人口倍増計画 漆黒笑商店店主:漆黒笑光一
毎年進む某国の人口減少傾向に歯止めをかけるべく
有識者による人口倍増計画が開かれた
当日、名だたる有識者の名前が書かれた札が机の上に置かれていたのだが
その末席に「神託酒仙人 井戸野神人(いどのかみと)」という不思議な札があった
有識者会議が開かれる直前になって
それだけで仙人と言えるあごひげを生やし白髪三千丈の翁が現れ席に座った
会議は白熱したがその翁は一言も喋らなかったので座長が発言を求めたところ
そのような問題は「あいうえお歌で全て解決するんじゃが」と一言
座長が不思議がってそれは何ですかというと
本人曰く題目「井戸身投げ人の歌」というあいうえお歌をいきなり唄い出した
ある日の朝早く
井戸の底の水死体が
うめき声をあげながら目覚め
えらい勢いで井戸の底から上がってきて
お天道様の日差しを受けて光を思い出し
柿の木の熟した実を頬張って甘味を思い出し
気持ち悪いですか、と背中にと書かれたハッピを身にまとい
車を拾って乗せてもらい
痙攣が体中に始まって止まらなくなったので
交番の前で降りて道を尋ね
さすらい人となって歩き回り
死人のふりをして人で賑わう公園を通り過ぎ
スミレの花を摘んで口にくわえ
銭湯を見つけて暖簾をくぐり
空の見える窓越しの湯船につかり
タンポポの咲いた野原を思い出し
ちぃっとばかり早まったかな、と呟きながら
爪の先が溶け出すのを見つめ
手がふやけていくのを感じながら
透明なお湯の底に沈んでいった
しかしそれでは結局のところ現れた人は風呂の底に沈んで人口は増えないのでは、
と座長は唖然として問いただすと
本人曰く「まだあいうえお歌の中の「た」行までしか唄っていないではないか
「間抜けな井戸身投げ人の歌」を続けるからよく聞くように」と言い、
続きを始めた
何事もなかったかのようになった銭湯にふらりと来た暇人が湯船に漬かろうとし、
人間の顔のようなものをお湯の底に見たと同時に
ぬめっとした感触を足の裏の隅々まで感じた
寝耳に水だな、近頃は銭湯の浴槽が棺桶とは、と呟きながら
呪われたように微笑むお湯の底の顔の皮を剥いだ
剥いだ皮を自分の顔にかぶせ
一風呂浴びなおして
普段着に着替え
変な人と思われないように身づくろいを終え
細い小路を歩き出した
山田屋という呉服店を見つけて店内に入り込み
幽霊の恰好に衣(ころも)替えし
夜の帳の街に出た
ラジオ街と昔呼ばれた秋葉原を通ったが
隣人達は何も気がつかず通り過ぎていった
ルビーの玉の義眼をした売り子がいる土産屋を見つけ
霊魂をしこたま買い付けザルに入れ
蝋人形館に行って一つずつ蝋人形に与え一息入れた後
渡し船を探しこれに乗って岸から離れ
おさらばだなと川に身を投げ
んーと深い川底に「またやっちまったか」と呟きながら沈んでいった
そしてその翁は最後に「今じゃ街のあちこちに井戸があるからたえず沢山現れて
輪廻を超越速度で繰り返すので、
消え去る前に続々と新しい井戸身投げ人が現れて
町中奴らだらけになって問題解決じゃ」
つまりだ、奴らは冥界で蠢いている友達も連れてくるかもしれない、ということだ
と締めくくった
座長は呆れて、それは分るんですけど、と溜息と共に呟き
そもそもあなたは手元にある有識者会議の参加者一覧表に載っていないのでは
と問質すと、座長と共に残りの有識者が卓上の参加者リストに目を落とした
確かに載っていないことを皆が確認して再び目を上げると
その神託酒仙人の座っていた席には誰もおらず
机の上には一輪の花が細長い花瓶から伸びて皆をじっと見つめていた
※作者コメント
(1)あいうえお詩を作っていて作り終えたら「ま行」を作り忘れているのに気がつきました。それで自分の間抜けぶりに呆れて後半は「間抜けな…の詩」としてごまかしました。
(2)銭湯で先客の顔を貼り付ける描写ありますが、物足りない方は古の面打師による秀逸な能面「蛙(かわず)」をネットで調べてご鑑賞下さい、その作成過程も含めてかなりの幽玄美(不気味度満点)の世界に浸れます。
(夢に出てきてふわふわ浮いているかも…)
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