はじめのひ・び・ひ・び・ひ・び

合評会2021年01月応募作品

猫が眠る

小説

3,882文字

1月合評会応募作品です。牧歌的な作品に仕上がっていると思います。読んでくださるとうれしいです。コメントくださるとなお嬉しいです。

僕は素御(すみあ)と立っているべき場所に立っていると感じた。深い森の中の家だった。赤い寄棟屋根の家。小屋と云ってもよかった。僕らはせっせと引っ越し資材を箱から外に出した。そしてそれぞれの部屋を作っていった。僕らの小さな家は2LDKの一階建てだった。素御は「何でも言ってね」と僕に言った。僕は素御に深く感謝した。
二人で森の木を伐りだしてきて火を熾した。炎は深く暖かった。その火で夜は湯を沸かして白湯を飲んだ。僕らはとても疲れはてて眠りこんだ。
朝起きると朝陽が森の先から射していた。素御が起きて僕に言った。
「朝陽が綺麗よ」
僕らは朝陽を見た。僕らが見た最初の朝陽だった。朝陽はただ僕らの目の中を覗き込んでいた。僕らはそれを見つめ返して、深く深呼吸した。
僕は家の周りの植物に水をやった。素御はヴァイオリンを弾いていた。
僕らの日々はこのように始まったのだ。朝陽が僕らを見つめている。

僕と素御(すみあ)は森の深くから村へ向けて歩いた。村にいらなくなった資材を売るためだった。村までの道のりは川が流れていて、それに沿って歩いていくと村だった。途中には長い角を生やした牡鹿がいて、草を食んでいた。素御は途中で白い花を採って、茎で編んで冠を作った。
村に着くと僕らは資材を売った。木で作った台やラジオなどであった。34ピースにしかならなかったが、僕と素御は満ち足りていた。村へ行くと美味しそうなパン屋があって、僕と素御はそれらを買って食べた。フランスパンやオレンジピールとチョコクリームが入ったパン、クロワッサンなどを食べた。僕はミルクを飲んだ。焼きたてのパンはどれも美味しかった。
そこで素御と僕は別れて、僕は役場へ行った。役場で住民登録をするためだ。森の奥深くに住んでいても村で住むには住民として登録しなければならないのだ。僕は疲れ果てて家へ帰った。帰ってご飯を少し食べると眠った。
起きると素御が隣で眠っていた。時計は午後6時を指していて、もう真っ暗だった。
素御は「あなたは充実してそうでいいな。私は虚無よ」と言った。僕は思わず噴き出した。「なんで」と僕は言った。「部屋の整理がついていないからよ、あなたは自分の部屋にいる方が充実してそうだわ」と素御は言った。「そんなことはないよ」と僕は答えた。
僕と素御はお香を焚いて一緒に眠ることにした。穏やかな夜だった。「歯を磨いてくるよ」と僕は言った。

次の日、僕と素御(すみあ)は森の深くで狩りをした。僕が槍を持ち素御が弓矢を持った。僕と素御は森をさらに深くまで進んでいくと遠方に、一匹の牡鹿が見えた。素御が弓矢をきりりと絞った。牡鹿と目が合う刹那、素御は矢を放った。矢は牡鹿の瞳に命中した。僕と素御は近づいて牡鹿の様子を調べた。立派な角を持った牡鹿だった。すでに絶命していた。素御は懐からナイフを取り出すと、牡鹿の心臓を抉った。血が溢れだしてきた。僕と素御は牡鹿を一緒に運んで川につけておいた。
森をさらに進むと泥濘に出た。泥濘では猪が泥を擦りあってヌタ場にしていた。僕は素御を置いて突き進むと一匹の猪を槍で一突きにした。その猪は絶命の声をあげ、他の猪は散り散りに逃げ去った。僕は槍で突いた猪を腕に抱えると、素御とともに先ほど川につけておいた牡鹿のところへ戻った。牡鹿の血は粗方抜けていた。僕は素御のナイフを借りて牡鹿の内臓を剥いだ。さらに猪の内臓も剥いだ。僕と素御は二匹の獲物を持って小屋へ戻った。
素御が火を熾し、僕が肉を焼いた。肉は牡鹿のものも猪のものも焦げ目がつくほどによく焼いた。僕と素御はそれを食した。「1週間はこれで持ちそうね」と素御が言った。
食後僕と素御は少し眠ってから、机と椅子を作り出した。まず樹を鋸で切り倒し、それを斧で割っていった。机は多少難儀したが、なんとかうまく作ることができた。椅子も2つ作った。僕と素御はそれらを作り終えてから、僕は葉巻を吹かし、素御は花瓶に花を生け、一日の疲れをお互いに労ってから寝床に入った。

次の日、僕は疲れ果てて眠っていた。素御(すみあ)はどこかに出かけていた。僕の意識は植物に水をやったところまであるが、その後はベッドの中に倒れこんで、夢の中にいた。夢の中で僕はお星さまからお手紙を受け取った、それは以下のようなものであった。
「素御のことを大事にしなさい。素御の言う通りにしなさい。素御の言う通りにしていれば万事うまく行くから。素御にことを労わってあげなさい。素御は頑丈なようでいて脆く儚い存在です。素御のことを大切にしなさい」
そこまで読んだところで僕は起き上がった。素御はまだ帰っていなかった。僕は水を飲むと、水の美味しいのに感謝した。
素御は夜になって帰ってきた。僕と素御は夜の森に繰り出した。森の奥深くに進むと猪が目を光らせていた。素御は弓矢を放った。矢は猪の脳天に当たった。僕と素御は近づいて猪の様子を見た。微かに息があった。素御は懐からナイフを取り出し、心臓を抉った。猪は絶命した。僕は素御からナイフを借りて猪の皮を剥ぐと内臓を取り出し、軽くした。昨日と同じ作業だった。猪を小屋まで運ぶと火を熾して、二人で分け合って焼いて食べた。小ぶりなその猪は肉がしまって美味しかった。
僕と素御は二人で協力して昨日の木くずを集めて風呂釜を作った。風呂釜は小さなものだったが申し分なく二人で入ることができた。僕も素御も体を洗った。清潔になって、村から素御が今日買ってきた、布を使って体を拭いた。僕と素御は清められた。そして、眠り込んだ。

僕と素御(すみあ)は喧嘩した。喧嘩の原因は僕にあった。僕が素御が買ってきた布の端を誤って千切ってしまったのだ。交渉は断絶状態にあった。「素御、頼むから許してくれよ」と言っても梃子でも動かぬ姿勢だった。僕は森の奥深くに入っていき、蜂の巣から蜂蜜を取ってきた。蜂蜜はぺろと舐めると甘かった。僕は蜂蜜を底の深い瓶に沈めしっかりと栓をした。急に帰るのもなんだからと思ったから、森の奥深くを観察してきた。森の奥深くには実に多種多様な植物があるのだった。マリーゴールドにペチュニア、ポピーやアケビ、サルビアなどがあった。動物も牡鹿や猪ばかりでなく、女鹿や白鳥、蛇などもいた。なかでも蛇は虹色に輝くもので滑らかな光沢が暗闇の中で光った。あっ、と思ったときには夜も暮れだった。暗くて何にも灯りが見えぬ。見える光と云えば月明りばかりだ。僕はその月明りと星の角度を基準にして家までの方位を見定めていった。北斗七星とオリオン座が見えたから大丈夫だ、と僕は思った。これなら家の方角が分かる。僕はその星の光を頼りにして僕と素御の家の方へ向かっていった。途中食料などはなかったから、現地調達するしかなかった。僕は蛇をとって食った。皮を剥ぐ作業はなかなかに骨が折れたが、その肉は旨いものだった。魚と鳥の間のような味がした。僕はべりべりと引きはがすように食った。夜はそこで焚火をして夜を明かした。素御がどうなっているか心配だったが、朝を待つにはそこで眠るしかなかった。僕はその闇夜のなかで眠った。夢の中では素御が嬉し気な表情を浮かべていた。朝が来た。朝が来ると今度は太陽の向きを東向きとして僕は南へと向かった。僕と素御の家まであと少しだった。蜂蜜を詰めた瓶を持ってくるのを忘れなかった。蜂蜜は素御のためにとってきたものだった。陶器の瓶だから大事に扱わなければならないのだ。家、というか小屋が見えた。こうして見るとこの小屋も立派なものだなあと思った。家に入った。素御は家にいなかった。どこへ行ったのだろう。探したけれど、どこにも見つからなかった。僕を探しに素御まで森へでかけてしまったのだろうかと勘繰った。ただ蜂蜜の瓶だけは大事にお腹のところに抱えて持っていた。素御が返ってくるのをじっと待つしかなかった。そうだ、僕には待つしかなかったのだ。肉はまだ一週間分もあったから、食料に困ることはなかった。ただ僕は火を焚くことをしなくなった。風呂に入ることもしなくなった。素御が帰ってくるのを待つばかりだった。

素御(すみあ)は朝焼けが昇る頃に帰ってきた。僕は一晩中皿洗いをしていた。ごしごしと念入りに皿を洗った。綺麗になってもなお洗い続けた。サボンソウの根を使って洗い続けた。泡はぶくぶくと洗い場に膨れ上がった。僕はそれを一晩中続けた。僕がぶくぶくとやってる頃、朝の日が昇ってきて、小屋の戸が開いた。素御が立っていた。「素御!」僕は叫んだ。ぶくぶくしている洗い場はそのままに素御のもとへ駆け寄って、素御を抱きしめた。素御は「ごめんなさい、道に迷ってしまったの」と言った。「いいんだ、いいんだ、僕が悪かったよ」と僕は言った。僕と素御はしばらくの間、そうしていた───
僕は洗い場の皿から泡を全て流して、豆を挽いて珈琲をいれた。珈琲を素御に差し出すと、素御は寒がっていたようで、「暖かいわ」と言いながら美味しそうにそれを飲んだ。僕も珈琲を飲んだ。珈琲はほんのりと甘い香りが漂って旨かった。
僕と素御は家を出て薪をくべて火を焚いた。空はもうすでに明るかったが、それでも僕と素御は火を焚いた。火は3尺以上になった。冬の匂いが空気に漂っていた。空はオレンジ色に染まっていた。僕と素御は火に手を近づけた。
「暖かいわ」
「暖かいね」
僕と素御は炎のなかに薪をくべて炎をさらに大きくした。炎は6尺にもなった。僕と素御の記念の炎だった。ぼくらのはじめのひびはこうしてはじまった。

「しはわせ。」

 

 

 

2020年12月8日公開

© 2020 猫が眠る

これはの応募作品です。
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"はじめのひ・び・ひ・び・ひ・び"へのコメント 18

  • ゲスト | 2020-12-08 09:52

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    • 投稿者 | 2020-12-08 13:56

      これから書き足していく所存でございます。よろしくお願いします。

      著者
  • 投稿者 | 2021-01-18 22:57

    短文で淡々とつづられる行為や出来事の間から微細な感情の動きを読み取ることのできる作品だと思います。ビートルズのノルウェーの森の歌詞が浮かびました。
    弓矢の命中率がパナいです。

  • ゲスト | 2021-01-20 12:51

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  • ゲスト | 2021-01-20 12:57

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  • 投稿者 | 2021-01-21 06:04

    こういう世界になって、あるいはこういう生活になって初めて二人ともある程度のわがままを言い出したような。自分の意見を言うようになったというか。なんかそんな感じに思えました。何だろうか?世俗の生活が合わない二人というか。合わなかった二人というか。ただとにかく一人じゃなくて良かったです。良かったと思います。あのまま帰ってこないんじゃないかと思いましたので。心配しました。

  • 投稿者 | 2021-01-21 21:28

    なんでしょうね。。凄く巨大な文脈を勝手に予感しそうになるんですが、別に明言は全くされてないのでただの読み手側の問題なんだろうなと。
    それは置いといて、2LDKということは将来子供を成すことも考えてるんだろうなと予感します。

  • 投稿者 | 2021-01-22 20:47

    どこか異世界的な村、サンクチュアリのような森の中で始める二人の暮らし。素御(すみあ)という不思議な名前の女性はあるいは何かの化身、精霊なのかしらと思わされました。始まりだけがあって、ほぼ何も始まらずに終わるのですが、二人の紡ぐ物語をずっと見ていたい気持ちにさせられました。簡潔で清潔な文体のせいかもしれません。

  • 投稿者 | 2021-01-23 21:31

    森に住む「僕」の日記を読んでいるように思いました。素御との幸せが長いこと続けばいいなあと思いました。

  • 投稿者 | 2021-01-24 12:28

    タイトルの軽さと端正な文章で書かれた本文のギャップが激しい。「ひび」のあえてのかながきは火のモティーフとかけているのだろうか。森の奥深くに住むからには何かの事情があるのだろうが、住民登録もしているしチョイチョイ出かけているので逃げ隠れしているわけではなさそう。森の生活をはじめる以前への言及が避けられているので、事情がイマイチわからない。

  • 投稿者 | 2021-01-24 14:59

    確かに牧歌的で不思議なお話でした。主人公と素御が何者なのか、多く説明していないのが良いですね。

  • 投稿者 | 2021-01-24 18:15

    たんたんとしているのですが、なんとなく愛を感じます。
    愛はいいですねえ。

  • 投稿者 | 2021-01-25 11:09

    冒頭はエルフ的な細身の種族を想像していましたが、猪を小脇に抱えて運ぶあたりからムキムキマッチョなオーガのイメージに切り替えました。

  • 編集者 | 2021-01-25 12:50

    好きな世界観でした。サバイバル術や植物への見識も深そうなので2LDKや役所や住民登録など現実的な要素を排して、森の生活だけで良いのではないかと思いました。

  • 編集者 | 2021-01-25 12:51

    現実的→都市的

  • 投稿者 | 2021-01-25 14:30

    おとぎ話のような生活の中でも社会との繋がりをまったく断ち切ったわけでもない、宙にふわふわ浮いたようなイメージを抱きました。決して世をひねているわけでも、社会生活に後ろ髪を引かれているわけでもない、ただ「距離をとっただけ」の位置。ある意味家庭というのは多かれ少なかれそういうものなのかも知れません。

  • 編集者 | 2021-01-25 19:06

    命のやり取りもあって、ほのぼのとしているようでしていないがしかし生活の息吹が漂う暖かい作品だった。事情がぼかされているのはあえての事だろうか。

  • 投稿者 | 2021-01-25 19:10

    ぼかされた文章に、逆に事象をどう見てほしいかということへの強い意志を感じました。ただまったりしているだけでは牧歌的は維持できないんですねえ。

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