「日の塵」 富士塚は富士山噴火の封印

歴史奇譚(第9話)

消雲堂

小説

2,040文字

▼富士山が世界文化遺産に登録されて、日本中は大騒ぎです。ついに富士山は世界に誇れる霊峰となったわけですね。霊峰とは神聖視されている山のことです。「聖徳太子が甲斐の黒駒に乗って富士山を越えた」、「役行者が伊豆大島に流されたが逃亡して富士山に登った」など多くの伝説がある富士山は、まさに霊峰なのです。あ、今回は富士山ではありません。富士塚です。

■富士塚をご存知でしょうか? 大阪以西の方々には馴染みがないかもしれません。富士塚というのは富士山信仰を基本として主に江戸時代末期から関東各地に作られた富士山を模した塚のことです。

 

■富士山信仰というのは富士山を神と見立てて崇拝することです。その富士山信仰には「浅間信仰」、「村山修験」、「富士講」などがあります。「浅間信仰」は、富士山の神霊と考えられる浅間大神と木花咲耶姫を祀る浅間神社を核とするものです。浅間神社は度々噴火する富士山の鎮静の念を込めて建てられた神社です。「村山修験」とは現在の静岡県富士宮市村山という狭い範囲の富士山の修験道で富士修験とも言います。「富士講」というのは江戸を中心として関東で流行した講(宗教結社)のことです。

■今回のテーマである富士塚と結びつくのがこの富士講です。富士講は、戦国時代から江戸時代初期に富士山にある人穴(これも富士宮市にあります。以降、ここが富士講信者の聖地とされます)で修行した角行藤仏という行者が創唱した富士山信仰の一派だそうです。

■富士講は「拝み」という行事と「富士登山」から成っています。信者たちは信仰の拠り所として富士塚を築いたのです。江戸時代の旅行は徒歩の旅でしたから江戸から富士山までは日帰り旅行は無理です。おまけに関所もあったので面倒な手続きや必要経費もかかりましたから旅行もままならぬのが現実でした。そこで近場に富士塚を築いて、その頂上から富士山を眺め見て拝んだのです。

■富士塚には①富士山の溶岩を運んできて積み上げたもの、②既存の丘や古墳などを利用してその上に溶岩を置いたもの…の2種類があるそうです。

■僕が富士塚に興味を持ったのは、知人に案内されて千葉県流山市にある新撰組最後の地を取材した際、「近くに浅間神社があって、裏に富士塚があるんだよ」という知人の言葉から好奇心が動いて、その富士塚を見た時からです。流山の浅間神社の富士塚は6mもある大型のもので、流山市の指定有形文化財になっています。帰宅してからインターネットで調べてみると関東各地に富士塚が点在していることがわかり、心が躍りました。それからというもの知らない土地に出かけた際に神社があれば、必ず富士塚を探すようになりました。ちなみに僕が住む千葉県は、富士塚のメッカと言えるほどに数が多いのです。

■さて、富士塚の大きさですが、僕が見た富士塚の中で一番巨大なものが千葉県松戸市にある金山神社の富士塚です。高さは15mもあります。これほど巨大なものなのに地元の人でも知らない方が多いようです。ちょっとした小型富士山なのですが、周囲に高層な建物があるので頂上からの眺望はそれほど良くありません。周囲に見事だったのは千葉県市原市八幡宿にある飯香岡八幡宮横の浅間神社にある富士塚です。高さは3.5mということですが、頂上に上るとかなり眺望が良いのでお勧めです。に最小のものは1mに満たない富士山を模したとは思えないほどに小さなものがあります。

■さて、富士塚というのは文字通り「塚」なのですが、塚にはいくつもの種類と意味があって、将門の首塚のように鎮魂のための墓のようなものであったり、禍を防御する結界のようなものであったり、境界を表すものであったり、道標であったりするのです。いくつもの富士塚を見た感じですが、富士塚も同様のものではないのか?などと思ったりするのです。単なる富士見のための塚ではなく、梶井基次郎でないけれど、塚の下には屍体が埋まっているのではないか?とか、悪気を封じるための封印なのではないか?などと考えてしまうのですね。

■ご存知でしょうが富士山は火山です。富士山は何度も噴火し、関東甲信地域に大きな被害を与えました。特に延暦、貞観(ともに平安時代)、宝永(江戸時代)の大噴火は有名です。宝永4年(1707)の大噴火は3.11の震災のように津波をともなった「記録に残る日本最大の地震」と言われ、富士山の噴火はその49日後に発生しました。地震と噴火を合わせて「亥の大変」と呼ばれています。噴火の降灰は江戸の町にも降り注ぎ、昼でも行灯を灯さなければならないほどでした。

■僕は、富士塚が関東各地に点在しているのは富士山の噴火を封印するためなのではないか?と思っているのです。そんな事を考えていると、防災科学技術研究所(NIED)は、3.11の震災で富士山のマグマ溜まりに宝永大地震(富士山噴火)よりも大きな圧力がかかったそうです。さて、明日から何処かの浅間神社を訪ねて富士塚詣ででもしましょうかね。

2013年8月12日公開

作品集『歴史奇譚』第9話 (全14話)

© 2013 消雲堂

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