広島という遺産

人間賛歌(第28話)

合評会2022年07月応募作品

山雪翔太

小説

1,623文字

合評会2022年7月に向け執筆致しました。初です。お手柔らかに・・・。
原爆ドームについて取り上げました。ありがちですね。

特に私は今までこれといった何か特別な事にお会いしたことは到底ありませんでした。
自分はまるっきり普通の存在で、今後何事もなく、結婚し、子供を産ませ、安らかに逝く物だと。
しかし私はあの時確かに今までの思惑を凌駕するある一つの不思議な出来事に出会ったのです。

それは私がいつか広島原爆ドームを訪れた時でした。
確か私は私の学校で年一度開催される平和記念式典に、千羽鶴を折る企画があったので、その鶴を送りに広島県へ行ったのです。
広島はとてもいい所でした。空気は平和で、広島市電がここぞとばかりにグワングワワンと道を駆け抜けます。
私にとっては何もかもが新鮮でした。その広島は。
しかしその夢景色にうつつする暇もなく、私は強制的に原爆ドームへと押し込まれまていきました。

歩きで散歩代わりに広島の景色を眺めながら、私は先生と一緒に歩きました。
「先生、原爆ドームは私は初めて見るのですが、先生は何回目でしょうか」
「ああ、私はちょうど三回目だな。見る度心締め付けられる、辛く悲しい場所だよ」
と先生は仰っていました。
辛く悲しい場所といっても、あの頃の私は未だ経験が浅く、どのような場所なのか、どのような歴史があるのか、社会科の授業でしか習っていませんでした。
ただ何か、ああ悲しいなあとか、ああ苦しいなあとか、そのような浅い薄っぺらな糸のような感情しか芽生えないだろうと思っていました。

私は歩きながら夏の暑い嫌になる空気を思いっきり吸い込んでみました。
やはりどこも夏の空気というものは変わらない物で、清涼感など微塵もなく、ただ三十度越えの暑い空気がやってくるのみでした。
ただその中で私は一つ、違う空気が混じっていると気付きました。
何か違和感を覚えると、先生が咄嗟に声をあげました。
「見てみなさい、あれが原爆ドームだ」
私の視界には、ボロボロでどこか悲しみのある建物がありました。夏に混じって、一つ悲しく細々泣いているようです。
「あれは元々産業奨励館という建物だったんだが、原子爆弾の攻撃を受け、周りの建物と一緒に崩されたんだ。だが一人の声によって、あの建物だけは残される事になったんだ」
先生の言う通り、それ程威力を物語っているのだな、と勘づきました。
改めてよくドームを見ました。
昔は綺麗な建物だったのだな、と子供ながらに分かりました。ただ今はその姿は見る影もありませんでした。
私は、あの建物から何か人には言えないような悲しさ、苦しみがほつほつと伝わってきました。
ただ助けてと言っているわけではなく、むしろ自分から動いて、何か人のためにやりたい。そう聞こえました。自分はこんなにも傷だらけなのに。
そう思えば思うほど、切なく空しくなっていくのです。

徒歩で少し行ったら、会場に着きました。
首を曲げたら、原爆ドームが見えました。待っている間、私はふと思いました。
このドームは、昔は産業奨励館と言われ、愛されていました。しかし今はどうでしょう。
このドームは、いつの間にか。あのドームの知らない間に、悲劇の象徴にされていたのです。
それに気づいた途端、私は物凄く申し訳ないように思えてきました。
彼は愛されるために生まれてきたのだ、決して悲しまれるために生まれてきたのではない、と、周りの大人に言いたくなりました。
いや、言っても聞いてくれないでしょう。
なら私は、せめて本人にそのことを伝えてやりたくなったのです。
私は小さく、でもはっきりドームに伝わるように言いました。
「あなたはこれでいいのですか」
私は、言ったきり急に馬鹿げてきました。声が伝わるわけがない。
そう思った直後でした。
「はい。幸せですよ」
確かに声が聞こえました。私は思わずドームの方を見ます。
「皆さんが私の姿を見て、平和について考えてくださるのなら、私はそれでいいのです。それが、私、負の世界遺産の役目なのですから」
その声を聞くと、私は何だか心の底からほっとしました。
式典が始まろうとしています。
私はしゃんと席に座りなおしました。

2022年6月26日公開

作品集『人間賛歌』第28話 (全43話)

© 2022 山雪翔太

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2.4 (16件の評価)

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"広島という遺産"へのコメント 30

  • 投稿者 | 2022-06-28 17:24

    式典が始まろうとしています。
    っていうこの一文が最高に素敵ですよね。私は広島に行ったことが無いので、その事については何もわからないし、語れないし、気持ちはわかるとか、そういう事も絶対にないんですけども。
    でもとにかく最後の一個前の、一行前の、この、
    式典が始まろうとしています。
    っていう一文が最高にわさびとか山椒とかそういう感じ。利いてる。

    • 投稿者 | 2022-07-03 19:24

      感想どうもありがとうございます。
      最後の文は仰る通り一種のエモを大切にしました。
      実は僕も原爆ドーム見た事ないんですよね・・・。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-17 21:37

    拝読しました。
    語りかける文体が作品の内容と上手く噛み合っていて、胸に迫ってくるものがありました。
    文章も洗練されていて読みやすかったです。

    • 投稿者 | 2022-07-20 00:23

      レビューどうもです。
      ありがとうございます!今後の創作活動の励みになるので有難いです。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-18 08:05

    言葉の選び方が独特で文法的にも妙に崩れていてなんだか背中がむずがゆくなるような文章でした。他の作品を読んでいないので、これがこの作者のもともとの文体なのか、それともこの作品だけで故意にやっているのかは分かりませんが。

    • 投稿者 | 2022-07-20 00:19

      レビューどうもです。
      文体は正直自分にも勢いで書いてる所があるので変な部分があるかもしれません。そこら辺はちゃんと経験積んで精進します。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-20 00:15

    たしかに統辞がところどころ妙ですね。意図的なものなのでしょうか。
    自分も原爆ドームの実物は見た事ないのですが、寺院の廃墟のような佇まいですよね。小学生のころ社会科の教科書に載った写真を見つめて子供ながらに黙考したものでした。そういう子供の時に感じたことというのは大人になってからは既成の言葉で説明できてしまいますけども、それはそれで死んだ言葉死んだ感情になっちゃうんですよね。なんでも子供の時に感じたままに書けるようなら自分ももっと違っただろうなあなどと思います。

    • 投稿者 | 2022-07-20 00:21

      レビューどうもです。
      原爆ドームは元々産業奨励館という建物で、その後被害者の方の言葉でこの様に残されているんですね。なのでそれをどう思うか、そこを大事にしました。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-20 11:12

    他の方も仰っていますが、文法的に難があると感じるところが幾つかありましたが、発想は良かったと思います。核兵器被害の象徴になっていることについて、原爆ドーム自身がどう思っているのか、気になるところでもあります。

    • 投稿者 | 2022-07-24 23:04

      レビューどうもです。
      発想が褒められるのは嬉しいです。ありがとうございます。表現は勉強します。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-20 11:26

     視点の主である「私」が何年生なのかが判らず、場面を想像しづらい。小学校の低学年と、高学年、あるいは中学生で見聞きしたものの感じ方は大きく異なるので、冒頭で示しておきたい。/今後何事もなく、結婚し、子供を産ませ、安らかに逝くのが「普通の存在」だという断定的な書き方をしていいのか? 結婚しない人、子どもがいない人は普通ではないと読めてしまう。/先生の年齢、性別、キャラなどが何も書かれていないのでやはり場面を想像しづらい。最低限の情報は示して欲しい。/悲しみ、苦しみといった言葉を重ねても、それはただの説明であり、悲しさや苦しさを読者に実感させることはできない。小説に求められるのは描写。説明と描写の違いを学んで欲しい。悲しいことは悲しいと書かない、苦しいことは苦しいとは書かない、というルールを設定した上で、ではどう表現すればいいか工夫する習慣が身につけば、描写力につながると思う。

    • 投稿者 | 2022-07-24 23:03

      レビューどうもです。
      表現の幅を広げる・・・。精進していきます。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-22 00:39

    語り手が原爆ドームを媒介にして自身と対話しているような印象を受けました。語り手の人物像や、詩的な言葉遣いに想像を膨らませながら読む作品かと思います。

    • 投稿者 | 2022-07-24 20:27

      レビューどうもです。
      実は今回初めて地の文中心、丁寧語の昔の小説っぽく書くことにチャレンジしました。詩的なのは個人的には成功です。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-23 06:24

    ストーリーの骨太さや「産業奨励館」というバックボーンの把握の正しさなどに対する、文章の拙さのギャップに違和感を覚えたのですが、ラストまで貫かれていることで、なるほどこれは見事なパスティーシュなのだと気づかされました。普通の中高生に作文書かせたらきっとこんな感じですよね。見事なリアリティかと。

    • 投稿者 | 2022-07-24 17:03

      レビューどうもです。
      というより筆者が中高生なんで・・・。もうちょっと勉強します。ありがとうございました。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-23 11:35

    原爆ドームは世界遺産に登録される前からあまりにも有名だったので、「負の遺産」の生々しさを忘れがちになるのですが、独特の観点というか感性で再提示してくれた好作品だと思いました。他の方が指摘している通り、違和感を覚える用法が散見されますが、それも子供の文章として計算してのことですかね。

    • 投稿者 | 2022-07-24 08:28

      レビューどうもです。
      世界遺産と聞いた時に真っ先に頭に浮かんだのが原爆ドームでしたね。負の遺産と言われていますが、そのドーム本人はどう思っているのだろう。そこを描きました。原爆ドームが喋るのもその思っている事を喋らせるためです。
      文章が子供っぽいのは多分筆者が子供みたいなやつだからですね。読んで頂きありがとうございます。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-23 12:36

    よくかけていると思った。ただし「だが一人の声によって、あの建物だけは残される事になったんだ」の部分の、「一人」とは当時の広島市長のことを言っているのか、どうなのかが不明瞭だった。原爆ドームは当初解体論が多く出ているが、保存論もあって「一人」の声で保存決定されたわけではなかったが、特段これが欠点とは思わない。

    • 投稿者 | 2022-07-24 08:23

      レビューどうもです。
      原爆ドームの保存に関しては、楮山ヒロ子さんが日記の中で保存を訴え、保存反対派だった人達も段々保存に積極的になっていくんです。
      なのでその一人というのは楮山ヒロ子さんの事なんですが・・・仰る通りですね。ありがとうございます。

      著者
  • 編集者 | 2022-07-23 23:54

    原爆ドームは悲しいですね。設計したヤン・レツルも悲しい人生なんですよね。保存に関しては、やっぱり丹下健三のドームまで一直線にした設計が効果的だったと思われますが、彼の設計は戦時の「大東亜建設記念造営計画」で一等を獲った設計に酷似しているので批判されてもいますね。そういう時代的な背景もふくめ、残っているということには意味を感じます。建物がしゃべるのはいいですね。

    • 投稿者 | 2022-07-24 08:20

      レビューどうもです。
      原爆ドーム、壊れる前の姿を見ても非常に美しい建物だなと思います。
      建物が喋るのは主人公の中で完結させているので、実は自己満足で言っているんじゃないかという考えもあります。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-24 05:34

    ふわふわとして頼りない語りがよい。子どもである主人公が戦争の歴史に対してリアリティーを感じられずにいる様子がよく伝わってくる。「しかしその夢景色にうつつする暇もなく、私は強制的に原爆ドームへと押し込まれまていきました」といった表現は、いったいどういうことなんだろうと思いながら読んだ。

    • 投稿者 | 2022-07-24 08:18

      レビューどうもです。
      戦争をよく知らない子供というのはよく意識して書きました。
      あとその表現は反省すべきですね。すみません。
      一応人の波があり、そこに主人公が原爆ドームをじっくり眺める事ができず会場へと進まされていく・・・といった感じです。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-24 16:19

    疾走感のある文章でよいと思いました。
    原爆ドーム、まだ直で見たことがないので、見に行かないといけないですね。

    ただ、原爆ドームの典型的なイメージが投影されている感じがある気もするので、新山さんだけの原爆ドームというか、もう一個掘り下げた発見、のようなものが感じられると、より味のあるお話になる気がしました。

    • 投稿者 | 2022-07-24 23:14

      レビューどうもです。
      仰る通りです。やっぱり取材は疎かにしてはいけませんね。反省します。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-24 21:56

    読後の今、小説というよりは、加工のない感情を切り抜いたワンカットをそのまま覗き込んだような気持ちです。そして、シンプルにもう一回読んでみたいなと二周目にとりかかっています。変な言い方ですが、そんな気持ちにさせてくれる作品でした。

    • 投稿者 | 2022-07-24 23:08

      レビューどうもです。
      そう思っていただけると嬉しいです・・・。作者冥利に尽きます。

      著者
  • 編集者 | 2022-07-25 00:05

    感想文的な文章なのは意図的な物なのだろうか。個人的には、原爆ドームに人格があったら、多分相当に狂気を帯びていて、近くの建造物から忌避されつつ畏怖されているのではないかと思った。合評会を楽しんでほしい。

  • 投稿者 | 2022-07-25 15:22

    文体については児童文学風な感じかなーとすんなり受け入れてました。展開的にも合ってるかと。
    原爆ドームは原爆ドームとして生まれてきたわけじゃないのにな、という思いを端的に掌編としてまとめてるように思いました。

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