【4部作】無言の叫び~渡海小波津は死にました~拝啓~遺書

渡海 小波津

小説

5,683文字

1+3部構成からなる現在の私へ至る小説そして死

遺書

 

はじめに、若いのになどという勝手な価値観による憐みはよしていただきたいとお願い申し上げます。

また、なぜということに対する明確な返答も私にはすることができません。皆様は言語の限界に対して疑問など持ち得ていないかのように使っていらっしゃるよ うですが、例を挙げますと南国の人と北国の人の寒いが違うように、また高地に住む人の寒いが違うように、寒いという言葉すら言葉を変え、加えたところで 解ったようにして解ろうとしないでしょう。いや、解ったと思っているからこそあなたは解っているのでしょうが、そういった思い込みが脳内で起こっていよう がいまいが、解ったと思っているのでしょう。あくまで理解したと思っているあなたが存在するだけで、実感を正確に言語に落とし込むことが話者にできたの か、それを受け取る側が正しく理解できたのか、双方の間には様々な障害があるのではないでしょうか。

少女という言葉を使うとき何をもって判断し ましょう。容姿、実年齢、精神の成熟さ、神聖さ、無知さ加減、肉体の成熟。これらの一つを指して一意的に少女という言葉を使うわけではないでしょう。文脈 に左右されてこれらの表出具合が変化し少女の指す意味を理解しているはずです。ここでもまた話者と受け手の間に差が生じかねないことは前述した通りです。

それでもなお、同じ言語を共有しているということを疑わずに使っているのはないでしょうか。かつてこんなことを言われたことがありました。

「言っ て違っていたなら訂正すればいい」と。私は訂正すれば言ったことが真に訂正されるとは考えていません。訂正した事実や前後の発言の変化に対する評価がされ ることは間違いないからです。「はじめまして、私は前科持ちです。……いえ、やっぱりありません」と言われたら前科の話題をまったく出さない場合と同じ心 境でいられるのでしょうか。そこに引っかかりが生じないと言えるのでしょうか。訂正すれば済まされるなどとは考えていません。それが可能なら私の苦しみの 半分は謝罪の言葉によって消されていなければならないのです。それがされないのは経験してきた事実がそこにあるからです。

言語が万能であるよう に感じていたのでしたら即刻その思い込みを疑うことから始めていただきたく願います。そして、この限界によって私の知るところでない私のことに関すること を含め、私の来歴のすべてを伝えることは不可能であるという理由から、明確な返答はできないということを説明させていただきます。

わかる範囲で 話せばなどという意見のないように言っておきますと、わかる範囲の裏にわからない作用が働いていることを考慮していますか。椅子に座る子どもが椅子と自分 の尻の間に手を挟んでいたとして、親は行儀が悪いからよしなさいと注意したとしましょう。意識しているうちはやめるでしょうが、無意識にまたそうしてしま う。また注意する。この繰り返しにあなたは苛立ち、なぜわからないのかと感情的になるかもしれません。けれど室温を上げるなり、子どもの椅子を扉の前から 変えてあげれば治まるという可能性に気付かないから苛立つわけです。結局あなたが苛立つ理由が子どもにあると思い込んでいるわけですが、問題をうまく解決 できないことの方に原因があったのではないでしょうか。そこをこの子は人の言うことを聞けない子だと人に漏らせば、万事そうなのだろうと思われかねませ ん。

わかる範囲で話すことにはたいして意味がない場合があります。もしくはかえって誤解を生みかねないことがあります。だからわかる範囲などという言葉自体がそもそも使われるべきものではないと言えるのではないでしょうか。

若いのにとはじめに書きましたが、若いという言葉もすでに説明しました通りに言葉の意味範囲が個々人や状況で異なりましょう。肉体的若さ、精神的若さ、熱 意や欲求、思考、様々な面から老若と表現できるかもしれません。強いてあげるなら私の若さとは平均寿命から比べた年齢という点においてのみなのかもしれま せん。それ以外についてどう老いているのかを説明することはやはり難しく思うのですが、短絡的に人は若いのにと思い口にするのでしょう。

 

では、個人の考えや価値観、物事の捉え方と世間のそれが同等でないことの説明をしましたところで本題に入らせていただきます。

まず葬儀など私周りの面倒事は親族の意向による方法、もしくは手間と費用の掛からない方法で処理していただければ幸いです。私物は売るなり捨てるなりして ください。葬儀もとりわけ行わなくて構いません。信仰に厚いわけでも儀式としての演出事を望むわけでもありませんのでこれに関しては親族に委ねます。次に わずかばかりではありますが、相続においては親兄妹へ法に基づいた分配がなされればと思います。思いますが、仮に久しく連絡を取っていない父が死んでいた 場合、音信不通のまま生死の確認すらとれていない妹へ相続権が移るのでしょう。つきましては父がという仮定のもとではありますが、その場合のすべての面倒 事は連絡すらよこさない妹への細やかな嫌がらせとして押し付けてしまいたいと考えております。土地や家屋、その他のことはすべて任せますからには、放棄す るなり棚ぼただと喜ぶなりしてもらえたらいいのではないでしょうか。

私の家族は不健全な家族だったのでしょう。父も母もよくいる一般的な人だと 思います。ただ人が集まれば社会性が生まれます。それが小さいほど個々の影響が濃く出るものです。そこで起こる問題に理解しているようで理解していないと いうことが諸々起こっていたのでしょう。PTSDだADだなどといったことはご存知の方そうでない方いるかと思いますので、いつも皆様が他人に対してあな たはこういう人物だと決めるくらいに私を理解してもらえばよいでしょう。そういった問題を解決していった結果私という人間ができ、私の家庭という不健全な 家族ができあがったのではないでしょうか。

このような皆様の知っている家族という状態ではありませんでしたから外からそれを捉えて、不憫だ悪運 だなどと思われるのでしたらそれもお得意の理解しているつもりとお考えください。あなたの家族が健全と、あなたの社会が健全と、思想が、教育が、知識が、 決定が、根拠が、論理が、感性が。

 

もしかすると私が何を言いたいのかまだ理解したつもりでいる方があるかもしれませんので、念には念を 入れてもう一度述べておきます。あなたの理解は真の理解なのでしょうか。私という人間についてや育った環境、死んだ年齢などについて当人以外が口にするこ と自体無意味なことなのです。当人が言語化することすら意味がないかもしれないほどなのですから。あなた方は唯坦々と処理をしそれに関してのみ億劫がれる のです。ご迷惑をおかけします。この遺書を発見していただけたこと深く感謝します。諸々、宜敷お願い致します。

 

渡海 小波津

2015年3月26日公開

© 2015 渡海 小波津

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"【4部作】無言の叫び~渡海小波津は死にました~拝啓~遺書"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2015-05-11 00:38

    優れているとか秀でているとか、こういう時に使う言葉なんだなあと気づかされました。

    • 投稿者 | 2015-05-11 08:32

      お褒めの言葉ありがとうございます。
      書くということは生であり死であり、また人生そのものの投射なのかもしれないと、そんなことを思いながら書いたしだいです。
      ありがとうございました。

      著者
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