出した手紙の返事が来るまでの一ヶ月を、まるで憶えていない。おそらく、ふてくされたような感情で過ごしたと思う。
返信はMではなく、Mの母からだった。今思えば、どこかつっけんどんな文章で、嫌悪感のようなものがほの見えてさえいた。もっとも、その時は、Mの家の住所が書かれている、ただそれだけの理由で有頂天となり、深く考えなかった。彼女はもう母親とは住んでおらず、Sに友達と住んでいた。Mの家庭事情に気を使う必要はない。早速、そこへ行ってみることにした。同僚に見つかっても平気なように、スーツに身を固めた。
Mの住所は先日メグと訪れたバーのすぐ近くだった。ただ、不思議だったのは、住所がラブホテルや風俗店の林立する地帯だったことだ。Mがそのような場所に住むということは想像がつかなかった。昼間だというのに呼びこみをかけてくるポン引き達が、彼女を汚しているように思え、私は彼らをねめつけながらMの家へと急いだ。住所に書いてあるマンションは、ラブホテルの隣りにあった。そのホテルの名は、ヨーロッパのどこかにある有名な劇場の剽窃だった。それがますます私を不快にさせた。
剥がれかけたフェルトの内装が痛々しいエレベーターに乗って四階まで昇り、インターフォンを押すと、間延びした声が返ってきた。一瞬、Mは声までも変わってしまったのかと嘆いたが、そうではなかった。出てきたのは、ぼさぼさの金髪で眉毛がほとんどない、三十代くらいの女だった。
「なんですかあ?」
彼女は見かけに合わない幼な声で、そう尋ねた。私のことを怪しんでいるのは明らかだった。私は腹立ちそうになったが、こういう場所に住む人の習慣なのだと自分に言い聞かせ、なんとか落ち着きを保とうとした。そして、それが成功すると、自己紹介をした。
「ああ、Mちゃんの知り合いなんだあ」
彼女はそう言うと、私の全身をなめるように見た。それから、足元にばらけていたスリッパを一揃い、足で擦るようにしてよこした。私はそれを履き、部屋へと上がった。
思ったよりも(というのは、彼女の見た目から判断してということだけれど)整頓されていて、悪い意味での生活感がなかった。ちょうど、Mが以前住んでいた家に似ていた。私がいい部屋だと褒めると、金髪の彼女は嬉しそうに笑った。そして、家賃が十五万だとか、家具はMが選んだとか、収納が大きいだとか言ったことを、次々に自慢した。私はそれを笑顔で聞いていたのだが、突然、彼女は隣りのラブホテルを自慢し出した。
「凄いんだよお。昼間なのにね、皆わっさわっさヤリまくり」
彼女はそう言うと、窓を開けて耳を澄ませた。私には聞こえなかったが、彼女は確かに聞こえたという喘ぎ声を真似してみせ、笑っていた。私も普段なら同調して笑うところだが、彼女がMと一緒に住む人間だと考えると、ぜんぜん面白くなかった。それどころか、腹が立ちさえした。
「そんなことより、Mは?」
私が語気を荒げて尋ねると、彼女は「仕事だよお」と答えた。
「仕事?」
「うん。ほとんど毎日働いてるよお」
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