でぶでよろよろの太陽 (2章 の3)

でぶでよろよろの太陽(第6話)

勒野宇流

小説

2,167文字

   (2章の3)
 
 
 汗ばんだ手で、別の菓子を袋から取り出す。駄菓子の入っている袋はすべすべの薄い紙で、口の部分が細かくギザギザになっている。その袋から取り出した菓子は、ビニールのチューブが五本セットになったものだ。タバコほどの筒の中には白くて得体の知れないものが詰まっている。ハッカのラムネ、というようなもの。
 
 わたしは筒の半分くらいのところを噛み、口から出ている半分を手で引っ張る。前歯に遮られた内容物はビニールから絞り出され、舌の上に残る。反対側を持ち、同じことをする。これできれいに一本、中身が出た。子どもの頃はけっこう力を使う重労働だったが、大人になってしまうとなんてことない。
 
 ビニールの筒は5色だが、中身は白一色だ。わたしはにちゃにちゃと、その白いハッカ状の、得体の知れないお菓子を味わう。味そのものではなく、思い出を味わっているのだ。
 
 2本食べると飽きてしまい、あとは袋に戻して背広のポケットに入れた。駄菓子のくどい味が口の中に残っている。子どもの頃には大層なご馳走だったが、今では妙に味のとんがった、奇妙な食べ物でしかない。味覚というものは20歳までに形成されると言うが、それはどうだろうとわたしは思う。あんなに大好きで毎日菓子類を食べたのに、大人になったらすっかり甘いものから遠ざかってしまった。特段苦手というわけではないのだが、買ってまで食いたい気にならないのだ。一人暮らしで、付き合いで食べることもなかった。食べたいものだけを選り好みして食べてきたので、気の向かない甘味というものは無縁だったのだ。
 
わたしは袋を取り出し、駄菓子をポケットに移すと紙袋に口を付け、空気を入れて膨らませた。そして胸元に持ってきて手ではたいた。紙袋は大きな音を発して割れ、わたしはその行為に懐かしさを覚えた。こんなことをすると、大人からよく怒られたものだ。
 
 わたしはこうやって、長く歩き続けていることに違和感を持つ。健脚を味わうなど、本当に久しぶりのことだったからだ。
 
 未舗装ではあっても砂利道ではない。土が踏み固められた道だ。雨が降ればぬかるんで面倒だが、乾いていれば舗装路と同じようなものだ。それでもどこからか、また革靴に小石が入り込んだ。足の裏に尖った痛みを感じたわたしは片足飛びになる。暗いところにもってきて、俊敏さとは無縁なわたしのこと、とても長く片足で立っていることなどできない。手近な電柱に片手を付いて、脱いだ靴を逆さにトントンと電柱にぶつける。
 
「さて、と」
 
 わたしは分かれ道を温泉場へと向かう。どこに行く目的もないが、とにかく足を交互に動かし続ける。久々のことなので、両足にまとわり付く疲労感が気持ちいい。
 
 ヘッドライトの光を上下させながら、乗用車が横を通り過ぎてゆく。なんとも古い型の車。スプリングが悪いのだろう、アトラクションの乗り物かのようにガクンガクンと揺れている。わたしは子どもの頃、車酔いに悩まされたことを思い出した。自分だけではない。どの子どもだって長距離の外出は悩まされたものだ。たしかにこれほどの揺れでは酔っても仕方がないと、車のテールライトを見ながら思った。
 
 しかし車はわたしを追い越すとすぐ、道の端に停まってしまった。ドライバーが降りて、ボンネットを開けて中を覗き込んでいる。
 
 どうしたのかと尋ねる。ドライバーは眉を寄せてしかめ面を作った。
 
「まいったなぁ、エンコしちゃったよ」
 
 運転手は腰に手をあてて呟くように言う。「エンコか、懐かしい言葉だな」
 
 わたしの呟きにも運転手は言葉を返さず、やれやれといった表情で白い煙を吐くエンジンを見つめている。
 
 本当に懐かしい。わたしが生まれて間もない頃の諸々が、次々現れる。まるで夢の中じゃないかと、わたしは車にそっと掌を充てる。そこには、太陽の熱を受けた温かみがじんわりと感じられた。現実味のある温もりだ。
 
 先ほどは山道で、パンクした車も見かけた。ごろた石が転がる道ではパンクだって頻繁にしようというものだし、またタイヤが細くて粗悪だった。
 
 ふんわりと、夕飯のいい匂いが漂ってくる。通りに面した平屋の窓が開いていて、子どもが、早く花火をやろうと母親をせっついている。しかし母親は外を見て、まだ完全に暗くなってないと子どもをいなす。
  
 そんな母子のやりとりを見て、小さい頃を思い出した。花火が大好きで、夏になると毎日のように親にせがんだ。買い置きの花火がなくなると不安になるくらい、好きだった。当時の花火に過激さは薄く、スーパーで売っている、セットになった棒の花火が中心だった。
 
 いつも最後に二本残し、それを両手で一本ずつ持つと、父親と母親に同時に火をつけてもらった。そして豪勢に左右両方で火花が散るのを見るのが、当時の至福の時間だった。
 
 わたしはそれを思いだした。虫の声に火薬の匂い。あのときのバケツまで色カタチを覚えている。せっかくこんなにも懐かしい風景を歩いているのだから、ぜひともそれを再現してみたい。でも、それをやろうにも、父親もいなければ母親もいなかった。記憶の中の豪勢な花火は、今はもう現実不可能だった。
 
 
 

2017年12月4日公開

作品集『でぶでよろよろの太陽』第6話 (全30話)

© 2017 勒野宇流

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