プリンセスYouTuber

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大猫

小説

4,677文字

景気の良い元気が出るお話です。
人生百年時代、年寄りこそが社会の主役なのであります。
YouTubeもインスタも世界中の年寄りパワーに席巻され圧倒されることでありましょう。
2021年11月合評会参加作品。

国彦一家がドバイへ転勤と決まって、靖彦の双肩に「年老いた母親の世話」がのしかかった。
「マジ? お前ら一家で行っちゃうの? 単身赴任できないの?」
「それも考えたんだけど、せっかく一家で住める環境整ってるし、家族と離れて暮らすのは嫌だし」
「じゃあ母ちゃんだけ一人で置いてくのか?」

咎めるような兄の口調に弟は不機嫌な沈黙で答えた。しまったと思っても遅い。高校卒業と同時に家を飛び出して以来一人気楽に生きて来た靖彦が、地元に残って母を支え続けた国彦に言えるセリフではなかった。

ともかくも弟一家の旅立ちを見送り、靖彦は二十数年ぶりに名古屋郊外の実家へ戻った。しばらくは手料理攻めだ。母のトキヱはすでに七十歳だが、幸い持病もなく元気だ。和裁の仕事をしており多少の収入もあるし、近所付き合いもあって一人暮らしでも当面心配はない。フリーランスでWebライターをやっている靖彦は東京に拠点がある。本音を言えばすぐにでも戻りたかった。

仕事があるからそろそろ戻ろうと思うと言った靖彦に、母は無表情にうんとだけ頷いて、老眼鏡を掛けて新聞を読み始めた。その姿がひどく老け込んで見えて、そっと横から覗き込んだら眼鏡が涙で曇っている。
「母ちゃん、ごめん!」

靖彦は胸を突かれた。
「俺、ずっとここで暮らすから」
「たぁけたこと言い!」

トキヱは息子を一喝した。
「大の男が仕事をいつまでも休んどるわけにゃいかん。帰りぃ!」

そうは言っても母を一人にしておくのは心配だ。トキヱはパソコンはおろかスマホも使えない。そこで月並みな手段ではあるがカメラを取り付けることにした。うまい具合に靖彦の手元に「ペット見守りカメラ」の試供品があった。小型カメラを室内に設置しておき、動くものがあったら動画にしてクラウドサーバーへ保管してくれるサービスだ。ついこの間Web記事を書いたばかりで機能は熟知している。廊下の壁にカメラを設置し、ついでにLEDライトが連動して点灯するように仕掛けを作った。
「この壁にかかってる丸い白いやつ、この前を通ると母ちゃんの顔が俺のとこに届くようになってんだ。どこにいても俺は毎日、チェックしてる。何かあったら飛んでくるから」

嫌がるかと思いきや、こんなのがカメラかとつくづくと眺めては感心している。早速トキヱの大アップ画像が送られて来たのを見せてやると子供のように喜んだ。
「どえりゃあ便利な世の中だがや。毎朝、ここに来て靖彦に挨拶するで」

翌日から動画保管のお知らせが途切れなく届くようになった。
「おはよう、靖彦さん、今日もお仕事頑張ってちょーよ」
「おはぎをよーけこしらえたけど、誰も食べるもんがありゃーせんで、波野さんとこにあげてくる」
「今日は公民館で老人会だがね、帰り遅なっても心配せんときゃー」

動画が溜まったところでドバイの国彦一家にも見せてやろうと、編集してYouTubeにアカウント限定で公開した。国彦も妻も子供たちも達者そうなトキヱを見て喜んでくれた。それを伝えるとトキヱも喜んだ。
「倅や孫たちに見られとるんなら、まちっとぴしっとせにゃあ」

翌日からにわかにトキヱの服装が改まった。
「江戸紫の小紋、どうかね? 箪笥の肥やしにゃ勿体にゃあからね」
「これは白大島。銀糸を織り込んであって、こうライトが当たるとまあ綺麗だがね」

わざわざ着物を着てポーズを取る姿が可笑しかったが、心なしか背筋が伸びてしゃきっと見えた。とても素敵だと褒めてやるとトキヱはますます調子に乗った。
「結婚式に呼ばれたもんで、柳色の色留袖、派手かね?」
「暑いから単にしてみたよ。萌黄に撫子模様、おかしいかね?」
「着物も帯も絽で涼しげだらあ? 桜色の着物、帯は銀鼠の流水に舞桜ですがね」

和裁の先生とは言え、こんなに着物を持っていたのかと呆れ返る毎日が続いた。

ある日、YouTubeのトキヱのチャンネルを見てぎょっとした。登録者数が数百人となり、視聴回数も二千回以上になっていたのだ。コメントがいくつもついているがアラブ文字らしく全く読めない。数日前、国彦の子供たちに、現地の友達にも祖母の動画を見せてやりたいからチャンネルを公開してほしいと言われて一般公開に切替え、ついでに英語の字幕まで付けてやった。
「なんだかすごい好評なの」

国彦の妻が電話の向こうから言った。
「こっちの奥さんたちも着道楽でね、着物に興味があるみたいなの。お友達にチャンネル教えてあげたらあっという間に広がっちゃって」

コメント欄を見ればアラビア語以外にトルコ語やスペイン語やフランス語らしき言葉まで並んでいる。言葉の分かる知り合いに翻訳してもらったら、「キモノがこんなに美しいなんて」「私も着てみたい」「この女性は優雅で上品だ、アイラブハー」など、どれもこれもほめそやしている。どうしたものかと思ったが、悪口を言われているわけではないのでしばらく様子を見ることにした。そんなこととは露知らぬトキヱは、着物道楽に拍車がかかり、半襟や襦袢、帯揚帯紐に帯止、果ては小物にまで細かくこだわり始めた。

動画の視聴回数が日常的に万を超えるようになった頃、自宅から送信された動画に靖彦は仰天した。真っ赤な振袖を着た外人の大女と、紋付を着た髭面の大男に挟まれたトキヱがニコニコと笑っている。
「ドバイのテレビ局の人が取材にござったで、振袖着せてあげたがや。でりゃあ似合おうとらっせるで」

呆気にとられる靖彦に向かって、振袖の女が「ハーイ」と手を振り、紋付の男が「コンニチワ、ヤスヒコサン」と丁寧にお辞儀をした。
「こっちはアジザさん、綺麗な人だらあ。ドバイで一番有名なアナウンサーらしゃあよ。こっちは通訳のハンサムさん、まあ日本語が達者で」
「ハンサムじゃなくてハサンです。私はアブール・ハサンと言います。アラビア語では美しい男という意味ですから、ハンサムで間違いはありませんねー」

紋付男がこう言うと三人でわっはっはと大笑いして動画は終わった。

一ヶ月ほどして国彦から大容量データが届いた。ドバイで放映された「日本の美スペシャル」番組の録画だ。京都や富士山などの観光名所に混ざって、「千年続く伝統の民族衣装」と銘打って友禅の着物や帯が紹介された。それから茶室のような渋い和室に端座する臈長けた女性が映し出された。次の瞬間、それが見慣れた座敷に座っている母だと気づいて愕然とした。そしてテレビカメラの技術の凄さに驚嘆した。
「こっちじゃすごい評判でちょっとしたスターだよ」

国彦の口調は満更でもなさそうだ。子供たちも学校で鼻高々だと言う。ドバイでの評判を聞きつけて地元のテレビ局も取材に訪れ、自宅には年がら年中誰かが訪問していて、例の映像にはトキヱが一人でいることがほとんどない。トキヱも有名人の自覚が出てきたようで、顔付きがぐっと引き締まって十歳も若返ったように見える。そうして自らせっせと着物を作ってはお披露目をするし、靖彦は映像を編集して字幕を付ける。今や数万人となった世界中のフォロワーの期待に応えるべく、靖彦は仕事そっちのけで日夜編集作業に追われていた。

 

そんなある日、帰ってきてほしいと母から切羽詰まった電話を受け、飛んで戻ったら自宅の雰囲気がすっかり変わっていた。大勢の人が訪れたらしく記念の品や写真があちこちに飾ってあるし、座敷には清々しい香が焚かれて座布団は真新しいものに変わっていた。座敷の真ん中の座卓で、母と並んで外国人の男が正座していた。髭面に見覚えがあると思ったら「通訳のハンサムさん」だ。

この人と結婚したい、と告げられて靖彦の腰が抜けた。
「私はトキヱさんを愛しています。年上だとは知っています。でも結婚したいのです」

ハンサムさんことアブール・ハサンの真剣な顔に靖彦は一言も返事ができない。
「私はもう日本で三十年も暮らしています。日本人と同じですよ、何も心配いらない」

アブール・ハサンは六十歳。通訳の仕事もするが、本業は中東商社の重役で東京に広いマンションを持っていた。十年前に妻を亡くしてから独り身を通していると言う。
「で、でも、あれですよね、貴方はイスラム教徒ですよね? ほら、奥さんを四人まで持てるって」

やっとのことでこう言うと、ハサンが返事をする前にトキヱが割り込んだ。
「私はイスラム教徒になっても構わせん。でも他に奥さんは絶対に持たんて約束した」

その思いつめた言葉と顔付きに靖彦は戦慄した。
「私の妻は一生トキヱさんだけです」

穏やかにほほ笑むハサンを頬を染めて見つめ返す母に二の句が継げず、ともかく国彦と相談してみるとだけ言った。

 

「兄貴、何やってんだよ。母ちゃん耄碌してんのにほっといたんだろ。だいたいYouTubeなんか始めて調子に乗るから、変な外人に付け込まれたんじゃないか」

国彦の激怒ぶりはすさまじく、明日にでも帰国せんばかりの勢いだ。自分だって喜んでいたくせにと靖彦は不満だったが、常識外れの結婚話には違いない。どうしたものかと悶々と悩んでいたら、また国彦から電話が来た。

「兄貴、大変だよ、あの男、アブール・ハサンて人ね、アジュマーンの王族らしいんだよ」
「へ?」

アラブ首長国連邦の一員、アジュマーン首長国の国王の叔父に当たるアブール・ハサン・ビン・アリー・ファイサルは「風変わりな王子」と呼ばれている。学生時代に日本に留学したのが縁で、東アジア専門商社の重役となり三十年前から東京で暮らしている。王位継承順位は十六位。間違っても王様になることはないからと王家からも放置されているのだと言う。

国彦の態度はコロリと変わった。現金なものだと思いつつ靖彦も反対はせず、二人は間もなく結婚の手続きを取った。日本とアジュマーンでそれぞれ簡素な披露宴が開かれ、靖彦は日本側で親族代表として出席した。ハサンの友人知人から「プリンセス」「妃殿下」と呼ばれる母を見て何とも形容しがたい気分になった。アジュマーンで出席した国彦一家も同じだったようで、「プリンセス」となった母を受け入れるのにずいぶん時間がかかった。新婚の二人は息子たちの困惑を尻目に、名古屋と東京の住まいを定期的に住み替えながら仲睦まじく暮らしていた。

 

ところが数年後、アジュマーン首長国で大政変が起こったのであった。すなわち、王族ぐるみでの国家予算をしのぐ巨額の汚職が発覚し、市民からの抗議はもちろん、アラブ首長国連邦からも厳しい譴責を受け、国王を始めとする主だった王族はすべて失脚した。汚職に関わっていない王族は子供しかおらず、急遽、日本滞在中のアブール・ハサン王子に白羽の矢が立った。もちろん子供たちが成人するまでのピンチヒッターである。

ピンチヒッターとは言え国王は国王であり、アブール・ハサンは住み慣れた日本を離れて帰国することになった。トキヱは一も二もなく夫に付いて行った。
「残り少にゃあ人生だし、お国のために尽くすつもりだがね」

日本人妻に難癖を付ける者がいるのではと心配されたが、YouTubeでおなじみの「和服の日本美人」は大歓迎を受けた。かくしてトキヱは齢七十五歳で一国の王妃となり、九十歳で逝去するまでアジュマーン首長国の和服の王妃として尊敬を集め続けた。国彦一家はそのまま中東に生活拠点を定め、王家の婚族として富裕な生活を満喫した。

「母を王妃にした男」として靖彦は世界中から注目され、あちこち駆け回る忙しい生活を送ることになった。そんな中でも国王夫妻専属の広報官として、YouTubeなどネットメディアへの宣伝は一手に引き受け誰にも譲らなかったと言う。

2021年11月13日公開

© 2021 大猫

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"プリンセスYouTuber"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2021-11-20 08:59

    奇想天外な物語でありながら、どこかに現実味もあって、とても楽しく読めました。私にもあんなにチャンネル登録者がつかないかな。

  • 投稿者 | 2021-11-21 11:27

    心にずんとくる作品が多い中、エンタメ精神溢れるこの作品は、いち読者として、楽しく読ませていただきました。肝っ玉ばあちゃん、まさかのシンデレラストーリーだがね

  • 投稿者 | 2021-11-21 21:05

    まさに人生百年時代。年金ももらえるかどうかわからない世代としては、トキヱのようにYouTuberへの転身など、第二、第三の人生に向けての戦略を考えていかなければと思いました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 06:31

    ほのぼのしました。まさかの玉の輿。
    着物や小物の描写を読んで全部具体的にイメージできるのは妻のお陰です。

  • 投稿者 | 2021-11-23 12:34

    明るく元気になれるお話ですね!
    現代のおばあちゃんシンデレラ!
    靖彦さんはあの靖彦さんかしらと思い、読んでいるうちに波野さんも出こられたので、狙っての小ネタなのだとクスリとしました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 14:18

    読後感も良いエンタメで作者の創作における幅広さに感服。ただ、王族はいろいろ面倒が付きまとうのが世の常なので、そのゴタゴタも起こってほしかったが、そこまで求めるのは欲張りなのかもしれません。

  • 編集者 | 2021-11-23 16:54

    いくつになってもシンデレラになれるのだと言う、王道のストーリーが胸に響く。破滅派のディ○ニープリンセス。こんなYouTuberがいて欲しい。

  • 投稿者 | 2021-11-23 17:34

    YouTuberにこんな可能性が。お題からの話の膨らませ方に驚きました。上質なエンタメでした。

  • 投稿者 | 2021-11-23 17:55

    おはぎ好きです。星5

  • 投稿者 | 2021-11-23 19:46

    今回の陽の最高位だったと思います。面白かったです。

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