かんはなし

タカミネ

小説

686文字

せんせい。
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「砂糖を十個。ビンは棚の一番左」

毎週土曜日の午後三時。先生が珈琲を召し上がるのは有名な話で、必ず十個の角砂糖を欲しがった。砂糖の数は多くても少なくても怒られる。きちんと言われたとおりの分量で用意するのが私の仕事であった。

雇われたての頃、十個でなければならない理由を訊ねたことがある。先生はぷかりと煙草をふかしながらこう答えてくれた。

「十月十日、十時十分十秒に生まれたから」

今でもその声音や立ち姿をはっきりと思い出す。かすれた抑揚のない声で、自分のことを「ぼく」と言うような幼い人だった。書斎の天井には恐竜の骨格模型がいくつもぶら下がっており、よく締め切り前に筆が止まると、踵をあげて立ち、考えがまとまるまでそれらを眺め続けていた。

ある土曜日、先生はいつものように午後三時に珈琲を所望した。

キッチンに立った私はキャビネットの戸を開き、一番左のビンを見た。手で握りこめるほどの小さな入れ物だった。持つと、中に詰まったラムネのような楕円がきゃらきゃらと音を立てる。

「砂糖を十個。ビンは棚の一番左!」

リビングから声が飛んでくる。砂糖を十個、ビンは棚の一番左……私は口の中で一度繰り返してからいつものように珈琲を淹れた。マグカップを持ってキッチンを出る。椅子の上で胡坐をかいた先生が新聞を片手に私を見た。

「どうもありがとう」

先生がマグカップを受け取る。

冷えた背が震えそうになるのをこらえながら、「先生」と喘いだ。

「なに?」

無垢な表情だった。

私は訊ねた。砂糖はどうして十個なのですかと。

先生は「理由なんてないよ。ただ……」と肩をすくめ、こう言った。

「生まれた数字で死にたくなったんだ」

2020年7月15日公開

© 2020 タカミネ

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