吹雪の山荘密室消失雪密室四肢切断の問題

破滅派第17号原稿募集「小説の速度」応募作品

諏訪靖彦

小説

20,322文字

吹雪の山荘で起こる密室殺人、屋根裏部屋に何者かの痕跡、雪密室、切断された四肢の問題、一癖も二癖もある社会人サークルのメンバーたち、ミステリのすべてが詰まった超高速ニュー本格ここに誕生。

出題編

 

 

探偵登場

降りすさぶ雪が区画割を示す白線を覆い隠し駐車位置の確認が出来ない。井出いでけいは恐らくこの位置だろうと当たりをつけ、バックモニターを確認しながらゆっくりと車をバックさせた。車止めにセンサーが反応し車内に警告音が鳴ると慌ててブレーキを踏む。井出はサイドブレーキを引いて両手でハンドルを抱え込んで首を落とす。そして小さなため息をついた。

「どうかしたのかい?」

助手席に座る安在あんざいみのるが言った。井出は安在と入院先の精神病院で知り合った。お互いミステリ小説が好きなのをきっかけに仲良くなり、退院してからもその関係は続いている。

「いや、何でもないよ」

「まさか聞こえてはいけないものが聞こえているわけじゃないよね?」

井出は俯いたまま口を動かす。

「退院してから幻聴は聞いていない。幻視も見ていない。ただ、少し緊張しているんだ。退院してから君以外とまともに話をしていないからね」

「ここまで来てしり込みしたのかい? 君は勇気を出してこの集まりに参加することにしたのだろ? こういうのは勢いが大切なんだ。さあ行こう、サークルのメンバーが待っているよ」

井出はハンドルから顔を上げカーナビのモニターに目を向ける。約束の時間を僅かに過ぎていた。

「ああ、そうだね、ここにいても何も変わらない」

井出はエンジンを切ったあと体を起こしてシートベルトを外す。運転席のドアを開けると寒さが足元から体幹を伝って駆け上って来るのを感じた。

 

 

退屈な登場人物紹介をなるはやで

大広間の中心に無垢材で作られた一辺二メートルほどある正方形のテーブルが置かれ、一辺に椅子が二脚二人ずつ並んで座っている。大広間の入り口から一番奥まった席に座る中年の男がテーブルを見渡して口を開いた。

「皆さんお集まりになられたので、自己紹介から始めましょう」

男の髪の毛は丁寧に七三に分けられ、もみあげから側頭部にかけて所々白いものが混じっている。男のとなりには金髪で小柄な女が座り、テーブルの端からにゅっと顔を出し男が話す様子を眺めていた。

「お足元の悪い中、こんな山奥までお越しいただきありがとうございます。私がこの集まりを企画した菱田ひしだです。この山荘の管理人をしています。と言ってもここは温泉地でもありませんしスキー場もない場所なので、この季節にお客さんは殆ど来ません。週に一度、食糧を買い出しに行くとき以外は山荘に閉じこもっています。ですから今日、皆さんとお会いできるのを楽しみにしていました」

そう言ってから菱田は駐車場に面した掃き出し窓に目を向けた。菱田の右隣に座る井出も菱田の視線につられて窓に目を向ける。叩きつける雪によって窓枠がガタガタと音を立てていた。

「この天気なので今日は外に出ることは出来ませんが、大広間にはオーディオセットがありますし、大広間の向かい側、玄関ホール先のラウンジには皆さんがお好きな奇術の本をとりそろえた書棚や道具を入れた棚があります。料理は、これは好みもあるので満足していただけるかわかりませんが、腕によりをかけてご用意させてもらいました。同じ趣味を持っている仲間同士、お酒や料理をつまみながら楽しく過ごせたら幸いです」

テーブルの上には大皿に盛られた肉料理やサラダ、酒のつまみに丁度良いディップなどが並び、各々がそれらの料理を小皿に取り分け口に運んでいる。

「菱田さんの料理、全部美味しいですよ。僕は好き嫌いがないので、何でも美味しく食べられます」

菱田の対面に座る小太りの男が笑いながら言った。男は薄くなった頭部を覆うように両サイドの髪の毛を整髪料で前頭部から頭頂部にかけて撫で付けている。いや、整髪料ではなく皮脂かもしれない。いずれにしても風が吹けば捲れ上がってしまうだろう。

「それは良かった、羽毛田はけたさんのように好き嫌いがない方だと助かります」

菱田は羽毛田に笑みを返したあと、菱田の隣に座る金髪の女に目を向けた。

「彼女はアンナです。見ての通り外国人ですが、日本語は話せるので安心してください」

皆の視線がアンナに向けられる。アンナはすっと背を伸ばし、くりくりした大きく青い目をゆっくりと左右に動かすと、顔に対して幾分小さな口を開いた。

「アンナです。よろしくお願いします」

「アンナさんと菱田さんはどこで知り合ったんですか?」

菱田の左隣に座る女はショートボブの間から覗く度の強い赤いオーバル眼鏡越しに興味深げにアンナを見つめて言った。アンナは女に目を向け「たしか赤嶺あかみねさんとおっしゃいましたよね?」と聞くと女は「ええ」と頷いた。アンナは赤嶺に微笑みかけてから話し始める。

「菱田とは一〇年ほど前にチェコのプラハにあるお店で知り合いました。当時、私はその店に勤めていたのですが、あるとき、ふと外を見ると、擦り切れたジーンズにしわくちゃのTシャツを着た東洋人が店の中を覗いていたんです。私の勤めていた店は歴史ある店で旅行者の方も訪れますが、バックパッカーがふらりと立ち寄れるような店ではありません。その東洋人も外から見るだけで店の中には入ってこないだろうと思っていたら、私と目が合うと、私を見据えたまま店の中に入ってきたのです。そして、つかつかと私の前まで歩いて来て、いきなりこう言いました」

アンナはそこで言葉を区切ると菱田を見上げた。バトンを受け取った菱田がアンナに代わって答える。

「あなたを日本に連れて帰りたい」

赤嶺の隣に座る髪を青く染めた男が首を突き出し口笛を吹いた。その反動で幾重にも巻かれたチョーカーに付属した金属製のアクセサリが擦れ合いチャリチャリと音を立てる。

「一目惚れでした。数ヶ月かけてヨーロッパを回るつもりで節約しながら旅を続けていましたが、彼女を見たら先のことなど考えられなくなってしまいました。今まで一泊千円程度の安宿やユースホステルに泊まっていたのに、アンナの勤める店の前にあった一泊一万円以上する観光ホテルを定宿にして毎日アンナのもとに通い続けました。アンナは看板娘でしたから、最初は店のオーナーもいい顔をしませんでしたが、何度も通っているうちに私を認めてくれるようになりました。もちろん、アンナも私のことを気に入ってくれていたようです」

「いやあ、カッコいいっすね」

髪を青く染めた男が言った。菱田は照れ笑いを浮かべて言った。

「ええと、お名前はなんでしたっけ?」

「俺は蒼井あおいって言います。音楽をやってるけど、これが全然売れなくて……、バイトでもすればいいんだけど、こんな髪色でしょ? だからコンビニでも雇ってくれない。それで赤嶺の家にやっかいになってるんす。世間ではそれをヒモって言うらしいけど、まあ、そんな感じだよな?」

蒼井に話を振られて赤嶺が菱田に言う。

「ええ、そんな感じです」

「そうですか。赤嶺さんは何のお仕事をされているんですか?」

「私は医療機関で働いています」

「医療関係だとお仕事大変でしょう。今日来ていただいてよかったんですか? お医者さんの休みはあってないようなものだと聞きますから」

菱田の質問に赤嶺はすぐに言葉を返した。

「いえ、医師や看護師ではなく医療事務です。定時出勤定時退社、有休もある程度好きに取れます」

「貴重なお休みを使って無理して来られたのではないかと心配しました」

「いえいえ、忙しかったとしても今日は絶対に来ていました。なかなか同じ趣味の方とお会いする機会はないですからね。ただ、勘違いしている方もいらっしゃるみたいで……」

赤嶺は目を細め羽毛田を見た。羽毛田はなぜ赤嶺に睨まれたのか理解できずに一瞬目を泳がせたが、次は自分の番だと合図を送られたとのだと解釈したようで、赤嶺に笑いかけてから立ち上がった。赤嶺はあからさまに嫌な顔をして羽毛田から目をそらす。

「僕は羽毛田と言います。職業は農家で、両親と一緒に米を作っています。そして隣に座っているのが……」

対面から菱田が羽毛田に声を掛けた。

「あの、羽毛田さん。別に立ち上がらなくてもいいですよ」

「ああ、そうですね。失礼しました」

羽毛田はポケットからハンカチを取り出して額の汗をぬぐう。そして椅子に座り直して話を続けた。

「隣に座っているのは幸子さちこです。僕の妻です。僕たちは旅行が趣味で暇さえあれば二人で出かけます。菱田さんが言われたプラハにも行きましたよ。カレル橋をバックに二人で記念撮影もしました。プラハ旧市街を歩くと、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだようでした」

羽毛田はテーブルの上に置かれた幸子の手を握った。椅子に座る幸子の頭の位置は羽毛田とそう変わらないが、顔の大きさは羽毛田より二回りほど小さい。眉上で揃えた栗色の髪の毛に同じく栗色の大きな瞳、低い鼻梁の下に慎ましいながらもふっくらと存在を主張する唇、一見すると十代にも見えるが、細い首の下に唐突に現れる巨大な胸が成熟した女性であることをアピールしている。

「お二人はどこで知り合ったんですか?」

菱田が幸子に向かって言う。しかし幸子の口はなかなか動かない。菱田が幸子の返事を持っている様子を見て取り羽毛田が言った。

「えっと、幸子は無口なので僕から説明します。幸子とは秋葉原のデパートで知り合いました。四階にいた幸子に僕が声を掛けて、意気投合して付き合うようになりました。それから二年ほど付き合って去年プロポーズして結婚しました。そうだよね、幸子」

そう言って羽毛田は幸子を見る。

「幸子さんが無口なのに何でこの集まりに参加したの?」

赤嶺が羽毛田に言った。羽毛田は不思議そうな顔で赤嶺を見る。

「だってそういう集まりですよね?」

「そういう集まり? あなた、何か勘違いしているんじゃないの?」

赤嶺は一旦言葉を飲み込み小さくため息を付く。そしてもう一度口を開き何か言おうとしたとき、険悪な雰囲気を悟った菱田が二人の会話に割って入った。

「まあまあ、良いじゃないですか。お二人とも仲良くしましょう」

赤嶺はキッと羽毛田を睨んだあと、菱田に顔を向け仕方ないといった感じで小さく頷く。羽毛田は何故自分が赤嶺の反感を買っているのかわからない様子で、助けを求めるように幸子を見るが、幸子は羽毛田に視線を合わせることなくガタガタと揺れる窓に目を向けていた。

「さて、次は井出さんの番ですね。井出さんはなぜこのサークルの集まりに参加しようと思ったのでしょうか?」

「それは、ええと……」

突然話題を振られて井出は言葉に詰まる。それを見て安在が井出にだけ聞こえるように小さな声で言った。

「大丈夫だよ。君は何も心配することはない。このサークルに入った理由、今日の集まりに参加するに至った経緯を説明すればいいんだ」

井出は安在を見て頷くともう一度口を開いた。

「僕と僕の隣に座る安在は……」

 

 

すべてが伏線

参加者の自己紹介が終わり、料理を食べ終えた面々はそれぞれ好きな酒を持って大広間からラウンジへ移動した。長方形のテーブル長辺奥側の四人掛けソファーに菱田とアンナ、赤嶺と蒼井が座り、両側の短辺に置かれた二つの二人掛けソファーに羽毛田と幸子、井出と安在が座った。

「井手さんの後ろの書棚には外国語の本を収めています」

菱田に言われ井出は後ろに振り向き本棚から一冊の本を取り出して開いた。日本語ではなく英語でもない本だ。井出は開いた本を菱田に見せて言った。

「この本は何について書かれているんですか?」

「チェコ語で書かれた本で、マリオネットの扱い方についての解説書です。チェコはマリネットの本場ですからね、観光客が訪れる場所には必ずと言っていいほどマリオネットを売る露店があります」

「菱田さんはチェコ語の本が読めるんですか? さすがヨーロッパを巡られていただけありますね」

井出の隣で安在がそう言うと菱田が「いえいえ」と言って言葉を返す。

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2022年4月13日公開

© 2022 諏訪靖彦

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