金子さん

応募作品

大木芙沙子

小説

4,579文字

2019年5月合評会テーマ「善悪と金」参加作品。

スーパーナカヤマ竜子たつのこ店のパートタイマー募集に応募してきたのは二人で、一人は主婦の田中さん、もう一人は金星人の金子さんだった。「あ、金子ってもちろんこっちでの名前なんですけどね。」金子さんは青い歯を見せながらカタカタ笑った。覚えやすいですよね、金星の子で金子、っていってもこれ夫の名字なんですけどね。

そうですね、と履歴書を見ながら答える笹本は店長になって四年目、異星人の採用ははじめてのことだった。念のため、面接をしたその日のうちに本部へ連絡を入れた。

「そりゃ君、今どき異星人だからって不採用にするわけにいかないでしょう。その人あれでしょ、別に問題ないんでしょ? そしたらちゃんと採用しなきゃダメだよ。ダイバーシティだよ。ダイバーシティ。」

ダイバーシティ。

スーパーナカヤマ竜子店は竜子町の住宅地の中にある小さなスーパーマーケットで、同じ地区に競合店がないことと、通りを渡ったところに都営の大きな団地があることが幸いし、この地に店を構えてもうすぐ十五年になる。笹本はもともと違う町で店長をやっていたのだが、二年前に竜子町にやってきた。郊外の、静かなよくある住宅地。やって来た当初のそういう印象から、さほど遠くない平和な日々を送っている。

履歴書の希望欄には週五日の記載があったので、「じゃあ平日五日間出てもらうって感じで大丈夫ですか?」と笹本が訊くと、金子さんは「はい」と元気よく返事をしたが、すぐに「あっ」という顔をした。そして「平日、金曜日だけはダメなので、やっぱり平日四日間にしてもらってもいいですか」と申し訳なさそうに言った。

金曜日がダメっていうのは、やっぱり金星人だからっていうのと関係あるんだろうかと笹本は思ったが、「構いませんよ。じゃあ月曜から木曜日まで、オープンの九時から五時ということでお願いします」とだけ答えた。
「通勤は自転車でということなので交通費は出ません。制服はこちらで貸与しますが、下にはくズボンだけは自前のものになります。何でも構いませんが、色は黒で、ジーンズ以外にしてください」
「何でもよくないんですね」金子さんが言う。

笹本は契約書類から顔をあげ、金子さんのほうを見る。カタカタ笑っているところをみると特に悪意があるわけではなさそうだった。
「そうですね。たしかに何でもよくはないですね」笹本は言い、説明を続けた。「着替えは更衣室があるので、後で案内しますね。休憩は一時間ですが、ほとんどの場合昼前か、十三時以降に交代で取ってもらうことになると思います。それから……」

金子さんは笹本の説明を一生懸命聞いていた。耳があるあたりの穴から煙が出ていて、硫黄のようなにおいがした。笹本は思わずその煙に視線がいってしまい、それに気づいた金子さんがまた「あっ」と言う。すぐに両手で穴をおさえて、照れたような顔になる。「緊張してしまって、すいません」「いいんですよ」と笹本は言う。ダイバーシティだ。

この作品の続きは外部にて読むことができます。

2019年5月21日公開

© 2019 大木芙沙子

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SF ファンタジー ユーモア 純文学

"金子さん"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2019-05-23 11:21

    ヤバいなにこれ。超好き。ADHDや外国人労働者との日常的・摩擦的状況を「異星人」という飛び道具で覆って「ダイバーシティ」を風刺。そして何も解決しないまま落とす。素敵です。

  • 投稿者 | 2019-05-25 22:05

    とても面白く読ませて頂きました。黒沢清監督の『散歩する侵略者』のユーモラス版のような物語だなと思いました。

    ただ、金星人が普通にスーパーで働くという時代設定を考えると、あまりにも現代感がありすぎるかなという違和感を覚えてしまいました。そういう意味で、金子さんが人間に変装して地球で暮らしているという状況か、もしくは木星人やら土星人やらと超未来的な都市での暮らしの中での不条理が炙り出されていれば完璧だと思いました。

  • 投稿者 | 2019-05-26 08:10

    この作品で言う「金星人」あるいは「金星人的」な人々との交流を切り取る感じが、少し新鮮でとても良い作品だと思います。少し新鮮というのは、今まで実際に会ったことのある金星人たちへの、こちらも「少し」ズレてしまうリアクションや、その場のムードの、記憶が「少し」違う角度で呼び起こされたからです。でも自分もたまに硫黄臭が出てるんじゃないかなとなる時があったのを思い出しました。

  • ゲスト | 2019-05-26 20:13

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  • 投稿者 | 2019-05-27 06:09

    知人に自閉症スペクトラム障害の家族を火星人に見立てたエッセイ漫画本を出版して講演活動に勤しんでいる人がいるので、本作の金星人も発達障害のメタファーとして読んだ(こういうふうに最初から決めてかかった読まれ方をされることを作者は望んでいないだろうが、読み手はそれぞれ違ったコンテクストの中で読むのだから作品がいろんな読まれ方をされてしまうことも仕方のないことであろう。ダイバーシティだ)。だが、細部がきちんと整っていてファンタジー小説としても十分に成立している。東京郊外のスーパーで金星人の金子は笹本や猪川の好奇の目に晒され、時おりクレームを招きながらも、なんとか仕事を続けていく。小池百合子が選挙戦で掲げた「ダイバーシティ」という掛け声は、ちゃんと内容が理解されているかどうかは別として、ともかく機能している様子。風刺としては毒が弱く、現状肯定的。悪意ある偏見を持った人も出てこないが、まあ現実はこんなものだろうという気にさせられる。

  • 投稿者 | 2019-05-27 21:28

    序盤に「ダイバーシティ」が出てきたので、もっと批判的になると思いきやチャーミングな金子さんとの美しいファンタジーが綴られる。初読の際、ネタがとてもいいなあと思いながら読んだ。ただ、笹本がダイバーシティという言葉に序盤懐疑的なニュアンスを組み込んでいるので、そこの回収はどうなるんだろう?と思った。ただ金星人を主人公が受け入れる?受け入れる、までは行ってないのか。(ラスト)ことだけが「ダイバーシティ」なのだろうか?……と悩んだものの、マカデミアナッツを持ってきた人は以外と金子さんに対してドライな印象だったのが、リアルだなあ、今の感じだよな、と思った。自分ならキツイ風刺をするところ、美しいファンタジーになっているところが凄い。

  • 投稿者 | 2019-05-27 22:47

    ダイバーシティに困惑しながらも金子さんを受け入れる笹本に一生懸命に仕事を覚える金子さん。可愛らしい金子さんは近所の中国人の奥様にいそうな感じがしました。苦手なことを荒業でカバーしたり、平等主義より個別の事情を重んじたり。耳から硫黄臭がいいですね。陰陽五行説みたいで錬金術みたいで。女性って(異星人であっても)日常生活を共にすることでどんどん垣根がなくなると思います。ラストのシーン、金子さんはママチャリに乗って里帰りするのでしょうか。美しい光景ですね。

  • 投稿者 | 2019-05-27 22:58

    ダイバーシティとそれに伴う価値観の違い、というものを考えさせられつつも物語として楽しく読ませてしまう力を持った作品でした。
    日常に少しづつ溶け込みながらも拭えない違和感を抱えている金子さんと、それを曖昧な形で自身や自身が所属する社会にフィードバックする主人公のやり取りが意外と切実で、それをさらっと書いてしまうあたりいい意味でドライで、でもその態度が作品にいい影響を及ぼしているようなそんな印象を受けました。

  • 投稿者 | 2019-05-27 23:39

    とても上手な小説だと思いました。善悪のお題に対し、王道の解答のように感じました。国語や道徳の教科書に載っていそうだなとも思いました。「あなたは金子さんをどう思いましたか?みんなで話し合ってみましょう」といった設問がありそうな感じです。
    異星人を用いて異なる文化の人同士の価値観から、善悪の不確かさを露わにすることが完璧に成功していることを賞賛しつつ、他方で「異星人」設定含め、やや凡庸なコンセプトにも感じました。とはいえ、完成度の高さは一番だと思います。またお話として、率直にとても好きな内容でした。

  • 編集者 | 2019-05-28 03:04

    細木数子の六星占術…ではなくて、発達障害や外国人のメタファーとして読むと、金星人の金子さんに色々思い当たる点がちゃんと描写されている。金を金星に見立てるセンスも良かった。
    解決はせず、それでも暮らしは続いていく、このリアルさは優しさと捉えたいが…答えはむしろ我々の日々の暮らしにあるのだろう。

  • 投稿者 | 2019-05-28 16:41

    「いやぁ、なかなか帰れないんですよね」遠いですからね。「自転のタイミングとかもあって」そっちかい!て笑いました。時期によっては金星人一斉帰省ラッシュとかある世界線なんだろうなと思いました。
    あえて善悪の話を拾うなら、金子さんの話が問題を起こしてしまう点かなと思いました。金子さんにとって、たしかに必要なこと=善なのであってその裏について回る面倒ごと=悪を彼女は見つけられていない。店長にしてもそれを指導すると言っていますが、ダイバシティにかまけて異星人を雇うことの難しさをきちんと考えていなかった、という点が前述したことと似ていて上手い表現だな、と思いました。

  • 投稿者 | 2019-05-28 17:48

    私が到達できないところにあるセンスを感じさせられた作品でした。荒唐無稽な骨格に社会問題で肉付けし、それが破綻しない達筆さには舌を巻きました。私はオチをどうつけるのか考えて深みにはまって失敗するのですが、こういった方法論もありですよね。

  • 投稿者 | 2019-06-16 13:45

    初めまして、中野です。
    書き出しの掴みがとても素敵で、そこから物語にすぐ引き込まれました。
    金星人が出てくるのに未来感があるわけではなく現代の並行世界的な雰囲気なのもよかったです、短編の強みが活かされていると思いました。
    書きたいことを捉えて書いているなあ上手だなあと。終わり方も可愛らしくて素敵で、そのあとの物語世界の広がりを感じました。
    また他の作品も楽しみにしています。

    • 投稿者 | 2019-07-27 17:24

      コメントありがとうございます。
      未来の話でないところは自分としてはポイントのひとつだったので、そのへんが伝わっていてほっとしました。
      気がつかず返信遅れまして申し訳ないです。
      今後ともよろしくお願いいたします。

      著者
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