリーチがかかるも、それほど金を持ってるわけじゃないから、と平気の平左。心はもはやエロスとシヴァとイシュタルに支配されていた。
名前はハルだかアキだか。夏とか冬じゃなかったのは記憶している。加賀友禅がどうのいう話をしていたから田舎はたぶん金沢。歳はふたつ上だった。
「彼女は?」
細身だが、女にしては長身の猫目女がいう。
「いない」
「ほんと?」
「先週別れた」
大嘘をぶちかましながら服越しにおっぱいを揉む――なんだか異常にやわらかい。今までそうしてきたなかで断トツのスライムバストだ。
「先、いいよ」
揉みつ揉まれつした仲だというのに、なぜかシャワーは別々。促された俺は浴室で酔いを覚まし、青いリネンを体に巻いてベッドの彼女と入れ替わった。
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