ごく普通の喫茶店の、ある風景が広がっている。老舗の喫茶店で路地裏にあり、それこそ知る人ぞ知る隠れた名店だ。マスターは年老いた、しかし長年の勘を持つ男性。そして客はそれと同年代の男女数人。席はいつも空いている。
そんな老人会の中で異質な存在が二人。黒い格好に赤い髪の人物ともう一人……。白と紫のチェックシャツに紫色のサングラスと、いかにも怪しそうな遊び人的な雰囲気を持つ人物が向かいに座っていた。
二人は赤い方はマールボロと、紫の方はアークロイヤルなんかを吸って談笑していた。
「……やあ、にしても久しぶりだねえ。飴ちゃん最近連絡取れなかったからさ。どしてたの」
「まああれだよ。色々とあってね……。あんまり良い事じゃないんだけど。……あ、マスター珈琲」
「あ、じゃあオレはレモンティーで。……あと苺パフェ二つ」
「……俺頼んでないよ?」
辺りに煙草の臭いが充満している。だがこんな喫茶店だ、マスターもうるさく言わないし、周りも何も言わない。車通りも少なく辺りはしんと静まり返っていた。
二人の前に注文した品が出されると、無言でお互い食事を始めた。
「……まあいいや。俺が全部払うから」
「ん、ありがと」
「……お前に貸したらどうなるか分かんないし」
赤い方の言う事も、事情を知れば納得出来る。何故なら紫……便宜上「苺」と呼ばせてもらうが、苺はアングラな金貸しだ。
赤い方……「飴」は何の職業をしているのか苺も知らないが、とにかく苺の方は誰にも雇われずに個人で金を、企業やら銀行やらから借りれなくなった者に金を貸している。社会的に言えば、「闇金」だ。
ただ苺に対しては闇金というのもおこがましいかもしれない。彼はとんでもない金利で金を貸し、返せない者には……。その命を返済に使わせる。当然ながら存在が銃刀法違反だ。
そしてただこうやって苺にツケにされてしまったら、債務者と同じ様な末路を辿ってしまう可能性もあるのだ。
「……さっきの話だけどさ、結局会えなかった理由って何なの」
すると先程まで明るい顔をしていた飴が急に暗い顔になった。
「……真面目な話だよ。聞いて」
……時折苺が口を挟んだり、マスターに制止されてしまったりしたのでまとめるが、こうだ。
飴は一度、金をとある闇金(苺に比べれば遥かにマシな部類)に借り、仕方ない事だが暫く延滞したりもしていた。しかし暫くしてきっちり全額利息も含め返済し、もうその闇金とも縁が切れた筈だったのだ。
問題はそこからで、延滞していた時から受けていた嫌がらせ……スプレーでの落書き、後を付けられる等が止まないのだ。
全て終わったのに、これ以上どうすればいいのか困り果てていて……ストレスで参っていた、という訳だ。
全て話し終わった後、苺は煙草をふうっと吐くと、静かに聞いた。
「……その会社、なんて所?」
飴は少し脅えていた。……その紫色のレンズから微かに見える目が、見た事が無い程ギラギラと輝いていて恐ろしかったのだ。まるで獲物を見つめる虎の様な。
もし彼にその会社の名前を言ってしまえば、最も悲惨な方法でその会社は潰されてしまうだろう。そこまで考慮しなければならない。……けれど、この嫌がらせがそれで収まるなら……。と、飴は考えたのだった。
「……確かマルヤマとか言ったっけ」
それを聞くと苺は目を閉じた。
「……そこか、知ってる」
それだけ言うと、苺はすっと立ち上がった。……何かカチャカチャいう怪しげな音を鳴らして。
「お開きにしよう。オレ帰る。払っとくから」
「いや待って待って待って待って」
急いで飴も立ち上がり、苺より先に何とか会計を済ませた。
外に出ると、家々に遮られながらも、綺麗な日差しが二人を照らしていた。
「……じゃね、また連絡する」
苺はそう言うと、飴が声をかける暇も無く、ワインレッドの光岡ビュートに乗り込むと、ぐわんとエンジンを吹かして去っていった。
飴の方はその車を見送りながら、これからの顛末を少し後悔し始めたのだった。
……さて、苺が乗っている光岡は速度を上げ、飴の予想通り「マルヤマ」に向かっていた。車の中ではチェット・アトキンスが流れ、軽快なギターサウンドを刻んでいる。
何の事情も知らない者からしたら、優雅なドライブにも見えるかもしれない。……だがその車の中には、大量の銃器やら剣やら、銃刀法違反の権化の様な物が積まれている事を、彼等は知らない。……当然今からこれからマルヤマが血なまぐさい戦場に変貌する事も。
兎に角、苺はアークロイヤルを取り出して咥え、ライターで火を付けた。そして深く溜息を吐く様に煙草を嗜む。
「……さ、仕事だね」
着いた、小さく目立たない様に「マルヤマ」と書かれたオフィスの前で、彼は銃弾とワイアットとデリンジャーを懐に忍ばせた。
悠々閑々と苺は歩き出し、脚で入口の扉を蹴って開けた。
ばんと無礼な音が部屋中に響く。今まで作業をしていたヤクザ者達が一斉に彼の方を向く。そして彼は受付の机にどんと腕を叩き付けた。
「……社長さんに会いたい。……今いる?」
にっこりと屈託のない笑顔で彼は受付嬢に話しかけた。
……その言葉の瞬間、周りの人々がオフィス内の電話を使い始めた。それからサングラスを拭いていたりして、十分後苺は奥に案内された。
「……やー、遅かったねえ。……何か準備でもしていたのかい?」
案内されている間、その受付嬢はそう言われてびくりと震えた。
社長室は案外しっかりしていた。上等そうなカーペットの上に年季の入った机。そして革の椅子。
「……ヤクザの癖に案外良い物用意してんだねえ」
周りを見渡しながらそう苺は言った。それに呼応する様に、窓を向いていた椅子がくるりと回転した。
「……いきなり何かと思えば……」
「ぶっ」
思わず苺は吹き出した。さぞ強面の社長が出てくるのだと思いきや、いざ目の前に現れたのは、子供みたいな身長の癖に卑屈な大人の顔をした四十代男性だったからだ。
「……ひひひ、うひょひょひょひょ」
癖のある気持ち悪い吐き気を催す笑い声で苺は社長を馬鹿にした。そんな状況をいつもの事だと無視して、彼は話し始めた。
「……さて、何用かね」
「ひょひょひょ……ふう。全く笑わせないでよお」
「笑わせた覚えは無い」
「……で、あれだよ。君んとこにお世話んなった赤い髪の人っているでしょ?」
彼は少し考えた後、ゆっくり言った。
「……いるが」
「その人がこの会社から嫌がらせを受けてるって聞いてさ」
その言葉を言い終わった後、今まで緩んでいた顔を止めて、上等な机の上に足をどんと乗せた。黒いブーツが書類やらを踏み付ける。
「……今すぐ止めろ。……ま、大人しく従ってくれたら悪い事はしないよ?」
サングラスの奥の目が光る。社長は何も動じず、深く目を閉じた後、こう話した。
「……ははは。……いやはや、いきなりやって来てどんな物かと思っていたら、そんな事か。……何故貴様一人の言葉なんかで私が行動を辞める必要がある? 何故馬の骨如きに私が行動を指図されなければならないのだ? 私はただ純粋にストレス発散をしているだけなのだよ。何が悪い?」
誠意のある対応をすれば、何もしないと苺は自分に釘を刺していたが、先程の対応を見る限りこちらも、もう彼に穏便な対応をしてやる必要は無くなった。弾を込めて懐に忍ばせていたデリンジャーを彼に向ける。かちゃりと音が鳴った。
「命乞いしろ」
ぞっとする低い声で、敢えて感情は出さずに。
「……」
社長は命乞いする訳でもなく、ただ目を瞑って銃からかちゃかちゃ鳴る音を聞いていた。
「……ん、分かった」
苺はそう言うと、トリガーに指をかけた。だが、その時に彼はまた別の銃声を聞いた。
反射的に彼はその方に銃口を向け振り返った。そこにはざっと見て十人程の黒いスーツに身を包んだ男達が立っていた。その前には少し彼等とは様相が違う、長身の黒いハットを被ったリーダーらしき男と、隣にそれより少し背丈が小さいまた別の長髪の男が居た。
リーダーらしき男はスーツの上に黒い色が褪せたコートを羽織り、煙草を吸っていた。その隣の男は後ろの男達と同じ様なスーツに、長い髪を後ろで括っていた。
「……面倒だからさ、大人しく銃、床に置いてもらえる?」
リーダーらしき男が気だるそうにそう言った。場の緊迫感とまるで合っていない。
「……護衛か。こんな辺鄙な会社にねえ」
「ほんと、ウケるよな」
その男も苺に同調した。察するにどうやら雇われらしい。ノリが合うと思った苺は、更に話を続ける。
「オレ、いちごってんの。そっちは?」
「俺は河城。で、俺の隣が経早(へばや)。苗字だよ? 変だよなあ」
苺が無意味にこの状況で会話をする訳が無い。彼は銃を懐に仕舞い込んだ代わりに、もう一つのポケットの中に手を突っ込んでいた。
「へえ……。……でもさあ。……オレ……」
ポケットの中で何かが外れる音がした。
「悪いけど、人の名前覚えられないんだよ」
瞬間、苺はそのポケットの中の物を投げた。途端それはシューと音を立て始める。一時護衛達が気を弛めていた為、それにすぐ気付けずにいた。
だが唯一それに反応した経早は周りに注意を呼び掛けた。
「催涙グレネードだ!!」
だが護衛はガスマスクの一つも持ってきていなかったので、それの対処等しようがなかった。護衛達はまるで動物の幼体の様に無抵抗に陥る。
苺は懐からさっとガスマスクを取り出して装着し、目にも止まらぬ速さで社長室から出て行った。
咳き込む中、河城は苦しみつつ、
「……ああクソが……あの野郎……」
と無力にも呟いたのだった。
苺は光岡を滑らせ、催涙ガスのせいかまだ咳が出る身の中煙草を吸っていた。相変わらず車内にはチェット・アトキンスのミスターサンドマンが流れている。
「おかしいなあ、ちゃんとマスク被った筈なのに……。にしても、まさかあんなに護衛がいるとはねえ……。ちょっとオレにしては珍しく油断したな。……さあて、これからどうしようかな」
車は信号の無い横断歩道を渡ろうとする。すると歩道に横断歩道を渡ろうと思案している様の老婆が居た。
「おっと」
苺は車を停めて、老婆に道を譲った。彼女ははっきりしないお辞儀をしてから、ゆっくりと歩道を歩いていく。それを苺は世の平和を噛み締めながら眺めていた。
老婆が横断歩道を渡り切り、また車を発進させる。それからして、ポケットのスマートフォンが鳴った。
「はあい、もしもし?」
『もしもし……? いちごちゃん? もうこれ以外の事は聞かないけどさ、あの俺が金借りてた会社行ったの?』
「ん? ああ」
余裕そうな苺とは対照的に、飴は終始焦った様な声をしている。
『良かったよ生きて帰ってきてくれただけ……。……親切は嬉しいけど、もうあの会社には関わらなくていいよ……! 下手したらそっちが』
「あめちゃん」
今までの飴の話を遮る様に、決して大きくはない声で苺は電話口に伝えた。
「……これはさ、オレに来た仕事なの。で、オレはこの仕事大好き。……後はもういいよね」
『そんな……ちょっと───』
話を無視して苺は電話を切った。その後彼は家に戻りある程度装備を整えた後、再びマルヤマへと向かったのだった。
辺りはすっかり茜色で染まっていた。その夕陽はこれから起こる大惨劇を全く予想しておらず、やはり能天気に街を染めている。
苺は片手にワイアットを持ち、扉を思いっ切り蹴り上げた。
……扉の先には、先程までの従業員達は消え、スーツの男達がアサルトライフルやらを……経早はB&TのAPC9を苺の方に向けていた。
「総員射撃用意!!」
その男にしては少し高い声はよく響いた。苺はうんざりして溜息をつく。
「……さっさと終わらせよう。量にもの言わす様な雑魚はお呼びじゃないんだ」
苺は吸っていた煙草を床に捨てて踏み潰した。
「撃て!!」
その瞬間に日常は崩れた。男達が一斉に銃を苺に向かって撃つ。……だがその全てが……外れていた。
苺は瞬間スライディングをしていた。床を滑り、下を警戒していなかったスーツの男の腹をワイアットで撃ち抜いた。
「ぐうあっ!」
その男の腹から血が飛び出、苺が付けているサングラスに付着してサングラスが苺色に染まった。
「ちっ、下に警戒しろ!!」
経早はそう皆に伝えた。一斉に男達の視線が床付近に移る。
だがそれが逆に仇となる。
「よっ、ほっ」
苺はスライディングから素早く立ち上がり、オフィス机に飛び乗った。そして懐から取り出したもう一つの拳銃……デリンジャーを左手に持ち……。
「食らえっ! いちごハリケーンスペシャル!!」
と叫び、机から回転しながら飛び降り、二丁の銃を乱射した。味方が居ないからこそ出来る荒業だった。
視線が下の方に向いていた男達は瞬発的で奇っ怪な苺の動きに対応出来なかった。トリガーすら引けずに為す術無く彼等は倒れていく。
辛うじて銃弾の嵐から逃れた経早意外の男二、三人は腰が抜けて動けずにいた。
「……ば、化け物」
一人がそう呟く。その男の方に向かって、彼はにこりと笑いかけた。
「……化け物? 違うな。……むしろ化け物はそっちじゃないかい? 物騒な鉄の塊引っ提げて。……オレ……いや、私はただの即効性のある毒入り苺だよ」
そう言ってワイアットで男の脳天を撃ち抜いた。続け様に残っていた男を適当に撃って一掃した。
後に残ったのは苺と未だ銃を向ける経早だけだった。
「……さあーて」
「ちっ」
経早は先程の男達と違い、怯まずに苺にAPC9を連射した。だが相手が悪い。
そんな物は彼には通用しないのだ。目にも止まらぬ速さで経早に接近し、壁に追い詰めた。身長差を活かした拘束だった。
「やっぱり戦いで背が低いってのは不利だよねえ経早君!? さあ残ってるのはカワシロ君だけだろう? 彼の装備を言いな!! そうすれば脳天一発で殺してあげるよ! 言わなかったら手と足撃ってから殺す!!」
そう言って経早の額にワイアットの銃口を突き付けた。そんな状況でも経早は動じない。相当な根性の持ち主の様だ。
「……はあ、君もしつこ……い……ね……」
今まで経早の顔をじっくりと見る機会が無かったので気付かなかったが、苺は経早が随分男にしては肌が綺麗で睫毛が長い事に気が付いた。そして戦いで髪が解けて、現れた輝いているロングヘアはまさしく経早が女性である事を象徴している。
「……もしかしてだけど、君女の子?」
「……」
経早は無言で頷く。それを見ると途端苺は慌て始めた。
「ちょ、女の子なら早く言ってよ! 私は女の子は殺さない主義だからさ、全く……」
その言葉に彼女らしくも無く経早は苺に気を許していた。……だが。
「あー、じゃあ」
苺は経早の両足をデリンジャーで撃った。彼女は牽制する事も出来ず銃を床に置いて倒れ込んでしまった。落ちたAPC9は苺が蹴って彼女に手が届かない様にした。
「うぐあっ……」
「取り敢えず手出し出来ないように足撃っといたから。もうこんな事に加わるんじゃないよ、経早ちゃん」
そう言うと苺は社長室に向けて悠々と口笛を吹きながら歩いて行った。
一人スーツの男達の死体と、血の海の惨劇の現場に取り残された経早は、
「……あのクソ男……」
と恨み言を呟くしかなかった。
先程の轟音と喧騒が嘘の様に静まり返っている。だがそんな空間の中に一人……カワシロが息を潜めて、今にも襲いかからんと待ち構えているのだ。
階段を上り終えると、そこには長い廊下がある。……都合良く一騎打ちの勝負が出来そうな程の。
苺が警戒無しにその廊下に入り、社長室がある奥の方を見た。
そこに、まさに居て当然かの様にカワシロが立っていた。まるでこれから始まる戦いは神が仕組んでいて、彼等が戦うのはまさしくそれの思し召しなのだとばかりに。
相変わらず彼はコートを着て、煙草をふかしていた。そして愛銃コルトM1917の手入れをしていた様だった。
「……うわっ、だっせ。今どき『俺に言わせりゃロマンに欠けるな』とか言っちゃうタイプの人だ」
そうだべりながら苺はワイアットを取り出した。
「まあ私はこれが便利だから使ってるだけだけど……カワシロ君、君はどんな大層な理由を持ってるんだい?」
カワシロは黒いコートを脱ぎ捨て、被っていたハットを取った。
そこに現れたのは若い彼には似つかない白髪だらけの髪だった。
「……君が死んだら、教えてあげるよ? 知りたいならここで死んでくれよ」
そう言うと彼は懐から一枚の銀貨を取り出した。
「ここには俺と君しかいない。……ガンマンならガンマンらしく、早撃ち勝負といこうじゃないか」
カワシロはあくまでもポーカーフェイスを崩さずそう言う。……先程のちゃらけた雰囲気とは大きな違いだ。……もしかすると、こっちが本当のカワシロなのかもしれないが。
「いいよ、殺ろう」
苺はワイアットをリロードし、真っ直ぐカワシロに向けた。カワシロもM1917をリロードし、真っ直ぐ苺に向けた。
「……地獄に堕ちろ、この毒苺め」
「……地獄に堕ちろ、この白髪ジジイ」
カワシロはコインを投げた。一気に世界がスローモーションに巻き込まれていく。
二人はどちらもお互い目を離さない。トリガーからも手を離さない。二人の世界だ。
今ここには二人の殺意という意識しかない。
……二人の耳に、からんと軽い金属音が届く。それと同時にお互いトリガーを引いた。
ずどんと音が廊下中を走り回り、反響した。ほぼ同時だった。
「「……」」
やはりそう。この二人に射撃においての技術は……全くと言っていい程互角なのだ。……だが。
苺の腹から、血がぽたりぽたり流れ出した。極度の緊張状態なのか、痛がっている様子は無い。
「……俺の勝ちだよ……」
そう言ってカワシロが拳銃を下ろした、次の瞬間だった。
「……? あいつどこに───」
彼の視界から血を流していた苺が消えた。……撃たれて到底動ける様な状況では無かった筈なのに……。
「……逃げた……? か……」
しかしその言葉を口にした瞬間、彼は確信した。
……あの男が、あっさり敗北を認める様な男ではないと。
瞬間、鋭い痛みが腹を走った。
「……ぐ……何だと……」
下を見ると、口角を上げ、人ではない顔をしている苺がいた。
「……ばぁか。……いつから君は『終わった』なんて錯覚していたんだい?」
カワシロの腹に、深くナイフが突き刺さっている。
それを自覚した途端、彼は倒れてしまった。その視線の先には、服を整え余裕綽々に鼻歌を歌う苺が居る。
「……貴様……」
「私さ、オールドタイプな人間嫌いなんだよね。それこそ、型に囚われるファストドロウみたいなのは。……ねえ、カワシロ君。……撃たれた後ナイフで刺してはいけないなんてルール、あったかい? あれば教えて欲しいんだけどねえ?」
舌を出して……ルールに囚われたカワシロを馬鹿にしつつ、苺は社長室へさっさと入っていった。
「……奴め……くそ……俺が負けたか……ははは……!! あの苺野郎、俺がナイフで刺されたくらいで死ぬと思うなよ……! いつか殺してやるからなあ……!!」
そう言うと、カワシロはポケットに入れてあった手榴弾を遠くに投げた。
苺は背後で何かが爆発して入口の方に吹っ飛ぶ音を聞いた。……勿論そんな事に気を向ける程暇ではなかったのだが。
社長室に入っても、中には誰も居ないように見えた。
「……さーて、社長さーん、何処にいるのー? 怖くないから出ておいでよー……」
苺は銃やらをかちゃかちゃ鳴らしながら辺りを探す。……もはや死ぬまでは時間の問題なのだが。
そして苺が机の下を見た時に彼は見つかった。
「……みーつけた」
すると社長はすぐに土下座を始めた。どうやら余裕ぶっていたのは護衛がいた事が要因だったらしい。
「頼む!! どうか命だけは助けてくれ!! 私の財産なら君に全てあげよう!! それに護衛に使わせるつもりだった武器やら、車やら!! 気に入らなかったら売っぱらったっていい!! だからどうか命だけは……!!」
そんな演説が終わった後、苺は欠伸をした。
「……あ、もう終わった? じゃね、社長さん」
苺は社長にデリンジャーを向けた。
「どうか許───」
そう言い終わる前に彼は頭を吹っ飛ばされ息絶えた。
「……ふう」
銃口から出ている細い煙を吹き消し、ホルダーに仕舞った。
「……死体処理めんどくさいな……あ、そうだ」
苺は死体の両足を掴み、腰の辺りで抱えた。そして。
「せーの……よいしょっ!」
窓の方にそれを投げた。窓が割れ、外に飛び出ていく。
やがて、大きなクラクションの音が聞こえ、それの弾ける音が聞こえた。
「……よし、任務完了」
苺はそう言ってから、煙草の最後の一本を取り出し、火を付けた。
「……あ、サングラス拭かなきゃ」
煙草を咥えながら、布で血を拭く。
マルヤマはすっかり血生臭く、真っ赤に染まった惨劇の舞台になっていた。それとは対照的に近辺の街は全く平和な夕焼けに染まっていた。
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