彼を見るとジーンズを脱ぎ、既に下着姿でコーヒーを飲んでいる。私は長く肩に掛かった髪を結う。もちろん下着姿ではうろつかない。
「真理子、俺ね、外国に行こうかなと思ってんの」
彼は煙草の煙と言葉を、天井に向かって吐き出す。
「いつ? どの位?」
「金が貯まったら半年位は」
「どうして?」
「見たいんだよ、ただそんだけ」
「何処の国に行くつもりなの?」
「まだ決めてないけど、暑くて暑くてたまらない国に行きたいな」
「いいなぁ、外国かぁ」
「いいでしょ」
彼はそう言いながら、私の肩に手をかける。
「私、生理なの。だからごめんね、出来ないの」
「何日目?」
「一日目」
「じゃあ量とか多いの?」
「うん……」
彼の一瞬の不機嫌な時の視線の逸らし方をもちろん私は見逃さない。
何故謝ったのだろう。先程の言い争いの際、自分の否を認めつつも私は謝らなかった。それが、この状況では易々と謝っている。
「昭君は癌で私の胸が片方無くなったり、目の病気で片目が義眼になったとしても私と一緒にいてくれるの?」
「真理子の胸や目も好きだけど、部分部分だけで見てる訳ではないからね。きっと一緒にいるよ。ごめんな、俺は別にしたいだけで真理子と会っている訳じゃないから」
導き出した半ばの言葉と、先程の視線、そのどちらが信じるに値するだろう。分かってはいた。分かった上で自分のいいように答えを出しただけだ。彼が灰皿に置いたままにしている煙草の灰が粉々になったのは、私が立てた溜め息から洩れた僅かな風のせいだった。
蝉の亡骸が地面を点々とする頃、鈴虫の声が遠方から響き集まる。
「不安になる時があるの。私のどこがいいのかなって……」
「何でいつでもそんなに自分に自信がないんだよ」
「自信がない訳じゃないの。人を前にすると分からない事が多すぎて混乱するのよ」
「そんな真理子の混乱を見て、隣りの人間も混乱するぜ」
「うん……」
「どうせ、どこがいいかなんて俺が言葉にしたって今度はその言葉の根拠を探そうとするでしょ? 意味ないよ。真理子自身も分かっているとは思うけど」
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