親切は後ろ暗さの裏返し。電話も済んで安堵の百合、失くした物が戻るなら、水を差す気は毫も無い。然し、爺に我慢は出来ず、思った事が不思口に出る。
「怪しいな。強奪犯めが捨てて直ぐ拾ったとでも言う心算かね」
「如何だろね。態ゝ届けて呉れるんだもの、悪い人じゃあ無いんじゃない。感謝しなきゃ」
「偉そうに言える身分じゃ無いけどな、餅は餅屋だ。警察に言っとく方が良いだろう。如何せ付手だ」
そう言って、携帯弄る爺の指を、撫で擦るよに押し止めて、女が眉間に寄せた皺、哀願調の深い襞。
「真実駄目なの。写真だけ戻って来れば、もう良いの」
触れた手は離れる刹那、爺の腕を秘と撫で、正義漢振った激昂も鞘に収まる。白子赦せば聖女めく、犯人探しの気も失せる。
「当の百合が言うのなら、儂も其処まで無理強いせんが。そいつは左様と、写真とは」
「赤ちゃんが写った写真」
「御前のか」
頷いた白い頬には、鮮やかな紅が色味を颯と差す。其の年で——と、児戯ぐ付手に齢を訊けば、もう死んだの——と、暗く濁った誤魔化し笑い。
「済まないな、思い出したくない事を」
「うん、良いの。知らないんなら、悪気じゃないよ」
「厚顔しいな。耄碌したか」
「嫌だ、脆弱、気にしないでよ」
「優しいな……とは言え、少し許し過ぎるぞ。何でそんなに許すんだ。隠した本心が気に掛かる。全部吐けと言う気は無いが、聞かせてくれよ、昔の話」
言われて百合、躊躇い勝ちに指を弄り、唇緊と強く噛む。唇は歯を立てられた部分だけ、慄とする程白くなり、其れで返って朱が映える。
詮索屋の厚顔しさは、老いたる性と習い性。聞き齧りなら悲しく終わる。詳しく成れば、光明も少し視える筈。朽ちる身は、暗さの中に、現世の、光明を視んとす、あらまほしきに——と、歌にするなら字余りで。
「嫌なら良いぞ。悪かったな。此の爺、何と卑しい朴念仁」
と、爺が優しく繕った其の顔は技巧無い。
「良いの、聞いてよ。此処なら如何せ五月蝿くて、脆弱以外に聞こえない」
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