海に住む少年

応募作品

ちりめんじゃこ

小説

3,009文字

ジュール・シュペルヴィエルの作品名を堂々とオマージュしましたが、内容は全く関係ないです。

僕は自分が厭だった。理由はないけど、自分の全てが嫌いだった。自分の顔に対して特に嫌悪感を抱いており、それは幼少期から始まった。突然の嫌悪の表れに驚かされつつも、周りの人間と比較して絶望していたものだ。鏡なんて滅多に見られない。鏡は僕を真面目に映すから。

僕の家は海沿いに在って、そこでずっと育った。高台にあってそこから海を一望できる。僕の生活は終始、この家と海で完結していた。

僕の両親はとっくに亡くなっており、僕は独り暮らしをしていた。親族は独り身になった僕を疎ましく思い、両親の葬式が済んだ後は、僕のことなど歯牙にもかけず、心配だという手紙一通すら送ってこなかった。

しかしどうでも良かった。寧ろ自身が醜悪な余り、誰からも相手にされるべき存在ではないということを認識することが出来たからだ。

僕はそんな無関心を親類に対して貫いていたが、一方で両親には愛憎こもごも抱いていた。一つは勿論、何故こんな醜い僕を生んでしまったのか、ということに対する憎しみ。いっそのこと中絶なり、流産なりしてくれればよかったのに、と疑問に思う時がある。もう一つは、この家を残してくれたことに対する感謝の念であった。

先も言ったけど、海に近接したこの家からは直ぐに浜辺へ向かうことが出来る。僕は其処に行っては、じっと海を見つめて過ごしていた。

海は好きだった。海は僕の顔を歪ませてくれるから。向こう側の僕、つまり海の住人である僕は虚像であるが、まるでそれが「僕」であるような、そういった錯覚をさせてくれる。鏡を見るよりもずっと快いものであった。正直に言うと、僕は海面うなづらを見るだけで自分の虚無に近い一日を充実させているように思えた。海は僕の存在を赦してくれる場所だった。

そんな或る日、いつものように海岸に出向くと、一人の男が横たわっているのを目撃した。彼の身体は頭から足まで全てぐっしょりと濡れそぼれている。意識はあるかどうか分からない。

僕は彼の元へと走り、

「大丈夫ですか!」と声をかけた。返事はない。僕は急いで応急処置を行わなければと彼の服を脱がし始めたのだが、その途中で彼は呻きつつ、目を覚ました。僕は彼の顔を見て、あっと気付いた。彼の顔はいつも海に映る僕の歪んだ顔をしていた。具体的な僕の顔が想像しにくい、一種の象徴主義的なものになっている。僕はこの事態にめまいがして、彼の周りの砂が動いているように見えた。

「一体君は……?」僕は訊ねた。彼は最初、意識を取り戻したばかりだからか、微睡んでおり、自分の状況に気付いていなかったが、悪寒が走ったのか濡れた身体を震わせ始める。周りをきょろきょろと見まわし、ここは何処なのだろうか、と言わんばかりに素っ頓狂な声を漏らす。そして自分の隣に僕がいることに気付き、僕の顔をまじまじと見て、僕が誰なのか気付いたらしく、驚きの声を出した。

「君は……向こう側の僕か?」彼は僕の質問に応えず、鸚鵡のように聞き返した。

「それはこっちの台詞だよ……君こそ海の向こう側に居たじゃないか。一体どうして……」

「ふぅむ……」彼はこの非日常的な体験の理由について考え始めたが、稍もすると突如閃いたような顔をして、僕に事の顚末を話し始めた。

何でも、彼も自分の顔に劣等感があり、僕のように一日を海で過ごしていたらしい。海に近づいては向こう側の自分——つまり、僕のことだ——に見惚れていた。信じがたいが、しかし事実として起こってしまった以上、どうしようもない。僕と彼とに対しては、「表裏一体」という言葉が相応しいように、境遇やら何やらがそっくりだった。ただ違うのは、お互いの顔と彼が……

「自殺しようと思っていたんだ。海に身を投げて……そしたら僕は君と混ざり合うのではないかって。しかし奇遇にも僕は死ねず、それどころか君と出会ってしまった。海の向こう側ではなく、ちゃんと身体が触れる状況でね。こんなことって起きるんだなあ!」彼は笑いながらそう言うと、顔に少し翳りを帯びさせた。二人は沈黙に呑まれた。ヴェルコールのようなことを言うつもりはないが、海がさざめきとともに沈黙しているように思えた。僕は沈黙の内にやはり孤独が存在していると再確認した。その孤独は気まずさに由来するものではなかった。何処か安らぎのような、そんな感じがした。だから僕は海が好きなのだろう……

「ところで……」僕はどきりとした。急に夢想の揺蕩いから現実に戻された僕は彼の眼を朧げに見つめた。「君は自殺しようと思ったことはあるかね?」

ああ……この話題を振られるのが恐ろしかった。面倒とかそういったものではなく、もっとぼんやりとしたものが砂のように頭の中で蠢いている。

「僕は何度も死のうとした。最初は初めて自分の醜さに気付いた時。周りに比べて僕は非常に醜かった。いつも僕の顔を見ては、不快そうな顔を浮かべ、避けようとするんだ。僕はとても辛かった。……整形したら見た目は良くなるだろう、だけど僕の身体は既にスティグマがあってそれは決して治せない……つまり僕の心さ。心の醜さだけはどうしても矯正できない。いつも憎しみと怒りに襲われて、色んな人間を滅茶苦茶にしてやりたいと思ってしまって、最後は自分の邪悪な心が怖くなって自己嫌悪に走ってしまう。

……二度目は両親が死んだ時さ。僕は両親が死んだって分かった朝、両親への愛以上に、死んでくれて良かったって思ってしまった……僕の人生を台無しにしたくせに、それで死んで罪から逃れた、そう思うと僕は……果たしてここにいてもいいのかなって。だから後を追って死のうと思った……………本当は親に申し訳ないと思っているんだ……こんな強がりを言って、でも結局何もできない、そんな人間さ。自殺もこれも含めて全て失敗した……

ごめん、話を戻すけど、君はどうなんだ?やはりそう思ったことあるか?」

「僕は……」僕は一度たりとも思ったことはなかった。自殺の選択肢。それは醜い自分を殺す唯一の方法だ。成程、自分が厭だったら死ねばいい話で、これさえすれば万事解決ってわけだ。そう思いつつも、僕は死にたくなかった。僕はいつも主観的な死よりも客観的な死を以て人生に幕を下ろしたいと思っていた。

しかし彼の言葉は僕の自己矛盾を明るみに出した。自己愛の欠乏、僕のそれは希死念慮を決して創り出すことなく、ただ内奥に密やかに在った。……これもそのまま放置してはいけない。それは客観的な死から遠ざける。自己があって他人が存在する。自己をそのまま塞ぎ込んでしまっては、決して客観的な死に巡り合えない。

僕は彼の話を聞く前、その事実に向き合わないといけないと不安を感じていた。広大な世界を知らなければいけなくなるからだ。その一方で、人間はいつか変わらなければならないとも考えていた。僕達は子供のまま生きていてはいけない。ふと僕は家の鏡を思い出した。鏡面に「責任」という言葉が浮かび上がっていた。海は何も映し出さないのに……

「案外似ていると思ったけど、意外と違っていたりするもんなんだな」と彼は呟いた。その言い方には嘲りが感じられたが、その対象は僕にだけでなく、彼自身にも向けられているように思った。僕は彼が再び投身自殺を試みるのだろうと予感した。僕を一人置いて。そしてそれに気付いた僕は彼を止めようとする。くだらないと説得して。そこからだ……

それで僕はナルキッソスに変貌するのだろうか、彼とともに?

2021年7月14日公開

© 2021 ちりめんじゃこ

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散文

"海に住む少年"へのコメント 29

  • 投稿者 | 2021-07-15 09:46

    作品は込み入っていて、理解は簡単ではないです。海に映る自分のみ受け入れられるという変形ナルキッソスと、その海に映る自分と鏡に映る自分が分裂するという、ドッペルゲンガーの話ではないかと思いました。醜く生まれたと思い込む主人公も、もしかしたら単なる身体醜形障害で片付けられるものかも知れない。第三者がいないので(親戚に疎まれた、とは書いてあるが、なぜ疎まれたのか、原因はあまりはっきりしない)、読者には判断がつかない。いづれにしろ「海」というお題にはきっちり沿っていて、いいな、と思いました。

    • 投稿者 | 2021-07-15 15:01

      作品を読んで下さり、有難う御座います。
      私は基本、読者の解釈によって作品は完成される(個々人によってその作品の内容は異なる)と考えているので、このような具体的な考察・所感を書いて下さると、私の当初考えていた解釈とは別のものを知ることが出来て、非常にうれしく思います。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-21 22:05

    きれいに描かれた美しい掌編。主人公の思考する内容を観念的な言葉で説明してしまって読み手の解釈の余地が少ないのは読んでいてちょっと物足りないけれど、日常の言葉とはちょっと違った言葉遣い(特に「うなづら」がいい)や『海の沈黙』への言及など読み手の心をくすぐる工夫が散りばめられていて最後まで興味を持って読める。ただ「主観的な死/客観的な死」は表現が適切でないと思った。

    • 投稿者 | 2021-07-21 22:53

      作品を読んで下さり、有難う御座います。
      表現が綺麗であると言われるのは、常に接続詞の「から」を一文に三つ加える程の狂気的悪筆だった少年時代から抜け出せてきているのかなと思えて、迚もうれしく思います。
      恐らくですが、主人公の「僕」は「他者」との係わりを求めている故に客観的な死を渇望しているのではないか、と僕は思います。しかしこれは余りにも断片的で且つ観念的である作品に対して拡大解釈を行っているようにも(我ながら)思えます。
      もしよければ、どうしてそのように考えたのかを書いて下さると幸甚であります。実をいうと、こうやって周りの人の考えを聞き、ある物語に対してそれなりに愚考するのが私の楽しみなのです(笑)

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-22 22:04

    伝奇小説を読んでいるような雰囲気です。海はこの世との結界。もう一人の僕は海の中にいて陸地へと投身自殺するのでしょうか。海の中では陸地が海になるパラレルワールド。
    鏡に映したような二人が、自殺願望という点で異なっているのはなぜなのか、もともと二人は海を挟んだ裏表で見つめ合っているナルキッソスで、強烈な自己嫌悪は強烈な自己愛と裏表ではなかろうか、などと考えさせられました。

    主観的な死と客観的な死の真意が私には分かりませんでしたが、自死ではない死に方を望んでいるところにヒントがあるのかな、くらいに思いました。

    • 投稿者 | 2021-07-23 12:14

      返信ありがとうございます。
      恐らくですが、これを書いた時ボルヘスを読み直していたのが、もしかしたら原因かもしれないです(笑)
      しかしまるっきり空想に囚われて作ろうとしたわけではなく、何となく醜形恐怖症とかの一面は僕がそれとなく経験したことです。自分は自分の個性が迚も好きという一部ナルシシスト的一面を有していました。一方で子供の時は写真とか音声とか、周りも経験したことがあると思いますが、そういうのに特別な嫌悪感を抱いていました。ちゃっちなものですけど、その矛盾というか、コンフリクトというかそういったものに何となく面白みを見出していた、というのがありますね。ひょっとすると、この作品にもこういうのが見いだせるかもしれないですね。
      不連続的死を考えれば、もしかしたら二人は性行為に走るのかもしれないですね……今考えましたが、無意識下で描写したと考えてそれを真実だと捉えれば、この考え方は面白いですね。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-23 04:40

    僕も自分が嫌いでしたが、自分が嫌い、という感情も一様ではなくて、同じ「僕」でさえまったく違ったレベルで嫌悪を感じているというのが深かったです。希死念慮を抱いたことはないので、死に方の選択というのはいまいちピンときませんでしたが(主観的vs客観的)、もし嫌い方が違えばその処理の仕方も違ってくるのだろうなとは想像できます。

  • 投稿者 | 2021-07-23 12:43

    返信ありがとうございます。
    希死念慮というのは、個人的にさらさらしたものだと思っております。僕の場合は余りにも現実面で厭なことがあったときに希死念慮を感じるのですが、こういう時って面白くて、普通だと「ああ、死にたくない。死ぬ瞬間は苦しむのかな」という不安感(単純ですが)に襲われ、自殺を止めるんですが、一方だと、「なんか今死ねる気がする、ふわふわした感じのまま終われそう」という感覚になります。すると自殺は決して覚悟ではなく、娯楽的感覚に移行するんですね(友達がその仮説を出してくれて、僕は目から鱗が落ちる感覚になりました(笑))。僕はこの娯楽性が生死の境目を曖昧にするんだと思います。タナトスが最早タナトスではないというか。金枝を持たなくても平気!!みたいな感覚になります。それほど現実が恐ろしく感じているんでしょうね。私個人の経験なので、勿論他者とは異なると思いますが。

    著者
  • 投稿者 | 2021-07-23 17:05

    レベルの低い読者で大変恥ずかしいのですが、なかなか理解できない小説でした。拙すぎる感想ですが、海というよりは『鏡』がテーマとして感じられました。映画鑑賞のレベルも低いですが、タルコフスキーの『鏡』も理解が難しく、そして人格は複雑な描き方がされていたので、それを思い出しました。

    • 投稿者 | 2021-07-23 23:39

      コメントありがとうございます。
      素晴らしい解釈なので、自身を卑下せぬようお願いします。
      確かにエロスやタナトス、虚像に対する恐怖などは対立的要素であり、図らずも鏡が主要になっているように思えますね。また全てを受け入れてくれる余り、「僕」のモラトリアム的なものをそのままにしている海に対して、現実を厳しく教える鏡という存在が浮き出ているようにも思えます。
      これを作っていた時から何となく思っていたことの一つに「海というのは確かに死を抱擁している」というのがあり、僕はこのことをどこかで示唆してやろうと決心していたのです。
      恐らくはJanus Djurhuusの”Atlantis”という詩を読んでいたからでしょう。彼の詩の最後にはこのようなものがあります。
      Legend tells, that they who meet the priestess of Atlantis,
      they shall follow her down to her blue home in the deep,
      and she smiles until they sleep, and she wraps them with eranthis
      while their relatives and friends are left to mourn and weep.
      (Roughly translated from Faroese by a. e. petersen)
      僕はこれを読んで海というものについて人魚姫的死を考えていたのかもしれません。
      浅薄な知識故、タルコフスキーは名前しか聞いたことがありません、すみません。確か『鏡』以外にも、『ノスタルジア』やスタニスワフ・レムの『惑星ソラリス』を感得してましたよね?大いに興味があるので観てみようと思います。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-24 22:13

    主観的/客観的は誤用なのでないかと思っていたら藤城さんが書かれていますね。また、私には希死念慮の発現と自己愛の欠如の結び付きが自己矛盾に至りませんでした。しかし、書かれてたいことは理解出来ました。

  • 投稿者 | 2021-07-25 00:14

    はじめまして。
    「分身との対話」という形式が個人的にとても好きなのですが、それは分身というのが究極的には別の自分であって、それゆえ自分が隠していることを(しばしば悪意をもって)明るみに出したり、もっとも痛いところをついてきたりする批判者だからなのだろうと思います。ただ今作では分身度が弱いと申しますか、主人公自身の単純な内省とあまり変わらないように思いました。それでこの分身の言葉で主人公が自己矛盾を明るみに出された、と感じるところに今一つ説得力が感じられないように思います。
    ただこれはそもそもちりめんじゃこさんの意図するところではない的外れな感想かもしれません。ご叱正下さい。

    • 投稿者 | 2021-07-25 16:46

      コメントありがとうございます。充実したご意見をありがとうございます。僕もうれしいです。
      一応、ここで加えると、彼は批判者というよりは、どちらかというと愛人的存在なんだと思います。彼は極めて他人的な自己でもあるのでしょう。しかし彼のことを愛しているのは確かです。
      「彼の言葉」だけが自己矛盾を暴いたわけではないと思います。これは余りにも不親切ではございますが、彼は小説の作品だけにとどまっておらず、故に文面だけで判断されるような人間ではないのです。抑々、彼がもう一人の自分を創り出したのには何か理由があるのです。いかに荒唐無稽でも、全てには必ず意味がある。それは正しくそうですよね?「僕」は彼と会う前から既に自己矛盾の存在に気付いていたのではないか?というのが、僕の考えです。それが言葉という外的知覚世界という他者との和集合的世界の刺激によって、考えざるを得なくなった。僕はそう考えます(笑)
      しかしこういうのは今の自分の限界だったりするのでしょう。そこは描写力の問題なので、次頑張りたいです。これからも暇なときに読んでくださるとうれしく思います。基本こういうのしか作りませんが。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-25 15:39

    手紙一通すら送ってこなかったって言うのがもう、あれですよね。執着を感じますけども。言わないだけで粘着質というか?いや、説明でそれくらいの親戚だというのを表さないといけないのだとは思うんですけど。あと、心が醜いって駄目なんですかね?私だってそれなりに醜いと思いますけど。でも、なろうとか星空文庫さんとか破滅派さんとかで話書いてたら、それなりに大丈夫だよ。大丈夫大丈夫。

    • 投稿者 | 2021-07-25 16:25

      コメントありがとうございます。
      まあ、親類なんてこんなもんなんですよ。ホントごみ屑しかいない(忿怒)。鏡の向こうの自分はタナトス的存在なので、余りにも死と自己嫌悪、つまりDestrudoってやつですね、そういうのが他の面より強いと思いますね。
      あまり作者の僕が解説(解釈)加えると、なんかのっぺりしちゃうのでここらへんで。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 09:51

    自分を愛せない人は自分に異常な期待をしすぎているから、本当は既に自分がかわいい、みたいな論を思い出しました。
    無粋な発想ですが、少年はひとりぼっちでどうやって生活していたのだろうと思いました。

    • 投稿者 | 2021-07-26 14:31

      コメントありがとうございます。
      こういう人間心理は面白いものがありますね。トラウマに起因する妄執的行動とかそういった矛盾的心理を僕は書きたいと思っております。
      彼がどうやって生きてきたのかは、僕も考えていなかったので、是非ご想像にお任せします(笑)

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 15:03

    「海は好きだった。海は僕の顔を歪ませてくれるから」

    この一文に触れた瞬間、星4はカタいと確信しました。細かい瑕疵は気にならないほど、冷めていながらもエネルギーを感じる掌編でした。

    • 投稿者 | 2021-07-26 20:00

      コメントありがとうございます。
      どれか文中の一つの表現でも、心にくるような作品を作れたと思うと、それが拙作でも迚も誇らしいように感じられます。作品をそう思ってくださり、再三ではありますが、ありがとうございます。

      著者
  • 編集者 | 2021-07-26 18:38

    みんな既に他人がコメントしてしまった。主人公の行く末が気になる。今回は死を意識する作品が多く感じた。やはり海に惹かれるものがあるのだろうか。

    • 投稿者 | 2021-07-26 20:07

      コメントありがとうございます。
      僕もコメントに書きましたが、海にはどこか本源的なものがあるように思えます。海は元型的連想を容易にさせるのでしょうね。古今東西、神話に於いて海の神が生死の予感を引き立たせる。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 19:45

    鏡としてのあちら側の「彼」を通してこちら側の「僕」が自身の醜さと対峙していくプロセスが書かれたものであるように感じました。あちら側の「彼」は、他者と会うことを怖れて自らの中に閉じこもる「僕」の寓意でしょうか。

    • 投稿者 | 2021-07-26 20:12

      彼がどのような存在なのかについては、僕も多数の解釈をせざるを得ません。
      彼は正しく海の住人である。彼は自分の海に対する象徴的幻覚である、彼は単にそっくりなだけである、彼は自分のドッペルゲンガーである……いずれにしても、そこには立派な推論が存在するのであり、ここからどのように解釈するかは、個人の自由です。別に正解はありません。
      ただ、貴方の考え方はとても立派なものであります。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 20:34

    両親に対する恨みと感謝。僕自身、親でもあり子でもあり、今年亡くなった母を思い出してしんみりしてしまった。作風は好きな部類。

    • 投稿者 | 2021-07-26 21:29

      コメントありがとうございます。
      こういうエレジー的な風味を感じてくださったら、僕は自分の作品に課した目標を達成したのではないでしょうか。
      僕の作品は基本タナトス的な気配の中に、微かで確かなエロスを含めます。この作品によって何か生の予感を思い、希望を抱いてくれると幸甚でございます。

      著者
  • 投稿者 | 2021-07-26 21:30

    もう一つの自分というテーマだとドッペルゲンガーというネタがありますが(昔自分がこれをテーマにホラーを書きましたが)、もう一つナルキッソスというものもそういえばあったなと。
    前者は殺し合い(というより死ぬという伝承)、後者も最終的には死ぬので結局二つとも不吉なのかなと。

    • 投稿者 | 2021-07-28 15:00

      コメントありがとうございます。
      確かに「死」には不吉さがあると思います。やはり愛別離苦という言葉があるように。
      しかし「死」には一方で救済的なものもあると確信しております。例えばジハードとか。つまり両面的な性質を帯びていると。
      それ故に僕は「死」という概念は単にネガティブではないと思料いたします。

      著者
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