藤と乳母車

応募作品

大猫

小説

4,047文字

UberEatsなんて言われても、うば桜とか乳母車くらいしか思いつかない年寄ばかりが集う風流な藤見の会。次々起こる想定外の事態。じいさん、ばあさんたちは飯にありつけるのか? 2020年7月合評会参加作品。

青木一丁目老人会の今年の花見は中止になった。毎月最終日曜日の定例会も中止。今世間を騒がせている流行病はやりやまいは老人に容赦ない。平均年齢八十二歳で全員何かしら持病持ちだから仕方がない。

「でもねえ、毎日家に籠りっきりじゃやり切れないよ。年寄こそは楽しみの一つもないともうろくが進んで、布団に寝てるんだか棺桶に寝てるんだか分からなくなっちまう。たまには再来軒の酢豚でも食べたいよ、ねえ?」

電話口で竹ばあさんに延々と愚痴られた一郎じいさんは、一つ何か企画しようと決意した。この春、老人会の世話役に就任したのに一度も仕事をしていない。折しも自宅の庭の藤棚がいい具合で、日曜日あたりが満開だろう。藤棚の下に椅子やテーブルを置いて弁当でも広げ、「藤見の会」としゃれてみようか。

メンバーに電話をかけて聞いたら十二名中六名が希望した。決行と決めて、竹ばあさんのリクエストに応え再来軒に出前の電話を入れたら「すいませんねえ、ウーバーで頼んでください、なにぶん人手が足りないもんで」と言われた。目を白黒させながら電話を切った一郎は、嫁の正子に尋ねてみた。

「再来軒に出前頼もうとしたらウバなんとかで頼むって言われたよ」

正子は大口を開けて笑った。

「それウーバーイーツってのよ。早い話が出前のサービスで、出前やりたい人がお店の代わりに届けてくれるっての」

「乳母車だか何だか知らないが、出前やりたい奴なんかいるのかね」

「手数料もらって稼ぐんだってよ」

よく分からないが、その日はパートが休みだというので、注文は正子に一任した。

「どうせ急に具合が悪くなる人が出るに決まってるから、注文は当日にするからね」

よく気が付いて何でも知っている正子にも藤見の会に出てもらうことにして、一郎はメンバーを再確認した。

木村一郎   天津丼

木村正子   中華丼

島田藤子   あんかけチャーハン

原田竹代   酢豚定食

長山良子   レバニラ定食

千代田昭仁  なんでも

千代田美智子 なんでも

なんでもいいという千代田夫妻は一律中華丼にして、さらに餃子7人前。花見が中止で予算は有り余っているし、ビールやジュースは忘年会の残りを前任世話役から引き継いで我が家の冷蔵庫に取ってある。これでひと安心と一郎は当日を待った。

 

藤見の会の朝。物置からキャンプテーブルを出していたら電話が鳴り、千代田夫妻から体調不良の連絡が入った。

「千代田さん、キャンセルだぞ」

家の中に向かって声をかけると、慌ただしい返事が返ってきた。

「お父さん、ごめん、急に休んだ子がいるから来てくれって呼び出された。今から行ってくる」

「えっ、だって注文は?」

「今やっとく。ええと、千代田さんが来られなくなったのと、あたしがダメだから、ちょうど中華丼三つなくなったわけね。天津丼とあんかけチャーハンと酢豚定食とレバニラ定食。それに餃子、七人前のままにしとくね。余ったらお夕飯にすればいい。十二時に届くように、はい、これでOK」

そこへまたまた電話が鳴った。

「もしもし、ああ、お竹さん。えっ、源三さん?」

千代田夫妻のドタキャンを聞きつけた竹ばあさんが、それなら夫の源三を参加させると言う。見れば正子はもう自転車にまたがっている。一郎は慌てて玄関を飛び出した。

「おーい、一人追加になっちゃったよ!」

「追加? 何にするの?」

「中華丼でいいって」

「りょうかーい」

軽やかに答えた背中が遠ざかるのを、一郎は片足に革靴、もう片足はスリッパのまま見送った。

 

十二時開始なのに早々と三十分前にやってきたのは原田竹代と源三の夫婦だ。二台並べたテーブルにはまだ何も置いていない。

「何だ、飯食わしてくれるんじゃなかったのかい」

たわわに咲き誇る頭上の藤には目もくれず、源三じいさんはさっそく不平を言った。それに竹ばあさんが肘鉄を食らわす。

「十二時からだって言ったでしょ、意地汚いんだから」

そう言う竹ばあさんこそ町内一の大食らいだ。正子は餃子七人前の残りを夕飯にせしめる気でいるが、そのくらい平らげてしまうかもしれない。ま、先に飲んでましょうや、と冷えたビールとコップを持ち出したところへ、

「あらお藤ちゃん、今日の着物、素敵。小紋?」

竹ばあさんが駆け寄って行く方向を見ると島田藤子がゆるやかに歩いて来る。

「ちょっと早いけど暑いから単衣にしたの。薄紫色だしちょうどよくって」

「いいお色ね、藤娘みたい」

竹ばあさんがビール瓶を持ったまま着物に触ろうとするのを藤子はさりげなく躱し、

「木村さん、今日はお世話になります」

と涼やかに挨拶をした。日本舞踊のお師匠さんだけあって背筋がしゃんと伸びて佇まいに品がある。実は一郎のひそかな憧れの人だ。

そこへ長山良子が入ってきた。鶏ガラみたいなばあさんだが筋金入りのおせっかい焼きだ。ヘルメットを被った若者を一人連れている。お孫さんですかと尋ねた一郎に良子は大笑いした。

「何言ってんの。出前の人じゃないの。玄関先で会ったから庭まで連れてきてあげたのよ」

「あ、再来軒の出前の人?」

「はい、ウーバーイーツです」

無表情でビニール包みを二つ手渡し、さっさと去ろうとする若者を引き止めて、

「伝票は?」

と尋ねると若者は宇宙人にでも遭ったような顔をした。

「だから伝票だよ、ええっと、領収書、領収書だ。領収書ないと困るんだよ」

「アプリからPDFをダウンロードできますので」

にべもなく言い捨てて若者は背を向けて立ち去った。何を語られたのか少しも分からず二の句が継げずにいた一郎の耳に、竹ばあさんの大声が突き刺さる。

「ねえ、足りないんじゃない? こっちの袋は餃子、これあたしの酢豚で、これは亭主の中華丼、こっちが良子ちゃんのニラレバ、天津丼は一郎さんのよね。お藤ちゃんのは? いつものあんかけチャーハンよね?」

えっ、と慌てて戻って行くと、女三人がテーブルの前に突っ立っている。傍らでは源三が自分の弁当を食べ始めていた。

「一郎さん、頼み忘れたの?」

詰問口調の竹ばあさんに一郎はたじたじ後ずさりする。

「いや、確かに全部頼んでもらったはず……」

「頼んでもらったって、自分で頼んだんじゃないの?」

「乳母車だかなんだかで……嫁にやってもらったから……」

「人任せにしちゃだめじゃないの。間違いがあったら困るでしょ」

今度は良子が迫ってくる。一郎は冷や汗をかきつつ正子を心で罵っていた。

「いいのよ、あたし、餃子いただくわ」

「だめよ、ちゃんと会費払ってんだから公平にしなくちゃ」

「そうよ、追加で注文すればいいじゃない。お藤ちゃんのも頼んであげて」

一郎は進退窮まってその場に固まってしまった。注文しろと言われてもやり方など知らない。頼みの正子はパートへ行ったきりだし、再来軒以外の中華料理屋も思いつかない。藤子の冷たい視線を感じて泣きたくなる。

そこへ「ウーバーイーツですが」と、若い女の声がした。

「再来軒さんから届けに来ました」

そうだ、そうだ、追加を頼んだのだった、と地獄で仏を見た顔の一郎から、良子は届け物のビニール袋をひったくった。

「良かった。お藤ちゃんのは別だったのね」

しかし開けてみると中身は中華丼だった。

「なんで中華丼なのよ? あんかけチャーハンはどうしたの?」

「ちょっと待って、待って、順を追って説明するから、ちょっと待って!」

一郎はやっとのことで今朝のことを思い出した。

「最初に頼んだのは天津丼とあんかけチャーハンと酢豚とレバニラ。確かに嫁が復唱してた。それからお竹さんから電話があったんで源三さんの分の中華丼を追加で頼んだんだよ。だから今来たのが源三さんのだよ」

えっ、と皆が源三の方を振り返る。源三は、でもこれ中華丼だろ、と自分の弁当を指さした。

「源三さん、それ、あんかけチャーハン……」

藤子がぼそっと言った。

「だって、飯の上にとろっとしたもんが乗っかってるのが中華丼だろ?」

間抜け面で返事した源三を竹ばあさんがどやしつける。

「色が違うじゃない。あんかけチャーハンは白いし、中華丼は茶色だよ」

「てめえが中華丼だって渡したんじゃねえか。いいよ、返すよ、ほら」

「食べかけのもの返してどうすんのよ。汚いったら!」

「昼飯こしらえる手間が省けるから来いって言うから来てやったんじゃねえか。くそ面白くもねえ、俺ァ帰る!」

「この無駄飯食らい! 今日の飯はないと思いな!」

夫婦喧嘩を始めた二人に良子がまあまあと割って入る。一郎もなだめにかかる。

「まあ、源三さんも座って。中華丼もチャーハンもおんなじだから、気にせずに食べてしまって。さ、飲みなおしましょう」

ビールを注がれて源三は少し機嫌を直した。良子も素早く場をつなぐ。

「お藤ちゃん、ちょっと間違っちゃったけど、今日は中華丼食べたら?」

しかし藤子は冷ややかに答えた。

「あたし、お醤油が入った中華はダメなの」

再び空気が凍り付く。

「あ、あたしのレバニラと交換してもいいわよ」

「天津丼と交換しましょう。中華丼も大好きなんですよ」

「いいの。みなさん、召し上がって」

藤子はすました顔で後れ毛を直している。源三が小さく舌打ちをする。竹ばあさんが何か言おうと口を開きかけたところへ

「こんにちはー、ウーバーイーツです!」

三度目の声が聞こえた。

 

外国人らしい背の高いヒゲ面の若者が持ってきたのはゴマ団子十個だった。三千円以上に付けるサービスだったのを入れ忘れてしまったので、急遽、派遣されてきたと言う。忘れたお詫びに本来は二個のところを五人分十個にしました、と語ると若者は大きな黒バッグを背負って自転車で走り去った。

キツネにつままれた思いで庭に戻ると、藤子が大はしゃぎしている。

「あたしゴマ団子大好きなの!」

「どうぞ、どうぞ。全部食べていいわよ」

竹ばあさん以外は全員ゴマ団子を譲った。

 

腹を満たし、ビールを飲み茶を淹れて、ようやくみんなが頭上の藤花を愛で始めた。いい気なもんだと思いながら、一仕事終えた一郎は、正子が帰ってきたら乳母車の使い方をちゃんと教えてもらおうと考えていた。結局、餃子もゴマ団子も一つも残らなかった。

2020年7月17日公開

© 2020 大猫

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"藤と乳母車"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2020-07-24 12:33

    情景がありありと浮かびます。配達が三度にわかれてくる展開に妙味を感じました。
    ラスト、みんなが藤花を愛でるなか、こっそり藤子を眺める一郎の姿が想像されます。

  • 投稿者 | 2020-07-24 15:16

    食べ残しがなくお開きになっているところから、食前にはいろいろとゴタゴタがありながらも、藤見の会は楽しく盛り上がったんだろうなあと思いました。「花より団子」が如実にコミカルに描かれているなあと思いました。

  • 投稿者 | 2020-07-25 05:28

    時代に取り残された老人を面白がるだけの話かと思いきやきちんと「人生」を歩んできた高齢者たちの群像劇になっているのがいい。一郎の思いは遂げられるのか、気になる。

  • 投稿者 | 2020-07-25 15:20

    短いお話の中に結構な数の登場人物が出てきますが、それでも一人ひとりの存在感がきちんとあるのが上手いなと思いました。そんな彼らの勘違いや間違いも納得感のあるものとして読むことができ、とても面白かったです。

  • 投稿者 | 2020-07-26 15:36

    テンポもよくとても面白かったです。老人が生き生きと描かれていると何だか元気が出ますね。

  • 投稿者 | 2020-07-26 18:39

    大した事件が起こるわけでもない老人たちのわちゃわちゃが読んでいて心地よい。「今世間を騒がせている流行病は老人に容赦ない」という認識があることから、平時であればもっとたくさん参加者がいたのかもしれない。だが、特に不参加のメンバーを老人たちが寂しがる様子もなく、新型コロナに対する不安が藤見の会に暗い影を落とすわけでもない。私は毒気がもっとあってもいいのにと思ったが、あえて闇を描くことを避けているのだと判断した。

  • 投稿者 | 2020-07-26 18:55

    登場人物と頼む料理一覧が出てきてミステリ者としてぐっと引きこまれました。日常の謎的な問題を説明臭い文章にするのではなく読ませる筆力はさすがだなと思いました。次回は一郎が自分で乳母車を頼むのかしら。そしたら今回の騒ぎどころではなくなりそうな気がします笑

  • 投稿者 | 2020-07-26 22:49

    なにもかもがリアルすぎる。早く引っ越して町内会抜けたい。

  • 投稿者 | 2020-07-27 00:31

    エリア外住みでUber EATS使ったことないんですが、とてもリアルに感じました。自分が初めてUber EATS使ってもこんな風にてんやわんやしそうだなとありありと目に浮かびます。
    また、少ない文章の中に多くの人が出てきますが、きちんと書き分けできていて羨ましいです。

  • 投稿者 | 2020-07-27 08:37

    「花より団子」然としたローカル・コミュニティの何気ない日常を描いている。テンポが良く小気味良い読了感。
    ウーバーイーツというタイムリーなお題に対して、資本主義論的に壮大過ぎたり重過ぎたりしがちなテーマにはせず、地域や老人に対する温かい眼差しを描写している。否、その眼差しこそが、ウーバーイーツに対する(舶来に対する日本流儀の)アンチテーゼなのかもしれないけれども。

  • 編集者 | 2020-07-27 16:36

    コロナ以後ますますUberへの視線は乾燥化している(必要悪、風景、インフラ化等々)が、始めて頼む者にとっては緊張だろうし、催しと食べ物を心待ちにしている者がいる、ということには変わらない。日常の風景が心地よい。

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