「上落合ワンルームマンションの来客」

妖怪妖(第2話)

消雲堂

小説

3,111文字

1.

 

僕は神奈川県の大和市の実家から独立することになりました。このとき僕は24歳でした・・・が、どうも22歳から24歳のころってフリーライターさんの依頼で写真撮影したりスポーツ紙のイラスト描いたりレコード屋さんのバイトととか美術研究所で絵を習っていたとか独立して池袋西武の画材売り場で働いたとかで記憶が入り乱れてて定かではないのですよ。ま、2~4年のことだからどうでもいいかw

住んだのは新宿区の上落合にあるワンルームマンションでした。当時はワンルームマンションがブームになりつつあった時代だったと記憶しています。場所は東西線落合駅から歩いて5分、西武新宿線の中井駅
から歩いて10分、中央線東中野駅から歩いて8分、最終電車に間に合わない時には新宿から30分歩けば帰れるし、高田馬場からも同じくらいの時間歩けば帰れるほどに便利な通勤するには絶好の環境でした。あ、赤塚不二夫先生がプロダクションを構えていた下落合もあるいてすぐでしたし、ちょいと遠いけど目白までも歩いたことがあります。とにかく便利で住みやすい街でした。

僕の部屋はマンションの3階の端っこで、ほかの部屋にはもうひとつの重い観音開きのドアを開けないと入れませんでしたが、僕の部屋はそのドアの外にあったんです。端っこですからね。階段の踊り場に部屋があるようなもので、セキュリティってことを考えると一番危ない部屋だったんですよね。部屋のベランダは隣の分譲マンションと50センチほどしか離れていませんでした。

上落合という街は都会だけれど、落合斎場が近くにあるし、なんか田舎町のような雰囲気があって、そんな都会辺鄙な場所に建つマンションには変な人間がたくさん出入りするんです。

ある晩、夜中の2時くらいだったでしょうか。突然大きな音がして、寝ていた僕はびっくりして飛び起きちゃったんです。音の正体ってのは何者かが僕の部屋のドアを思い切り叩いているんですね。当時の僕には友達はいませんから、階違いの住人が自分の部屋だと思ってドカンドカンとドアを叩いているんだろうと思って、「部屋間違ってますよ」って教えてあげようとして、まぶたをこすりながら、玄関ドアまで歩いてドアスコープから覗いて見たんです。そしたらグレー色のスーツ姿の男が覗き穴から顔が見えないくらいに頭を下げたままの姿勢でドアをガンガンと叩いているんですよ。

相手の顔が見えないから、なんだか気持ちが悪くなってそのまま金縛りにあったように動けなくなっちゃったんです。でも、男はまだドアを叩くんですね。おっかないじゃないですか? だからそのままじっとしてドアスコープから男を見ていたんですね。というか動けなかったんですからね、僕は。

それからしばらくすると男は顔を上げることなくそのまますすっと顔を横滑りさせて顔を見せないように重いドアを開いてほかの部屋の方に消えたんです。
2.

 

上落合のマンションでは不思議なことがもうひとつありました。これは本当に怖かった。幽霊話じゃないのです。都会は妖怪のような人間の巣窟です。ある夏の晩のこと、僕は寝ようとしてベッドに入って、本を読んでいました。そのときでした、マンションの外で「このやろーーー!待てっ!」と大声がするのです。

僕は何事かと思い(どうもこのパターンが多いですね。今気がついたけど巻き込まれ型なのでしょうね)ベランダ側のサッシ窓を開けて外を見ました。すると何もないのです。「キャーキャー」って今度は女性らしい泣き声も聞こえます。多分、暴力的な恋人にぽかぽか殴られて泣いてるんだろうなぁ。かかわり合いになりたくないので僕は窓を閉めようとしました。そのとき、ベランダの外側で「パッパッ」って変な音が聞こえるのです。何かがベランダを伝ってくるように音がして、それは次第に近づいてくるんです。

僕は怖くなったので窓を少しだけ開けて、そこからベランダを見ていました。するとベランダの右方向から手が見えたんです。手だけ。しかも2つの手。それが僕の部屋のベランダを右から左にパッパッと進んでいるんですよ。僕は「あわわわわ」とまたまた動けなくなって、仕方なく手を凝視せざるを得ないのです。すると僕の部屋のベランダの中央まで手が進んだとき、2つの手の間から男の顔が見えました。

2つの手の間から見えた変態男の顔は笑っていました。明らかに僕を見て笑っていました。しかもその目が闇の中にギラギラ光ってるんですよ。その顔は不気味な人間離れした…あ、水木しげる先生の漫画に出てくるような妖怪の顔なんですよ。

僕は腰を抜かしましたよ。怖いですよ。だって、男は化物かあるいは犯罪者かもしれませんからね。動けませんよ。そして僕が動けないのを見計らって男は僕の部屋の中に入ってくるかもしれないと思ったら僕はさらに怖くなっちゃってね。腰を抜かした上に腰を抜かしたみたいな感じですよ。

でもね、今考えれば、この頃は20代前半です。おじいちゃん候補になった今の僕とは比べ物にならぬほどに、まだ体力も腕力もあって元気な盛りでしたよ。外に出て男の両手を踏んづけたり、当時吸っていたタバコの火でも押し付けてやったらと後悔していますよ。

そのうちに男はベランダを左に進んで隣の分譲マンションとの50センチの間を隣に飛び移って走り逃げて行ったように見えました。

「なんだ、やっぱり人間だったのか?」

僕はようやく理解できました。変態が同じ階のほかの部屋の女性が住む部屋にベランダから侵入しようとして、それがたまたま来ていた女性の恋人の男性に見つかって両手だけでベランダを伝わって逃げてきたんだとね。

僕のマンションの男(多分、被害者になりそうだった女性の恋人?)は逃げた男に向かって「待てっ!このやろー!」って叫び続けています。でも不思議なことに周囲の家やマンションからは誰も出てこない、静かなんですよ。

そのうちに被害者になりそうだった女性の恋人も叫ばなくなったし、パトカーのサイレンも聞こえません。なんだか夢を見ていたみたいでした。

僕は、この時の変態男の不気味な笑い顔を今でもしっかりと記憶していますよ。そして…今でも夜のベランダが怖いのですよ。
3.
子供の頃からこの世の中は嘘にまみれていると感じていた。多くの人が良く言うことが悪いことで、人が悪く言うことは良いことだと思っていたひねくれた子供だった。

僕の父親は、そんな僕を殴っては「お前はまだ子供だ。もっと大人になりなさい」となじるのだった。中学までは父親が怖くてしかたがなかったが、高校生になると、僕の方が父親よりも身長が高くなり、力も 勝るようになった。ある日、僕はとうとう父親を殴り倒してしまった。すると父親はヨロヨロと立ち上がりながら「自分の子供に殴られる父親の気持ちがお前にわかるか?」と泣きながら言うのだった。僕は父 親が泣くのを初めて見た。

父親は某建築会社に勤務し、若い頃には営業マンとしてかなり優秀だったようで、東北の各支社の立て直しを任されていた。僕たちは父親の転勤にあわせて東北の街を点々と移動した。その生活が嫌になり、故 郷の福島に戻って独立したが経営者には向かなかったのか僅か3年で会社を潰してしまった。それから福島から逃げるように遠く離れた土地で会社勤めを始めた。しかし、その仕事もうまくいかず、父親はまった く自信を失ってしまった

ある日、都内に一人暮らしをしていた僕のワンルームマンションに突然、父親が訪ねてきたことがある。「何しに来たの?」と聞いても、父親は無言で笑うだけだった。

2013年12月17日公開

作品集『妖怪妖』第2話 (全9話)

© 2013 消雲堂

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