「水男」

妖怪妖(第4話)

消雲堂

小説

698文字

「水男」
電車は闇の中を疾走する。
武雄は満員電車に乗っている。
武雄はまた終電に乗っている。
車内は我儘な人間たちで満ちている。
武雄は出入り口ドア近くに立っている。
電車の出入り口は外界への鬼門だ。
人の出入りに合わせて押されたり引かれたりするし、
酔客たちによる吐瀉物の放置場所でもある。
武雄はいきなり腕を掴まれた。
氷のような冷たさが、その手から伝わってくる。
同時に女性の声がした。
「この人、痴漢です!!!」
どうやら武雄が痴漢だと思われているらしい。
もちろん武雄は痴漢などしていない。
「なんだ、おまえ!」
「痴漢か?」
歪んだ正義感の持ち主たちがここぞとばかりに騒ぐ。
それは全員男だ。
電車は闇の中を疾走する。
武雄は危険な終電に乗っている。
「僕は何もしていないっすよ」
武雄は落ち着いている。
「ざけんな、お前、痴漢オヤジ!」
そう言うお前だって立派にオヤジじゃねえか?
「ふてぇ野郎だ!」
何だ、お前は江戸っ子か?
江戸っ子野郎が武雄の襟首を掴む。
火事と喧嘩は江戸の華か?
「うわ!」
武雄の襟首を掴んだ男が声をあげる。
「水にな…」
男はそう言うと全身が透明になって液体化した。
バッシャーーーーーン!!!
電車は水浸しだ。
「うわぁあああっ!」
痴漢だと言っていた女性も水になった。
電車の中の人々は次々に液体化していく。
疾走する電車の脇からは大量の水が噴き出している。
「ははは」
武雄は笑っている。
人だけでなく電車も液体化していく。
ブショーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
電車の形をした水の塊が一瞬のうちに線路上に消えた。
線路上には武雄だけが立っている。
「ったく、家まで歩かなきゃならないのか…」
武雄は闇の中を歩いていく。

2013年12月19日公開

作品集『妖怪妖』第4話 (全9話)

© 2013 消雲堂

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