駅舎にて

諏訪靖彦

小説

1,210文字

2022年5月破滅派合評会不参加作品、お題は「ソビエト連邦」。
(改稿作品です)

俺はタクシーから降りると、突き刺さるような日差しから逃げるために、急いで駅舎の中に入った。外の気温は四〇度を超えている。駅舎の中は幾分涼しいが、それでも三〇度は超えているだろう。切符を買う長い列の後ろに並びながら、額からにじみ出る汗をハンカチで拭う。この地域が温暖湿潤気候だとは聞いていたが、これほどまでに湿度が高く、体に纏わりつく不快な暑さとは思っていなかった。

俺はチケットオフィスの鷲鼻で不愛想な女から切符を買うと、すぐに列を離れて自動販売機に向いコーラを買った。ペットボトル入りのコーラを一気に半分ほど飲むと、幾分暑さが和らいだ。一息ついて腕時計に目を向ける。発車まで後一〇分。俺はペットボトルを手すりに置き、辺りを眺めた。

身なりの悪い大勢の人々が壁にもたれるように座っていた。旅行者ではない。駅舎の内側を黒く縁取りするかのように、目的を持たない人間たちが座っている。難民なのだろう。この国は難民を受け入れることに積極的だと聞いていたが、まっとうな教育を受けていない難民に出来る仕事は限られる。この駅舎は仕事のない難民たちの住処になっているようだ。

ぼんやりとその集団を眺めていると、中にいた五歳くらいの女の子と目が合った。母親らしき女が少女の背中を押す。すると少女はじっと俺の目を見つめながら近づいてきた。そして俺の目の前まで来て口を開いた。

「お兄ちゃん、あのね……」

「なにかな?」

「えっとねえ……」

そう言うと少女は俺の腰に抱き着いてきた。

「ん、どうしたの?」

少女は俺の腹に顔をうずめた後、顔を上げニッコリと微笑んだ。その笑顔がかわいらしく、俺はバサバサに傷んだ少女の金色の髪の毛を優し撫でる。すると少女の手が俺のズボンのポケットに入ってきた。例のアレだ。政府が発表している渡航先注意情報に載っていた子供を使ったスリの手口だ。

俺は少女の手を取り、その手をポケットの外に引き出した。そして人差し指を左右に振り、いけないことだと諭した。少女は俺の目をじっと見たあと、振り返り立ち去ろうとしたが、俺は少女の手を離さない。

「ちょっとまって、これはかわいい笑顔を見せてくれたお礼だよ」

俺は財布から小銭を取り出し、少女に手渡した。少女は驚いた顔を見せた後、わずかに口角を上げる。そして握った手を母親に向けながら戻っていった。

俺は平常心を取り戻すため先ほど買ったコーラに手を伸ばす。が、手すりには何も置かれていない。誰かが盗んでいったようだ。大きなため息をついたあと考える。外野に言われるがまま、無尽蔵に難民を受け入れた結果、こういった歪みが生まれた。難民とそうでない人の格差はいつまでたっても埋まらないし、この国は彼らを「難しい民」と呼称しレッテルを張り続けている。

腕時計に目を向ける。後五分で列車が到着する。俺はワッカナイ発ユジノサハリンスク行の切符を握りしめ、ホームへと向かった。

 

(了)

 

 

2022年5月23日公開

© 2022 諏訪靖彦

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