茄子

渡海 小波津

小説

1,713文字

このおたんこ茄子なんて言わないでください

茄子

べたつく蒸し暑さにギラギラした太陽。その下は一面の畑。葉を大きく広げ陽光を一身に浴びています。その陰にこっそりと見え隠れしていたのは丸く伸びた漆黒に輝く茄子でした。
まだ花弁のついた小さいものもあれば、ほどよく熟れてきたものもあります。みなそれぞれが葉の下で小さく息をひそめていました。なぜ息をひそめているのでしょう。
日はさらに高くなり気温もまだまだ上がるようです。葉の陰から見える茄子たちも汗をかいたように照っています。そのとき太陽を黒い影が横切りました。風はぴたりと止み、先ほどまで騒いでいた蝉の鳴き声もどこか遠くに聞こえます。大きな黒い影が葉の上すれすれを過ぎります。風が葉を揺らすとその黒い塊は隠れた茄子を鋭いくちばしで突き刺しました。その実は食いちぎられ、上半分を残したままばらばらに。飛んできたのは大きなカラスでした。虹色に光る黒い羽をしたカラスは熟れた茄子を突いて割り中身のやわらかいところだけをついばむと、すぐ隣にぶら下がっている茄子も突いて割ってしまいました。カラスは二、三個大きな茄子を割ると、満足したのか翼を大きく広げどこかへと飛んで行ってしまいました。また蝉が大きな声で鳴いています。風は小さく葉を揺らしています。畑の上には粉々の茄子が三つ分。蟻が近くを通り過ぎます。
大きくなると茄子も臆病になるようです。しかしそれは仕方のないことでしょう。カラスに襲われるからばかりではありません。大きくなった茄子は形の良いものから人の手によってもぎ取られていきます。もがれた茄子は畑には戻ってきません。だからその後どうなってしまうのか他の茄子たちは知りません。知らないことは想像するしかできません。それでも茄子は怖いから想像をしないようにしていました。
小さい茄子は比較的安心して暮らしていました。蟻が上ってきても噛まれませんし、鳥に突かれることもほとんどありません。ただ一つ心配があるとすれば日当たりが悪くなることです。一日中日に当たることのできない茄子は他のものより色が薄い紫色になってしまいます。そればかりか周りの木が自分のものよりも高いと大きくなるための栄養も足りなくなってしまい、いつまで経っても日に当たることができません。最初は丸々していた茄子の子はしだいにしわしわに細くなって伸びきってしまいます。茄子は栄養が足らなければ死んでしまうのです。そうした茄子はちょきんと切られてしまいます。そのそばの日に当たらない小茄子たちも、ちょきん、ちょきん。近くで運よく残された茄子も、切られた茄子の分まで大きくなるとちょきん。どこかへと連れて行かれてしまいました。
どの茄子も大きくなりたいけれど、まっすぐ伸びたいけれど、人の手を恐れて思うように大きくなれないでいました。小さな茄子もまた臆病なのですね。
そんな茄子たちの畑の隅に、摘まれず、食われずに大きくなりすぎてパックリ割れた茄子がありました。その茄子の陰に見えるのはまだ小さな青い茄子。割れた茄子に隠れるようにそれもまたひっそりとぶら下がっていました。
いくつかの夕立を浴び、太陽の頭上を通り過ぎるのを見ていると、蝉よりも夜の虫が多く鳴くようになってきました。八月も終わり九月になったのでしょう。パックリ割れたあの茄子も夕陽のように大地へ向かって落っこちてしまいました。
青かった小茄子は今では立派な漆黒色に輝いて、やや曲がった重量感ある形になりました。茂っていた葉はところどころ枯れはじめ陽当たりもだいぶよくなっています。隣の胡瓜の支柱だけになったのまでよく見えるほどで茄子は隅に残ったそれの他にはありません。空は高く畑の広いこと。隠れる物などありません。黒々と光る茄子はいつカラスに突かれても、人の手にもがれてもおかしくはなかったのでした。
秋茄子がひとつ、秋風に揺れています。
西には淡い太陽、東は黄色みを増していく長い月。ススキの薫りを感じる風が茄子をすり抜けていきます。小夜も深け夜虫の声も高く鳴り茄子に夜露の降りる頃、ただ皓々と畑は照らし出されていました。皺いっぱいの茄子のぼとりと種のこぼれる音だけがするようです。

 

2014年11月18日公開

© 2014 渡海 小波津

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