先生、おやすみなさい

合評会2022年03月応募作品

ヨゴロウザ

小説

5,600文字

今回は誰も死なない話です。明るい話にはなりませんでした。

 その年の六月は連日のようによく晴れて陽射しが強く、樹々の緑が目に沁みる眩しさだった。梅雨に入りそうな気配もなかった。
 僕は週に四日ほど夕方から先生の家にお邪魔して、特別に原典講読を指導して頂いていた。その時季に先生の家に通うのは楽しかった。キャンパスから、その気になれば歩けるぐらいの近さにあるその家は元は別荘として建てられたらしい洋風建築で、夕方といってもまだ明るい時刻、川べりの道を歩いて行くとややくすんだ白い外壁と赤い屋根が周囲の深緑によく映えているのが見えるのだった。そこは郊外の、学生たちが自嘲気味に「田舎」と呼ぶくらいに緑の多い場所で、この一人で住むには広すぎて持て余しそうな家がどういう経緯で先生の手に入ったのか、先生は語らなかったし僕も別に訊かなかったけれども、たぶん誰も知らなかったと思う。訊いてみたところで面倒がられて教えてはもらえなかったろう。それでよかった。
 というのも、先生はひどく狷介で取っつきにくい、気難しい人物として知られていたからだった。四十代半ばで、年齢のわりに若々しく見える人だったけれどもすでに教授の地位にあった。そんな気易く自宅に出入りを許されている学生は僕ぐらいのものだったので、僕などがなぜ気に入られていたのか不思議がられていた。あいつは先生の腰巾着だと陰口を叩かれているのも知っていたけど気にならなかった。僕は先生を尊敬していたからだ。
 辞書と文法書とを側に置いて、僕は熱心に原典講読の個人指導を受けた。テキストはまだ刊行されていない、先生自身が世界中の大学はもとより南インドまで出向いて集めた写本を校合したある論書の校訂本で、まだどこの国の言語にも訳されていないものだった。だからほんの数行ずつ訳文を作っていくごとに、誰にも知られないままそっとされていた世界の秘密が少しずつ明らかになるような気分がしたものだった。先生の解説を聴きながら何度も、解釈とはこのようにやるものかと目を見張る思いをさせられた。五ページも進めると、先生はいつも今日はここまで、休んで頭を冷やしてくるから今日のぶんの和訳を作成しておくようにと言い残してぷいと二階の部屋に上がってしまうのだった。それで僕は先生がまた降りてくるまでに訳語の選定に苦心しつつ独り和訳を作らなければならなかった。
 ところで、一つ気になることがあった。時季柄窓を開け放っていたのだけども、外からなにか聴こえてくるのだ。よく耳を澄ますとそれはラジオ英会話で、先生が休んでいる二階の部屋から聴こえてくるらしかった。最初は適当なラジオ番組を流して頭をリフレッシュしているのかなと思っていたのに毎回ラジオ英会話だったので、僕はなんとなく奇妙な気がした。先生はサンスクリットのような古典語だけでなく何ヶ国語にも通じている人なのだ。その人が今さら英会話とは。文章としての英語に不自由はなくても、やはり海外の学会などで会話に苦労なさっているのだろうか。僕はある時、先生のお手製の夕食をごちそうになりながらそれとなく訊ねてみた。
「ああー、あれ」先生は気の無い生返事をするのだった。
「うるさかったかな?」
「いえ、そうじゃないんです。ちょっと気になったもので」
「英語というのもなかなか難しいからね」
 それだけ言うと先生は黙々と食事を続けた。この先生はなんという偏屈な人間だろう。大学の外の社会では間違いなく通用しないだろう。一人でこんな家に住んで、たぶん友人は少なく、梵語の文献を読みふけって、シューベルトなど聴いている。やけに高踏ぶった生活だ。だけど、先生を見ていると僕は学問の道を選んだ事に対する不安がなくなるのだった。自分もひとかどの学者となってこんな生活ができるとしたら、悪くない。
 その時はそう思っていた。
  
 珍しく少し曇った日、先生の家に着いた僕は来客があるのに気が付いた。女性の話し声が聴こえるのだ。本当ならそこで少し遠慮するべきなのだろうけど、僕は先生のお宅への出入りは顔パスのようなつもりでいたので、門でインターホンだけ鳴らすと名乗りながら勝手にずんずん玄関に上がった。
 林檎のようないい匂いがした。学生かな、と思った。先生と向かい合っていたのは自分より二つか三つぐらい年下に見える女性だったからだ。華奢で指の長い、正直に言うとどきりとするほどかわいらしい人だった。なので図々しく入って行きながら僕は少し気おされてしまった。先生は僕の方を見ずに会話を続けた。
「よかったら一緒に夕食はどう? 彼は教え子の大庭くん。僕の後継者になる男だよ」
「初めまして、大庭です」僕はそこでもよせばいいのにでしゃばった。
 彼女は返事がわりにちらと僕の顔を見ると、顔をしかめて窓の方を向いた。先生は困ったような笑顔を作った。
「まあ大庭くん座りなさい。会うのは初めてだよね。僕の妻の、ひかりです」
「は。奥さん……」
 けれどそこでその奥さんは立ち上がり無言ですり抜けるように僕の側を通って出て行ってしまった。先生は後を追うようなこともせず、それきり何も言わずに台所へ行って何やらがさごそやっていた。かなり長い間、気まずい沈黙が漂っていた。僕はひどく間の悪いところへ空気も読まずに飛び込んでしまったのを自覚して、テーブルの上の奥さんが使っていたコップに目を落とした。
「ああ、いけない。卵がなかったなあ」先生の声がした。「まだあるとばかり思ってたんだけど。じゃあ今日は……」
「僕が買ってきます。すぐ行って来ますよ。どうせ無いと困るんでしょう」
 気まずさから逃げられる絶好の機会だったので、僕は強引にお使いを買って出た。これまでもちょくちょく、先生の車を運転して駅前にお使いに行く事があったのだ。
 僕の頭は混乱していた。先生に奥さんがいるなんて聞いたこともなかった。もともと自分の話は少しもしない人だったけれども、これは意外だった。それも親子ぐらい年の離れた……いや、別に年齢は関係ない。元教え子なのだろうか? それにしても……僕の頭の中の映画監督が勝手にあの二人の恋人らしい睦みあいの場面、夫婦で買い物かごを押して歩いてるシーンなどを撮影しようとするのだけどどうにも不思議で画が浮かびにくいのだった。
 そんな風にやや下衆な妄想をたくましくして川沿いの道を走っていると、他でもない奥さんが狭い道の端に体を寄せて歩いているのが前方に見えた。僕はほとんど反射的にクラクションを軽く鳴らし、窓を開け声をかけた。
「ひかりさーん!」僕はごく自然に快活で開けっぴろげなキャラを装った。「駅までですか? どうぞ、送って行きますよ。暑いでしょう。いえいえ、ひかりさんがいたのに乗せなかったら僕が怒られちゃいますから。ささ、どうぞ」
 無頓着な風を維持してなんとか奥さんを助手席に乗せると、その作ったキャラの鍍金が剥がれないように僕はしゃべり続けた。
「お使い頼まれたんですよ。いっつも食材買いに行かされるんです」
「森山がいつもお世話になっているようで」
 そっけなく奥さんはそう言った。それきり口を噤み、俯いてスマホを取り出した。さっそく間が持たなくなってしまったかのようだったが、僕は構わず続けた。
「いえ、お世話になっているのは僕で、特別に原典講読をしてもらってるんです。その代わり、訳文作っても僕のクレジットは無いんですけどね。本のあとがきに大庭くんの協力で、なんて書いてもらえるなら僕はいいんですけど」
「…………」
「困った先生なんですよ。その日のノルマが終わったら僕をほったらかしにして二階上がって、ラジオ英会話なんて聴いてるんですからね」
「ラジオ英会話?」奥さんはそこで僕の方をふりむいた。「森山が聴いてるんですか?」
「ええ。いつもです。なんでしょうね、ああいう人ですからなんで聴いてるのかって……」
「毎晩そうなんですね。そうなんでしょう」
 赤信号で僕は車を停めた。
「やっぱりそうだと思った。あの人のやりそうな事だと思った。ほんと気持ち悪い」
「えっ?」
「あの人、離婚に応じてくれないんです。真面目に話そうとしても、こっちを子供扱いして、自分の方が私のわがままに困ってるような感じにして。それでいて毎晩のように無言電話をかけてくるんだから意味がわからない」
「無言電話ですって? 先生が?」
「うちの固定電話の方にかかってくるんです。毎晩のように。最初は誰だろうと思ってただただ不気味だったんですけど、もしかしてあの人じゃないかと思って、最近は切らないで私の方でもしばらくそのまま黙って何か言うの待ってるんですけど、いつも後ろの方でなんか聴こえてるんです。何かと思ってよく聴いてみたらラジオ英会話みたいなんですよね。それに……どう思いますか? たぶん私にばれてるのわかってるんですよ。ばれてるのわかってて、ずっと無言でこっちの気配うかがうみたいに、いつまでも切らないんです。絶対に自分からは切らないんです」
 信号は青に変わった。
「なに考えてるんだろう。気持ち悪くて気持ち悪くて。それなのに携帯の方にはちゃんと番号通知してかけてきて、普通に会話してくるし。今日来たのだってあれを止めてほしいっていう話をしに来たのに、相変わらずの調子ではぐらかされて……」
 車は駅前に着いてしまった。奥さんは急に色々話しだしたのを後悔したのか、まだ少し距離があるうちにここで大丈夫だと言い出して車を降り、足早に駅舎へと歩いて行った。僕は僕で、途方に暮れる思いでそれを見送るだけだった。
  
 さて、あんな話を聞いたあとで僕はどんな顔をして先生と講読を続ければ良いのか。別にどんな顔もしなかったけれど、どうしても言葉少なになりがちだった。先生はそれに気が付いているのかいないのか、さっぱり捉えどころのない人だった。ひょっとしてわざと僕を買い物に行かせて、奥さんと話させようとしたのではないかと疑おうと思えば疑える気がした。何のためにそんな事を、という話だろうけどこの人の考えはわからない。そもそも僕を自宅に来させるようになったのも何かつもりがあったのだろうか?
「――今日はあまり進まなかったね。まあこんなところにしておこうか。後はやっておいてくれるかな」
 先生はいかにも疲れたように首を振りながら二階に上がって行った。残された僕も訳文作成にとりかかった。爽やかな初夏の晩だった。ラジオ英会話が聴こえてきた。しばらくして僕ははたと手を止め目を宙に泳がせた。林檎のような匂いがまだ残り香のように漂っている気がして、僕は奥さんの話を思い出した。鏡を見たわけでもないのに、僕は自分がむずかしい顔をしているのがわかった。鼻から長く息を出した。
  
“……feel free to correct me if I’m wrong. もし私が間違っていたら、遠慮なく正してください。feel freeが遠慮なく、です。ためらわずにという場合は please don’t hesitate. ……”
  
 僕は意を決して立ち上がり、二階への階段を上った。構うことはない、ちょっと質問があるとかなんとか適当な理由を付ければいいのだ。僕は不意を襲ってやるつもりで足音を立てずに階段を上り、忍び足で廊下を歩くとラジオの聴こえてくる部屋のドアノブに手をかけた。
「先生、すみませんがちょっとわからないところが――」
 その瞬間しまった、と思った。けど今さらどうしようもない。僕はいたって平静に、何も見なかったように続けた。
「質問があるんです。ちょっと来てもらえますか」
 ドアを閉めて足早に戻ると、僕はその質問とやらを早急にでっちあげなくてはならないのに気が付いた。少し震える指でノートをせわしくめくった。心臓が自分でも不安になるくらい早く鳴っていた。察しが悪かった、これは予想できた事ではなかったろうか? いつもこうだったのか? それとも今日たまたまだろうか?……けれど、先生の足音がゆっくり近づいてきた。僕はほとんど恐怖を覚えながら、無表情を装って顔を上げた。
「先生、あの、ここの属格の用法についてなんですが」
「ひかりに何か聞いていたんだろう」
 押し殺した声だった。顔は蒼ざめて脂が浮き、張りのない肌をしていた。先生らしからぬ卑屈な笑みを浮かべていた。
「いえ、なにも」
「黙れ。君がこんな男だとは思わなかった。ひかりと示し合わせていたんだろう」
「…………」
「ひかりは笑っていたよ。満足か?」
「先生、僕は先生を尊敬していますから……」
「出て行け」
 先生は突如怒気をあらわにした。
「出て行けと言ってるんだ!」
 狂気じみた凄みのある声だった。僕は辞書その他を引っつかんで文字通り逃げ出すように門扉の外まで走った。自分が大失態を演じたのだとわかっていたけれど、なんとか申し開きができないかと未練がましくその場を去りかねていると、あの二階の部屋の窓が開いて先生が何かを地面に投げる影が見えた。センスの良いレトロデザインのラジオが敷石に叩きつけられて砕けた。先生の影は窓辺を去らず、じっと直立したままだった。僕もしばらくそれを見上げたまま突っ立っていた。そのうち先生はくずおれて泣き出した。犬が遠吠えをするような声で泣いているのだった。
 ふと夜の冷気を感じた。僕はポケットに入ったままだった車のキーをポストに入れた。そのとき先生が振り向いたような気配もあったけどわからない。僕は振り返らずゆっくり歩き出した。
   
 それから僕は大学を移らなければならなくなるんだろうな、とぼんやり考えながら川沿いの道を歩いたこと、土手の斜面に生えた白い仏蘭西菊の花の一群が顔をそむけるように閉じていたこと、黒い川の向こうに家々の灯りが並んでいたこと、空がいつしかすっかり晴れて、夏の星座が見えたことを覚えている。けれどその夜から長い年月が経った今でも消えない印象として残っているのは、窓辺にくずおれ犬みたいに声をあげて泣いていた、先生の影絵のような姿である。

2022年3月11日公開

© 2022 ヨゴロウザ

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"先生、おやすみなさい"へのコメント 25

  • 投稿者 | 2022-03-22 22:13

     あーあ、また規定枚数守ってないよ。しかも大幅超過。最低限のルールも守れないのか。あるいは数字を認識する知能がないのか?/この人は小説における描写と説明の使い分けが判っていない。作中に散見されるが、例えば「どきりとするほどかわいらしい人」という表現。視点の主にとって重要なシーンなので、具体的にその女性の容貌や仕草などを描写することによって読者に「ああ、どきりとするほどかわいらしい人なのだな」と実感させるべきなのに、それをサボってただの説明で終わらせている。この人の作品にまとわりついている素人臭はそういうところなのだが、本人はこの重大な欠陥に全く気づいていない様子。「美しいものを美しいと書いてはダメ」というのは現代プロ作家の間では常識なのに。/主人公は教授を尊敬しているという設定なのに初対面の夫人に対して「困った先生なんですよ」などとラジオ英会話についての異常行動を簡単にチクるってどういうこと? 教授夫人もまだ敵か味方か判らない初対面の若造に夫婦間の内情をべらべらとなぜしゃべる? 教授のあんなイカレた行動を知ったら普通は「見損ないました」だろうに。前作もだがこの人は、作者は登場人物を好き勝手に動かしていいと思い上がってるから、平気で設定とつじつまの合わない言動をさせ、その結果として稚拙な作り話を書いてしまうのである。小説は生き物であり、それぞれの登場人物に意思と感情があるということをいい加減学習しろよ。/展開も結末も「だから何?」というつまらなさ。全校集会での校長の話に匹敵するぐらいに退屈。/あんたさ、他人に対して「小説に本腰を入れていない」と公言したからには、これこそが本腰を入れた小説だっていうお手本を見せるのが筋ってもんだろうがよ。こんなシロモノ投稿して、恥ずかしくないのか。

  • 投稿者 | 2022-03-23 10:25

    とくに文系では、現代では世捨て人になっても構わないと思うくらいの気概がないと研究者にはなれないのではないかと思います。
    先生の暗い面を知ったことから、自身の影も見つめることになる主人公の将来が気になります。

    • 投稿者 | 2022-03-23 22:59

      わく様、ご感想ありがとうございます。
      本当は今回は明るい話にしたかったのですが、根が暗いからか結局気詰まりな話になってしまいました。大学の中のゴシップ的な話を聞くと、俗離れしたような世界でいて色々ありますよね。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-24 22:15

    以前の作品もそうでしたが、感情の揺れ動きの細やかな描写に特徴があるのかなと思います。また、一人で世界と対峙するような孤独な人物の内面描写や客観的表現を得意とされているのかなと感じました。
    今回は孤独に独善的な性質が加わった人物を外から塗り固めていくような印象を受けました。うまくいかない会話の象徴として英会話が用いられているところがおもしろいと思います。

    • 投稿者 | 2022-03-24 23:06

      古戯都様、ご感想ありがとうございます。
      はい、今回は外からの描写だけで人物を描こうと目指しまして、実はかなりヘミングウェイを意識しました。アイキャッチ画像もホッパーの絵にしたので、ある意味ベタベタと言えばベタベタです。
      書きながらこれはもっと長めにして、前回の古戯都さんの御作のように不穏さが増していきながら、しかし何か起こるわけでもなく日常が続くようにしても良かったかなあなど思ったものでした。こんな安直に破局を用意するのではなく。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-25 22:03

    渋い。渋いです。村上春樹みたいでした。いや、わかんないんですけど。ラジオ英会話っていうテーマだからかなあ?ラジ英+こういう設定の話だからかもしれないですけども。私は奥様と車に乗ってるシーンを読んで、なんかトニー滝谷を思い出しました。中でも特に、
    信号は青に変わった。
    っていうこの一行が、凄くトニー滝谷みたいでした。トニー滝谷の奥さんが車を発進させるシーンみたいでした。私の勝手なイメージだけども。

    • 投稿者 | 2022-03-25 23:23

      小林様、ご感想ありがとうございます。
      トニー滝谷は未読なのですが、確かイッセー尾形で映画になってましたよね。ずっと以前にTVで観た気しますがあまり覚えてないです。本当は中二病全開の天使ケンチンジルみたいな話ばかり書きたいのですが、結局こんな話になってしまいます。でも渋いと言ってもらえるのは嬉しいです!

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-25 23:21

    暗い話です、というとただ露悪的だったり下品なだけだったりする中で、例えるなら梅雨の雨の軒下のような湿度で陰鬱さを描いているところが美しいなと思いました。もっとこういうの読みたいです。
    それだけに、先生の意味不明な行動が本当に意味不明なまま終わってしまうのは少し残念に思った部分です。
    登場人物の行動や意図が明示されず、客観的に見て奇行としか言い様がないのは純文学系だとよくある話ですが、だからこそ、最後には壊すラジオをもっと象徴的に使えたんじゃないかとも思います。例えばラジオは夫婦の思い出の品だったけど、奥さんはそれを完全に忘れてしまっているとか。先生にとってはそれが昔の幸せな生活の象徴で、奥さんにもそれを思い出して欲しかった(から無言電話でそれとなく音を聞かせようとしていた)けれど、完全に忘れられていただけでなく、気味悪がられていたことを知ってとっさに窓から投げ捨ててしまう――とか。ううん、私の発想だと貧困すぎてアイデアが浮かびません。
    明示しすぎるのはこういう雰囲気の作品だと逆に無粋なのですが、それとなく察せるように作ることは可能だと思います。↑のみたいのなら、ラストシーンでリビングの伏せてあった夫婦の写真を起こしてみると、件のラジオが写っていた……とか。

    • 投稿者 | 2022-03-26 00:03

      オニダルマ様、ご感想ありがとうございます。
      変な言い方になりますが今回はどれだけ「描かないで」描けるかをやってみたかったのですが、確かにご指摘の通り、壊されるラジオが意味ありげなわりにあまり生きてないですね。暗示や示唆だけで書いていくのは面白かったのですが、どこまで描かないでいいか、どこまで描いていいかがまだちゃんと掴めていないのでこうなってしまいました。貴重なご指摘ありがとうございます。精進しますので、次回もよろしくお願いします。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-26 14:53

    偉い教授であっても裏では若い妻に逃げられて泣いている。でももう他の生き方はできないし、愛する者が去っていっても手を打てないし。老醜(というほど年とってもいないんだけど)を若者の視点から描くのは割と古典的な手法なので目新しくはないのですが、老境に差し掛かった身には染み入るお話でした。小説の楽しみ方って年と共に変わって行くんだなあ。

    以下は気になった点。
    不意打ちをしようと二階に上がって行ったのは、無言電話の嫌がらせを受けている奥さんを助けるためですが、「しまった」と思った理由がとっさに分かりませんでした。ドアを開けて「しまった」、となったので、何かとんでもないものを目撃したのかと思ったのです。
    助けようと思う気持ちが先走って、二階へ上がる口実を考えていなかったと後で分かりました。

    • 投稿者 | 2022-03-26 22:45

      大猫様。ご感想ありがとうございます。
      そう思われましたか……では今回は完全にしくじりました。自分でばらすのも何ですが、これ先生オナニーしてたんですよ。大庭くんの狼狽ぶりと先生の唐突なキレ方で暗示したつもりだったんですが、オニダルマさんにもご指摘いただきましたが、やはり書き方が足りなかったみたいです。自分にはヘミングウェイ的な書き方はまだまだ難しかったのですね。

      あと、女性の視点からこの先生ってどうだったでしょうか。森茉莉がどこかで漱石が好きで尊敬してるんだけど、『こころ』を読むとナルシシスティックでがっかりすると書いてて、それは言われないと気付かなかった視点だなと思った事がありまして。この先生にも少しは憐れみを感じるのか、自分に酔っててただただ気味が悪い男か、どうなんだろうと思いまして。まあ自分としてはどちらに思われても良いのですが。

      著者
      • 投稿者 | 2022-03-27 22:05

        女性の視点と言っても様々ですし、掌編では人物を描き切る間もないしで、これは私の感想ですが、これじゃ奥さんに逃げられても無理ないなと思いました。

        • 投稿者 | 2022-03-27 22:53

          ありがとうございます。あまり近づきたくないタイプですよね。

          著者
  • 投稿者 | 2022-03-27 13:13

    やっぱり整った文章ですごいなーと読ませてもらいました。
    先生はオナニーしてたんですね! 私も読んでいてとんでもないものを見たんだとは思い、後で明らかになるだろうとわくわく読み進めていたら出てこなかったのでちょっと不完全燃焼でした。
    私は、全裸で興奮しながら受話器に頬ずりしてるんじゃないかとか思ってました。
    描かずに匂わせて意味深にやるのは私も好きなのですが、個人的にはもうちょっと見せて欲しかったなーと思いました。込み入った事情の表面だけを見た主人公、というのは良いと思うんですけど、もうちょっと教えて欲しかったです。

    • 投稿者 | 2022-03-27 23:02

      曾根崎様、ご感想ありがとうございます。
      『ウォーターワールド』がそんな作品でしたね。よりによって一番肝心なところをしくじったのがショックです。一言もそう書いてないのに、読む人の頭にパッと「こいつ……さては……!」と閃くように書きたいんですが、どう書けば良かったでしょうね……けれど指摘されないとなかなか自分でわからないところなので良かったです。

      なんでこんなところにこんな家がという洋風建築がちょくちょく近所にあって不思議に思ってたので、今回は自分もどんな人が住んでるのかと想像膨らませて書きました。とても楽に書けました。なぜか印象に残ってることというのはやっぱ何かあるのかもななどと思いました。

      著者
  • 編集者 | 2022-03-27 14:08

    無言電話をかけてオナニーをする教授がなぜラジオ英会話を大音量で流していたのか、AVをイヤホンで観ながら、ラジオで落語を流してカモフラージュするような感覚なのだろうかと考えると、教授がラジオ英会話に対してどのように思っているのかが分かります。欲を言えば、語り手が現在なにをしているのかわかると良かったです。

    • 投稿者 | 2022-03-27 23:13

      松尾様、ご感想ありがとうございます。
      そうですね、もっとはっきり一研究者の回想という形にしておけば良かったかなと思いました。ラストで急に全部遠い過去みたいにしたのはちょっと強引でした。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-27 20:39

    『こころ』っぽい古風な設定がいい感じ。先生と教え子の仲を引き裂いて高踏趣味の世界を壊すために、わざと「僕」に愚痴を吹き込んだ奥さんの悪意がすさまじい。私も「僕」も大猫同様ドアを開けてなぜそこまでショックを受けるのか作者の意図を汲めなかった。ヘミングウェイというよりは、ヘンリー・ジェイムズ風かも。

  • 投稿者 | 2022-03-27 23:19

    Fujiki様、ご感想ありがとうございます。
    ヘミングウェイ=ジェイムズ風の、お互い本当に話したいことは別にあってしかもお互いそれをわかってるのに、探るように関係ない事を話すような会話文も是非やってみた
    かったです。けれどそれはもっと難しくそんなスペースもありませんでした。省略や暗示をもっと上手くできるようになってからにします。

    著者
  • 投稿者 | 2022-03-28 05:01

    暗いというのとは違う。なんだろう、孤独なんですよ。登場人物がみんな、孤独です。内向的で、外界と関わろうとしない感じ。こういう、内にこもった人を物語として動かすにはそうでない人からの作用が必要ですが、なんとここでは内向きなはずの奥さんがその役を担っています。それが、奥さんが初対面の「僕」に対してベラベラと夫婦関係の詳細を喋ってしまうという不自然さに凝縮されているのかなと。

    • 投稿者 | 2022-03-28 22:48

      鈴木様、ご感想ありがとうございます。
      まあ先生は孤独な人物として書きまして、しかもその孤独が語り手の漠然と憧れていたようなかっこいいものではなくみじめな実態のものだったというだけの事を書いたのですが、全員そう見えたとは意外でした。作者自身の内向性や外界への無関心が出てしまったのかもしれません。
      奥さんがいきなり内密な話するのも不自然なんですが、その点に限らずそもそもバタバタ行き過ぎなんですよね。もう数十枚ぐらいの長さでことこと厭な感じを煮詰めて書いてみたいと思いました。

      著者
  • 投稿者 | 2022-03-28 17:52

    夫婦げんかの末に弁当の保温ジャーを窓から投げられたことを思い出した。地面って思ってたより破壊力あるし、1Gって結構な重力加速度を誇るんですよね。ラジオなんてひとたまりもない。微妙に拙い語り口が主人公をリアルに見せてくれて巧妙でした。

    • 投稿者 | 2022-03-28 22:54

      波野様、ご感想ありがとうございます。
      いまの若い人の口調ってどんな感じかわからないもので、加齢臭芬々たる口調になってないか心配でした。拙い語り口は狙ったものではなく素ですね。

      著者
  • 編集者 | 2022-03-28 20:42

    先にみんなが良いコメントをしてしまった。鈴木さんのコメントに納得した。ラジオはこのような修羅場に無力なのだろうか。やはり人間、話し合いが大事だ。feel free。

    • 投稿者 | 2022-03-28 22:59

      Juan様、ご感想ありがとうございます。
      リアル修羅場だとラジオとかテレビとか消されてしまう気がします。

      著者
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