作 ペニー・レイン
イエス・キリストの使徒であるイスカリオテのユダは、師を十字架にかける発端になった男として、裏切り者の代名詞となっています。新約聖書にはイエスの足跡について書いた福音書が四つありますが、そのどれにも、ユダは金銭の誘惑に負けた弱い男として描かれています。
しかし、ある異本によると、ユダはまったく違った姿で描かれているのです。
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イスカリオテというのは、いまでこそ失われた地名ですが、現在のマケドニアのあたりにあったと伝えられます。ローマ帝国の文化も及ばず、火と樹木を崇拝する素朴な土地柄でした。
ユダは大工の息子として生を受けましたが、その土地の神童でした。好奇心旺盛で物覚えが良く、文盲ではありましたが、一度聞いた話は忘れませんでした。周囲の大人たちは彼に期待し、将来を楽しみにしていました。ユダはその期待を敏感に感じ取り、熱心に知識を増やしていきました。
長じて、ユダはほっそりとした知的な青年に育ちました。ヒゲを伸ばすと、神々しいような趣さえありました。周囲百里を見渡しても、彼に匹敵する知性はありませんでした。
そんな素晴らしい青年が田舎のつまらない村でくすぶっているわけにいかないのは、世の常です。ある日、彼は村を飛び出して、都市へ向かいました。はるか海の向こう側、二つの大河に挟まれた大いなるバビロンです。
バビロンにはあらゆるものが揃っていました。めくるめく歓楽、東西の品が集まる市、学徒たちが激論を交わすアカデメイア……。その都市には彼の野心を満たすためのすべてが揃っていました。
とはいえ、田舎から出てきた者の例に漏れず、彼もまた、大都市というもの苛烈さにくじけました。学においても、商才においても、人望においても、容姿においても、彼より優れた人間は砂漠の砂粒ほどもいたのです。ユダは少しずつ自信を失い、なんの目標も持たず、自堕落な日々を送るようになりました。
都落ちをし、さりとて自分の生まれ育った土地へ帰るのも体裁が悪く、ユダは諸国を遍歴しました。そして、何年もたった頃、ガダラ人の住む土地へさしかかりました。そこの賭博場を訪れた彼は、とある奇跡の噂を聞いたのです。
なんでも、この町を通りかかった聖者が、人々に憑依した悪魔を追い出して豚に乗り移らせ、退治してしまったというのです。
「それはいったい、なんという方だね?」
ユダは博徒の一人に尋ねました。
「なんでも、イエスと仰る方らしい。各地で奇跡を起こし、大変な人気だそうだ」
「ほお、その方はどこから来られたのだ?」
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