病院で目を覚ました――いや、「目を覚ます」という表現は間違いだ。多様な毒物の匂いが渾然と混じり合った中、泥の中から掬い上げるようにして、意識だけを取り出した――そんな印象だった。依然として、暗闇は続いていた。目の周りに鈍重な感覚があり、開いているのか、閉じているのか、区別すらつかなかった。次第にそれが恐ろしくなった。やがて、身体が震えるような低音が聞こえてきて、わらにもすがる思いでそれに聞き入ったが、よくよく聞けば、それは私自身の発するうなり声だった。それがますます私を怯えさせた。
「ちょっと、起きたの?」
私は声のした方へ顔を向けた。すると、「ねえ、起きてるの?」と再び聞こえる。私はしゃにむに頷いた。甲高い女の歓声が上がった。
「よかった、ちょっと待ってて、先生呼んでくる」
そういったきり、声の主はどこかへ行ってしまった。しばらくたって、複数の足音が聞こえ、誰かが私の肩に手をかけた。そして、ダンディな低い声が私の名を呼んだので、頷いて答えると、声の主は担当医だと名乗った。
「いいですか、落ち着いてください。あなたは目を怪我して、入院中です。ただ、安心していただきたいのは、目の状態はすぐによくなるということです。手術も済ませました。見えるようになりますよ」
それから、担当医は、怪我の状態を理路整然と説明した――私の左眼は重度の打撲傷で、多少水分が抜けている。右目は倒れた拍子に尖ったものにぶつけたのか、眼球に裂傷がある。どちらの目も、網膜などの重要な神経細胞は壊れていないので、安静にしていれば直る。眼球は意外と強い。手術はつつがなく終了し、あとは様子を見ることにする。
論理に照らされた明るい道が、私を少しだけ勇気付けた。だが、それもそう長くは続かず、すぐに不安が私を襲った。
「大丈夫、できるだけ側にいてあげるから。お父さんもたまに来るってよ」
声の主はミユキだった。私は彼女が本当にそこにいるのかどうか、確かめようと手を伸ばした。と、私の手はいくつかの細い温もりに包まれた。それはおそらく、ミユキの手だった。
父は、刑事と名乗る男の集団(と思われる足音)を伴って訪れた。刑事達は、そもそも入院することになったきっかけを聞きたいという。マサキのことを警察に言ったものかどうか、悩んだ。しかし、真実を告げた場合に生じるわずらわしさが、私に嘘をつかせた。
「若い男が、浮浪者を暴行してたんです。それを止めに入ったら、なぜか私が浮浪者に殴られまして」
刑事達は沈黙した。それから、ひそひそと何かを話し合い、本格的な尋問を始めた。私はマサキの外見的特徴――モグラのような目、枯れ木のような身体、季節感のない服装――を告げた。刑事達は他にも熱心に質問を繰り返したが、私は詳しいことはわからないと言った。
「もうちょっと具合が良くなったら協力しますから」
父がそう言うと、刑事達は初動捜査の重要性について訴えた。しかし、父の意思は堅く、刑事達の声はすぐに聞こえなくなった。
なんでも、私が病院に運ばれたのは、匿名の通報が入ったかららしかった。私は雑居ビルの脇に倒れていて、脳震盪を起こしていた。すぐにミユキに連絡が入った。ミユキはどうやって調べたのか、私の実家の父に連絡を取った。父は仕事の合間を縫って私の見舞いに訪れた。私の知らない間に、色々なことが少しずつ進行していた。
「もしかしたら、右目は元通り見えるようにならないかもしれないって」
ややあって、ミユキは私の頭を撫でながら、そう告げた。特に驚きはしなかった。右目にのしかかる重力は、左眼のものよりもずっと凝縮されていたから。
「まあ、そういうこともあるかなとは思ってた」
ミユキは何も答えなかった。私はたぶん、彼女が泣いているのだろうと思った。しかし、すすり泣きの声も聞こえない。涙を流していれば、頬が濡れているだろうと手を伸ばしても、その手はミユキに別の場所へと促され、頬に触れることはできなかった。手の甲に唇の柔らかさと、吐息の熱が伝わった。
「目の包帯が外れるのは、一週間ほど先になりますよ」
ある朝、医者が言った。私にはそれがどのくらい先のことなのか、よくわからなかった。暗闇の中で過ごす一日はとても長い。一週間となると、絶望的な長さだ。私はミユキにずっと一緒にいてくれないかと頼んだ。
「ずっとは無理だけど、できる限り来るようにする。仕事はあとで片付ければいいもん。キミの不安は後回しにできないもんね」
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