『源氏物語』を想起させられた。光源氏が幼い紫の上を誘拐し、趣味感性美意識すべて彼の理想通りに育て上げて妻とする。紫の上は源氏に相応しいパートナーとして無二の存在となったがために、死別時、源氏は人生そのものが奪い去られたような悲哀を味わう。
「王」と「姫」は現実世界とは別に築かれた虚構の世界だった。でも「姫」にとってはまぎれもない現実であり、「王」は世界のすべてだった。方便で虚構世界を築いた「王」もいつしかその世界に耽溺していた。一方では自分を破滅させかねない厄介者と憎みながらも「姫」を心から愛していた。二人は年齢性別血縁その他もろもろの制度法律等の約束ごとから超越しており、魂レベルでしっかりと結ばれている。
元の世界に強制的に戻された「姫」は俗悪醜悪な現実をいつまでも受け入れらない。「王」と過ごした日々の純粋培養された「美」が細胞レベルにまで沁みとおっているからだ。「王」の方の後日談は出ていないが、半身を切り取られたような思いでいるに違いない。だからこそ正体がばれるリスクを冒して『デミアン』を贈ったりする。
この二人は再会すると思う。少なくとも「姫」の方は再会する理由がある。自分の幼児時代を共に過ごした人の本当の姿を見、何のために虚構の王国を築き上げたのか質さなければならない。「王」の方は再会することイコール身の破滅であるが、かつての「姫」の成長ぶりを見たい気持ちもあるはずだ。
物語の展開を予想する。
誘拐犯の正体が突き止められて、大木怜は警察と共に山荘へ向かう。そこで「王」と「姫」が再会する。原口孝夫も警察に嗅ぎつけられたことに感づいており、スイッチを押すとガソリンが炎上する仕掛けを山荘に作っておく。
原口孝夫は警察に山荘から退去するよう強く促しつつ、その際、ひとまとめの原稿を怜に渡す。それは「姫」の成長を詳細克明に描写した記録だった。怜は燃え始めた山荘へ駆け戻ろうとするが周囲に止められる。「ワルプルギスの夜」、篝火を焚いて悪魔を追い払う。「王」が悪魔なら「姫」も悪魔。でも「王」は神でもあった。「姫」は神を今度こそ失って、一人で生きて行かなければならない。そうして大木怜は言葉を紡ぐ職業、作家となる決意をする。
タイトルの「光と闇」以外にもいろいろな対立項がある。神と悪魔、善と悪、愛と憎しみ、虚構と現実、美と醜、生と死、明と暗、盲目と晴眼、内と外、男と女、高尚と俗悪……これらを一人の人間の中で展開させた手法は見事だったと思う。それにしても幼児誘拐を「ついやってしまった」という原口孝夫の内面にもう少し迫ってほしかった。残りの一章に期待する。
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