シリーズ累計8,003万部を突破、大手動画配信サービスでのアニメ配信も始まり文字通り全世界を席巻しつつあるライトノベル『異世界に転生したらモテまくってる俺だけど、チ〇コが無いんだが。』通称『チンナイ』。最期の瞬間、自分が人生で本当に欲しかったのは女の子の白桃のようなお尻だったと気付いてから死んだ主人公は、なんとイケメンは自分だけという異世界に転生! 当然モテまくり、薔薇色のハーレムライフがと思いきや、彼は肝心な部分を失くしていたのだった……この奇跡の物語はどのようにして生まれたのか、作者の牛飼太郎先生が語る!
――第一巻が出たとき、主人公以外の男性は全員不細工なのに女の子はかわいい子ばかりという圧倒的に非対称な世界設定が物議を醸しました。それだけならあられもない願望充足小説ですが、唯一のイケメンである主人公のイチモツ不在というイケズな設定が深味のあるドラマを生み出しています。こういった発想はどこから来たんでしょう?
世界設定はルッキズム社会へのアイロニーを込めたんです。何よりもまず一定の見た目の良さが無くては話にならない世界、それが僕らの生きている現実ですよね。驚くべきことにそれを直視している人は少ない。みんな自分で自分を騙して、まるで歪んだレンズを通して映った世界を生きてるようなものです。それをわかりやすい形で出しただけで。イチモツが無い件に関しては、僕はこれをモラル・テールとして書いているつもりなんです。あなたの願望が叶えられない時は、おそらくあなたの側に問題がある。どういう事か話すと少し長くなるのですが……
この小説を着想した日の事はよく覚えています。僕は惨めな状態にありました。風俗代を稼ごうと思ってパチンコ打ちに行って、四万負けたんです。その金があれば行けたじゃないかって話で、本当に俺は何をやってるんだろうと嫌になりながら家路を辿ったのですが、駅のエスカレーターで僕の前に綺麗めの格好をした大学生っぽいカップルが立ってたんですよね。で、女の子の方が脚を出した格好で白い靴下を履いていたんです。それがものすごい眩しさでね。まるであたりの空気が彼女の若く健康的な両脚で浄化されているようでした。僕はしばらくガン見して彼女の脚を目に焼き付けました。彼女の白い靴下が、僕の世界に対する目を開いたんです。
――はあ……。
それは啓示でした。やっとわかったんですよ、僕はずっとこんな清潔感のある、白い靴下が似合うような女の子と付き合いたかったんだって。同時に、それは叶わない夢であることもはっきりわかったんです。なぜかって階級が違うんですよ。僕が付き合えるのは小汚い馬鹿娘だけ。ブリーチしすぎてぱっさぱさの髪、パンツでも嗅ごうものならツンと臭う。そこから一気に思索が広がりました。不平等や差別というものは人間が作り出したものであり、したがってまた人間の努力で撤廃できると考えられています。しかしその時の僕はどうやらそれは違うように思ったのです。おそらくそれらは……個々人の運命と結びついたものであり……したがって逃げることはできない、自らに責任を求めるべきものなのではないかと。決して得られないものを追い求める、それはロマンティックなようですけれど、実は非常にドロドロした執着なんです。そしてその執着こそが世界の原動力です。
そうわかった時、僕は急に小説を書こうと思い立ったのです。それまで本なんてろくに読んだことがなかった僕が。僕はその体験を元にして、死ぬ間際の主人公に看護師さんのプリケツを見せる事にしました。そのお尻に浮かんだパンティラインを目にしたとき、彼に啓示が訪れるのです。
――「夏の朝、清潔なテーブルの上に置かれた白桃のような」プリケツ。子供のころ近所に住んでいた憧れのお姉さんもやはりそんなプリケツだったのを思い出すんですよね、主人公は。
そうです、よく覚えてますね。僕は彼にその憧れのプリケツ一つを追って新しい世界を遍歴させることにしました……現実世界でも異性の好みというのは早いうちに決まってしまうように思います。結局人は、一番最初に異性を意識した人の面影を追い求めるのでしょう。
――けれどそれがどうさっきの話と関わってくるのですか? 願望が叶わないのは自分に責任があるという。少々理不尽な気もするのですが。
根本に間違いがあるという事です。僕にとっての白い靴下もそうですが、主人公が追っているのは観念としてのプリケツであって人格を備えた個人ではない。そもそものスタートからして誤りがあるのだから彼の手に入る訳が無いんですよ。たとえば僕自身、底辺に属している人間です。さっきも言いましたが基本小汚い馬鹿娘だけが恋愛の相手です。けれどこれを客観的に見ると、こういう人間がそもそもまともな関係を築けるでしょうか? 自分の境遇を運命として受け入れることもなく、小汚い馬鹿娘なんて言い方をして周りの人間を大事にしない男。自己とも他者とも向きあってないんですよ。それが底辺である所以なんです。人間として大事なものが欠けている。ペニスが無いというのはそのメタファーなんです。
言われてみれば『チンナイ』はとても倫理的な物語だ。主人公のペースケには常に女性の心を勝ち取ることができる特殊能力が備わっている。ところが彼は「心」などという抽象的なものでは満足できず、より具体的なものを求める。けれどそれは彼の肉体的事情により決して成就できない。彼の恋愛はいつも空振りに終わり、いつか見たプリケツを求めての遍歴が続く。それは彼が本当に大事なものを見失っていることを示唆している。
――ペースケは満たされない欲求を代償行為で埋めようとする訳ですよね。彼が変態寄りの匂いフェチという設定はそういう事でしょう。髪の匂いはまだわかるし、脇の匂いまではギリOKとして、彼は女の子のブーツや靴下の匂いが大好物です。そして文字通り動物的な嗅覚で「白桃の香り」を嗅ぎ当てるんですよね。プリケツ女子は必ず白桃の香りを持っているという設定はベタではあってもこの作品では重要な意義を担っていますね。
白桃の香りというのがつまり前世からの、いやひょっとするともっと以前、久遠の昔からの記憶と結びついているわけです。そういう意味で彼のプリケツ探求は究極的には自己の探求なのです。
――最新巻ではおしっこシャンパンのシーンが読者に衝撃を与えました。ああいう事っていうのは、作者である牛飼さんの実体験に基づいてたりするんでしょうか。
まさか。全部妄想か、人から聞いた話です。
――あれは美しいシーンでした。ペースケとナミイェはお互いを強く想っていながら、二人は決してうまく行かず、これで会うのも最後だとわかっている。でもペースケは自分の事情を決して打ち明けないんですよね。だからナミイェはペースケが結局自分を愛していないのだと思ってる。読者である私たちは事実はその逆だと知ってるんです。ペースケがその苦しい真実を告白しそうでしないもどかしすぎる状況で、少し目を赤くしたナミイェが半分ぐらい減ったペースケのグラスを奪っておもむろにパンツをずり下ろし、自分のおしっこでシャンパンを割る。その音、その透き通った色、「細かく砕け散った水晶の粒」、それを見ているペースケの哀しみ、全てがまざままざと伝わってきました。
そういう特殊な嗜好を持っている人は別として、普通はどんな好きな相手でもおしっこを飲むというのはかなり抵抗があると思うんですよね。これは僕の持論ですが、自分が本当に相手を愛しているのかどうかは相手のおしっこを飲めるかどうかを考えればわかると思うんです。必ずしも実行する必要はない、想像してみるだけでいい。もしそれはちょっとと思うようなら、多分本気で好きではないんですよ。だからあのシーンはペースケの、無言の愛の告白なんです。彼はそれを飲み干すことで自分の気持ちを伝えてるんです。
それと同時に、あれは彼の不毛な恋愛遍歴を表してもいるんですね。喉が渇いてる時に塩水を飲めばもっと喉が渇くだけ。彼はそれがわからない。いや、うすうすわかってはいるのですが自分で止められないのです。
――そんな意味まであったとはちょっとわかりませんでしたが……ただ毎回破綻する彼の恋愛を見て思うのですが、異性の心を勝ち取れるというのは欠落したペニスを補ってあまりある能力かもしれないですよね、ある意味。その素晴らしさを全く自覚していないという点で、ペースケというのは本当に不幸な男なんじゃないかって。
そうですね。この小説はどこまでもモラル・テールなんですよ。小説の世界は僕の妄想が作り上げたものと言えばそうですが、同時にまたプリケツが生み出した世界なのです。ペースケの観念の中だけにある、実在しないプリケツが中心にあって渦巻銀河のように現れた幻想の世界、もしくは蜃気楼なのです。それは彼がプリケツを追いかけ続ける限り存続する。僕は彼がそれをついにあきらめざるを得なくなるところまで書きたいと思っています。あまり先のことを言ったら怒られちゃうんだけど、すでに最終シリーズの構想はできてるんですよね。
――この物語は彼の断念で終わるのですか。
断念というとちょっと言葉が軽いんですよ。解脱、と言ったらいいのかな。この物語はプリケツにはじまりプリケツに終わるのですが、ペースケは最終的に観念としてのそれを求めることをやめるのです。おそらくそこで幻想の世界は消え去り、全ては静止する……もしかするとその時こそプリケツは真の姿を現すのかもしれません……
人は誰でも一度は悩みます。「自分は何のために生きているんだ」と。そしてその問いは答えが出ないものと考えられています。けれど簡単な話なんですよ、本当は。プリケツです。それがある限り生きるのをやめられないのです。それが一人一人の住む幻想の世界を作り出しているんですよ。
その一方で、僕は怖い気もするのです……もし僕がそこまで書いてしまったら……ペースケや作者の僕にとってだけでなく、全ての人間にとってもまた宇宙は消滅してしまうのではないかと思えるのです……少なくとも何かが決定的に変わってしまう。なぜってその時こそは、宇宙それ自体がプリケツの夢から覚めるはずだからです……
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後記
インタビュー記事がここで終わっているのは、ちょうどここまで作成したところで「ラノベ作家牛飼太郎未成年買春の容疑で逮捕」のニュースが入り、お蔵入りが確定したからである。『チンナイ』そのものが絶版・回収されアニメも打ち切りになってしまった。彼は風俗狂いで、複数の女子大生のパパをやっていたとも聞いていたからあまり驚きはないが、図らずも主人公ペースケの解脱を待つまでもなく作品世界が強制終了されてしまった訳である。やはり応えたのか、作者も急性心不全で亡くなってしまった今、彼自身も転生先で白い靴下の女子を追い求めているのかどうか、思う事も言いたい事もいろいろあるがそれは他の機会に譲りたい。
小林TKG 投稿者 | 2022-09-22 22:19
もー。
最後もー。www
しかし鏡地獄の現代版ってこういう感じかも知れない。
曾根崎十三 投稿者 | 2022-09-23 21:48
良いですねー。真面目にふざけてるというか。
変態だー!ってなりました。良かったです。
桃のような嘆美なお尻が眼前に浮かんでくるようで幸せでした。
そして、こういう切り口があったか!と、一本とられた心地でした。
Fujiki 投稿者 | 2022-09-24 00:22
なんてことだ。これまで内面世界を繊細な文体で描いてきたヨゴロウザ氏がお下劣に走ってしまった。破滅派から悪い影響を受けてしまったのかもしれないが、ワン・オヴ・アスとして喝采とともに受け入れたい気持ちもする。それにしても、去勢コンプレックスは破滅派で流行しているのだろうか。
わく 投稿者 | 2022-09-24 10:08
タルコフスキーが学生から「監督の作品の雨の意味は何ですか?」と聞かれたとき、「雨は雨だ」と答えたと言われています。
それと同じように、陰茎が消失することにフロイト的な意味を求めず、ただそれだけで楽しいじゃあないか、と私は思います。
ただし、牛飼には単純に笑うことのできない、なかなか強い業を感じます。
大猫 投稿者 | 2022-09-24 20:28
いや、普通に『チンナイ』の方を読みたいです。
それにしても、小説を書いた動機のしょうもなさとか、「プリケツ」論とか「おしっこ割シャンパン」とか、あほらしいことを堂々と長々と展開する口の減らなさっぷりはやっぱりヨゴロウザさんだと思いました。欲まみれコンプレックスまみれなのにそれにもっともらしい理屈をつけて、最後は自滅するところも。容赦ないですね。
諏訪靖彦 投稿者 | 2022-09-25 17:09
「あなたの願望が叶えられない時は、おそらくあなたの側に問題がある」なんてニーチェっぽいし、小難しいインタビューと思いきや結局は変態観の吐露であって、なんか哲学的に纏めようとしてるけどやっぱり変態じゃんと笑えました。けれど「おしっこを飲めるかどうかが本当に好きかどうか」には賛同できません(きっぱり)
鈴木沢雉 投稿者 | 2022-09-26 11:41
「小汚い馬鹿娘なんて言い方をして周りの人間を大事にしない男。自己とも他者とも向きあってないんですよ。それが底辺である所以なんです」
ここを読んで、「ああこれは『山月記』なんだなあ」と思いました。だとしたら最初は「?」と思ったインタビュー形式の構成も、救いのない結末も腑に落ちました。
松尾模糊 編集者 | 2022-09-26 13:00
筒井康隆の『聖痕』はまさにチンナイですね。そしてスカトロについては東浩紀『クォンタム・ファミリー』を思い浮かべました。インタビュー形式で架空の物語について語る構造も好みでした。藤城氏は憂慮されてますが、わたしは筆者が解き放たれている印象を受けました。この方向性で突き進んでほしいと思います。
Juan.B 編集者 | 2022-09-26 17:02
良いコメントはみんなが先に書いてしまった。下劣でありつつ一線弁えている。今回の合評会は色々な人がちんちんやお下劣に目覚められたようだ。ヨゴロウザさんの今後の下劣にますます期待したい。
波野發作 投稿者 | 2022-09-26 17:10
読み終えてしばらく立つまで。これは現実に存在する作家へのインタビューであると脳が誤解していた。素晴らしい出来栄えのパスティーシュであると思う。そして先生は急性心不全で転生してしまったのだとも。