しゃべるのがおそい

破滅派第17号原稿募集「小説の速度」応募作品

大木芙沙子

小説

10,828文字

おそいタイトルのはやい小説を書こうと思って書きました。どこかで聞いたことのあるタイトルですか? それはきっと気のせいです。

嘘の重さで惑星がはじけそう。冗談みたいな話だけれど、どうやら本当にそうらしい。嘘で惑星が圧迫されて、今にもはじけ飛びそうだという。はじめのうちは、テレビでも新聞でもネットでも、その話題で持ちきりだった。だけど惑星にとっての今にもは、意外と時間がかかるみたい。最近はもうみんな飽きたのかただ慣れたのか、あるいはあきらめたのか、あんまり大げさにその話をしなくなった。

私たちが嘘をつくたびに、ある物質が生成される。それは目には見えないしにおいもしない。私たちには感じとることのできない物質だ。それは、一度発生すると自然に消えることはない。それは、地面から雨水のように地中へしみこんでいく。ふかく、ふかく、惑星のいちばんふかい芯の部分、核と呼ばれるところまで到達する。それは核にはしみこまない。ただ核をゆっくりと圧迫していく。物質はどんどん増えていく。核はどんどん圧迫される。耐えきれなくなった核ははじけ、核がはじけた惑星ははじけ飛ぶ。ということらしい。

らしい、というのは私がよくわかっていないからだ。何度詳しいサイトを読んでも、識者の解説をテレビで見ても、私には意味がよく理解できなかった。ほとんどのヒトはそうだったんじゃないかと思う。

とんだオカルトだ、と笑いとばすヒトもいた。ばかばかしい、そんなことがあってたまるか。それは本当にそうだった。だいたい、嘘をつくたびにというのがあいまいだ。最新の論文にも、どんな嘘がどのくらいの重さになるのかさえまだわかっていないと書かれていた。重い嘘のほうが浸透が速いとか、じつは重要なのは重さではなくて大きさだとか、真偽も詳細も不明なあらゆる説が唱えられ、どれを信じていいのかもわからなかった。でも信じる信じないはともかくとして、核が圧迫されているのは本当だった。そしてそれが本当ということは、はじけ飛びそうなのも本当だった。

みんな、できるだけ嘘はつかないようにしましょう。そうして惑星を長持ちさせましょう。

それが現状、私たちにできることだった。みんながどこかべつの惑星に移住するにはある程度の時間がかかる。だからできるだけ、惑星の寿命を延ばさなくちゃいけない。そもそも、こんなにたくさんのヒトがみんな無事に移住できるかなんてわからなかった。わからなかったというか、まあ無理なんでしょうというのはちょっと考えればみんなわかった。だからなおさら、できるだけ嘘はつかないようにしましょう。そうして惑星を長持ちさせましょう。そういう心がけが必要だった。だけど嘘をつかないのはむずかしかった。すこしでも移住のチャンスや資金を得ようと、詐欺や盗みや殺しが横行したし、そうでなくてもやけっぱちになったヒトびとによる犯罪が増えた。そのうえこんな事態になってもなお、国家間の戦争はあっちこっちで起きていた。そんな状況で、惑星から嘘が減っていくはずもない。

ヒトはみなおろか。ただしクピルナをのぞいて。

 

はじめに、クピルナは「マ」と言った。

私たちは同じ産院で生まれた。時間もほとんど一緒だった。正確には、クピルナのほうが四十三分はやかった。クピルナのまだふやふやのからだが助産師の手につつまれて産湯に浸けられていたときに、私はまだ産道を駆けおりている最中だった。いそげ、いそげ、と私は必死で走っていた。いそがなきゃ、クピルナが待っている。それで予定日より十日もはやく、おぎゃあと生まれてきたってわけ。ママはそのときのことをこんなふうに話してくれた。「つるんっと出てきたと思ったら、あたりをきょろきょろ見まわしちゃって、ママが抱っこしてもずっと何かを探しているみたいだったのよ。まだほとんどひらかない目でね。もしひらいていたって、目なんてまだ見えないはずなのに」

ママからその話を聞いたとき、私はちっとも驚かなかった。そりゃそうよ、と思った。私はクピルナを探していたんだもの。何たって、私は彼女を四十三分も待たせちゃっていたんだから。

四十三分! 私がいないその時間が、クピルナにとってはいったいどれほど長かったことだろう。かわいそうに。でももう大丈夫。四十三分は永遠じゃない。四十三分は、四十三分が過ぎることによって終わった。クピルナがひとりぼっちになることは、未来永劫ないだろう。だって私がいるんだから。

生まれてすぐに、私たちは産院で同じにおいのシーツにくるまれて、そろいの産着を着せられて、隣どうしのベッドでねむった。ベッドにはカードがついていた。カードには誇らしげに、次のような言葉が書かれていた。

Welcome to the World!!(ようこそ世界へ!)

なんてポジティブなヒトたちだろう。だってこんな最低な世界ってある?

私たちが天使みたいにすやすやねむっていたときに、産院からわずか五百メートルの場所にある銀行は強盗に押し入られていたし、そのとき銀行の窓口に並んでいた靴屋の店主は一年後に密航者として捕まって、同じ船に正規の乗客として乗っていた老婆はそれまでおよそ五十人の男たちから巻きあげた金で購入した異星の介護付きマンションに移住する最中だった。でもこれはぜんぶべつのお話。とりあえず、ふたりの天使はまだ何にも知らずやすらかにねむっていた。ママたちはそんな私たちを慣れない手つきで抱っこして、微笑みあった。

同室になったクピルナのママと私のママはたくさんおしゃべりをした。出産は彼女たちに大量のアドレナリンを分泌させて、社交のハードルは地面に食いこむくらい下がっていた。ふたりはほとんど一日じゅう話しつづけた。妊娠期間の苦労や陣痛の壮絶さや現在のからだの痛み、それから授乳のやり方やおむつメーカーの評判について。

朝から晩まで話し相手がいるのはいいことだった。だれかにむけて口を動かしていると、痛みや不安がわずかながらやわらいだ。おむつをゴミに出す方法についてしゃべっていたときに、住んでいる団地が一緒だということが判明した。ママたちはいずれも初産で、実家がとおく、これから先の育児についてたいそう心ぼそかった。ふたりは興奮しながら、連絡先を交換した。困ったことがあったら相談しあいましょうね、と言って。

もちろん私のママよりも、クピルナのママはずっと不安が大きかったはずだ。私たちはふたりとも健康的な赤ん坊として生まれたけれど、私とちがってクピルナは、生まれたときから問題を抱えていた。

クピルナは、あまり泣かない赤ん坊だった。たまに泣いても、目じりに涙をにじませながら顔をくしゃくしゃにして、ハムみたいな手足をばたつかせ、うんうん身をよじるだけだった。

クピルナは、その頃からほとんど発声しなかったのだ。泣いているときでさえも。

だからはじめてクピルナが、「マ」と言ったとき、クピルナのママは驚いて腰を抜かした。お昼寝から目覚めたクピルナを、ベビーチェアに座らせたところだった。

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2022年5月7日公開

© 2022 大木芙沙子

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