勇次郎

応募作品

わに

小説

4,267文字

おじさんホストがウーバーイーツ配達に失敗する

病める女も健やかなる女もみんなまとめて幸せにしてやりたいって思うのは傲慢なことなのかな? 人間やっぱ笑ってるときの顔がいちばんいい。テンションの上がる音楽とかさ、理性を溶かすための強い酒とかさ、まあいろいろ手段は取り揃えて待ってるけど、そういうのがぜんぶ必要なかったんじゃねーのってくらい馬鹿笑いしてくれるその顔を見るとあーホスト冥利に尽きるわあって思うよ。めっちゃ思う。だって夜も朝も俺たちは休むことなく生きててさ、ゲームみたいにポーズ画面に切り替えてそのあいだにおやつ食べたりとかできないわけじゃん。生きさせられてる、だから、ここが、ただの夜のギラギラした麻薬じゃなくて、シンプルに、単純に、「居場所」だって思えることが最上の幸せじゃない? そっちのほうが朝目が覚めたときの絶望感が薄れるんだよ。夜も朝と地続きだって分かるから。

先週の休みはなんも予定がなかったから毎日映画館まで行って映画観たよ。パチンコやめたら時間が余る。大人の男が一人で観ても浮かなそうなやつテキトーに選んで、コーラだけ買っていくつか観た。腹減らないんだよ、最近。煙草もiQOSに変えて体ん中のモヤは消えて、だから本当は腹が減って仕方ないはずなんだけどね。映画館を出ても目に映る景色が全部他人の物語をどっかからぼんやり見てるように思えてきて結構うんざりした。俺は一人でいるのが苦手だなあって、俺以外の人は知らないだろうけど。

みんなを幸せにしたいと思っていたら誰も愛せなくなったのか、誰も愛せないと気がついたから誰も彼もを幸せにしてしまおうと思ったのか、もうこの歳になると分からない。でも、笑わせたい。ころころと、きゃっきゃと、ひーひーと、笑って欲しいんだよね、目の前に誰がいても。世の中はかなしい。かなしいことばかり。理不尽なことばかりで、生きているのは辛いね。死ぬのが難しいから仕方なしに生きてるって人は実はいっぱいいる。二十三年前、成人したばかりの俺が夜の世界で最初に知ったこと。一人じゃないって思えて、だから強い酒も頑張って飲めた。

俺は名前を三坂勇次郎という。なんか古めかしい響きでしょ、俺が若いときからこの名前はすでに古かった。あんまり好きじゃなかったから、ホストクラブでの源氏名は本名と全然関係ないのにした。嘘、源氏名をまるきり違うのにしたのは、両親に後ろめたい気持ちがあったから。一人息子が有名な大学に無事入学して将来どんな素晴らしい仕事に就くのかと胸をほこほこさせて待っていた両親は、俺の成人式を見届けるほんのちょっと前にいっぺんに死んじゃって、俺はふたつの骨壺を家のリビングの机の上に置いてから、ああもう大学とか行く気しねえなと思って、あんなに家族三人で喜んだ大学入学だったのに、いや、家族三人で喜んだからかな、だからこそ、もう意味ねえなと思って辞めた。それで、二、三年荒稼ぎしてそこで稼いだ金と両親の貯金が無くなったら俺も死のうと思った。合法的に酒も飲める歳になったことだし、せっかく母親譲りの整った目鼻立ちと父親から受けついだ骨太な体躯があるんだから、ホストでもやってみるかと軽い気持ちでこの世界に入った。人を幸せにしようと躍起になっていたら、結局死なずに四十三になっていた。

中退した大学の、英語のクラスが一緒だった保並は俺のことを遠慮がちに三坂君と呼ぶ。いつも糊のきいたシャツの袖を神経質なほどキレーに二回折り曲げていた。その究極に清潔な服と、五厘刈りの頭のミスマッチ感がどうにも気持ち悪くてクラスメイト全員からそれとなく避けられていた。俺も避けてた。でも、期末試験で二人組を組んでプレゼンをしないといけなくなって、当時五人グループ、のようなものの中にいた俺はそのときも全員のことを喜ばせたいが故に誰かを選んだり、誰かが選ばれなかったりすることが耐えられなかったから自分からそのグループを抜けて、で、あとはご想像通り。特別仲良くなったつもりはなかったんだけど、中退してから大学繋がりで連絡をよこしてきたのはそいつだけだった。俺は自分から誰かに連絡をすることが苦手だ。一人ぼっちが嫌いなのに。それで二十三年。俺はホストくずれで、保並はねずみ講と新興宗教を攪拌してもう一度成形し直したような謎の仕事をやっている。商品とかたまに買わされている。

 

「なにもさあ、訳わかんない壺とか売り付けたいわけじゃないの僕らは」「はあ」「世の中で当然のようにいいって勧められてる商品とか、よく効くって言われてる薬とか、そういうのが、いやいやそんなことないんですよ、自分の頭で考えてみなさいよって、いわゆる啓蒙活動の一環としてね」「へー」「あくまで一環としてね、こういうもの売ってるの」「そう」「三坂君もね、一回使ってみれば分かるから。なんなら無料であげるよ。友達だし」「いや、買うよ」「本当?!」「買ったほうが保並に利益がいくんでしょ」「え、まあ、そうだけど」「じゃあ買うよ。金余ってるし。どうせ何使っても一緒だし」「いや、えー、うーん」「何」「あのさ、僕は三坂君が幸せになれるようにこういうの紹介してるんだよ」「うん」「僕が、僕が、幸せになりたいからとか、利益が、どうとかじゃなくて」「でも利益がいくんでしょ、お前に」「そうなんだけどさ……」

 

俺と保並は友達だ。

 

友達の頼みなら仕方ない。背負った黒い箱の中身を揺らさないようにしながらクロスバイクを漕いだ。昨日の夕方、久しぶりに引っ張り出したそれはタイヤがべこべこに潰れていたからチャリ屋で取っ替えてもらって、それからUberEatsの登録センターに行った。UberEatsの配達員が新しい配達員を紹介したら、双方に三千円分のクーポンが配られるらしい。保並はわざわざ電話で頼んできた。金貸すほうが簡単なのに、保並はそういうのを嫌がる。タイヤ交換でもう五千円くらい飛んだから俺にとってはむしろマイナスだった。損した分取り返すくらいは働いてもいいかなと思いながら最初の依頼を受けると、一回目なのに結構ヘビーなやつがきた。総額六千七百五十円のマクドナルドの商品を背負い、背負いきれなかった分はハンドルに下げて一.二キロ走った。走ってるあいだ家族のことを思い出す。

俺の一番幼い頃の記憶は、実家から近い国道沿いの大きなマクドナルドの店内にいるときのもので、目の前にはふたつのハッピーセットがある。同じハンバーガー、同じ飲み物、同じポテト。その向こうには両親がいる。そいつらが何かしんみりとした顔で言うんだけど、俺にはうまく聞こえない。死産だったらしい俺より二歳年上の兄は、名前を勇一郎という。彼は俺たち三人家族の間にいつも居座っていた、ように思えた。普段はその「兄」のことを積極的に話題に出したりしないくせに、俺の名前は「勇次郎」だし、そういう薄らと示される四人目の家族が俺には恐ろしい。今や両親もあの世に行っちゃって、これじゃあ俺が勇一郎じゃんね、もはや。あんなに大好きだった二人の墓参りも実は納骨したきり行けてない。

見知らぬマンションのエントランスを抜けてボロいエレベーターに乗って、インターホン押したら、ドアホン越しに若い男の声がした。いや、頼んでないっすね。ウーバーとか、おれ使ったことないし、分かんないです。間違いじゃないっすか。失礼しました、と俺は言って一歩後退りスマホを開く。背負ったバーガーとドリンクが腰にくる。アプリに表示されている住所は何度見てもここだった。エントランスに彫られたマンション名も横目で確認していた。もう一度インターホンを押し、やっぱりここみたいなんですけど、ご家族の方とか、頼んでたりしません? と尋ねる。尋ねながら、もうこの仕事はこれきりにしようと決める。男はさっきとはうってかわってハァ? といきなり喧嘩腰の口調で応えた。結局誰が注文したのか分からない六千七百五十円は突っ返されて俺の手元にぜんぶ残った。新しいナイロンの匂いとポテトの油の匂いが混ざって体に巻きつく。

どーすんだよこれ。注文者に電話を掛けたけど呼び出し音が鳴るばかりで一向に出ない。マンションを出て近くの公園まで自転車を押して、ちょっと考えてから、配達をキャンセルした。それから迷って、迷って、どうしていいか分からなくなって、LINEの友達リストの上から順番に電話を掛けてった。ほとんどが客だ。平日の昼下がり、ホストからの電話に出るやつは全然いない。それ以前に、この世にいない子もいるだろう。上から十二番目でやっと繋がった。ミユちゃん、五年くらい前までよく店に来てくれてた子だ。快活な声は相変わらずだった。他愛もない話をして五分くらいで笑顔で切った。何やってんだ俺。次も繋がった。サキちゃん。久しぶりと言って、また五分くらいして切った。電話の向こうでケラケラ笑っていた。繋がった。ヨーコちゃん。わあ廉さんめっちゃ久々! 普通に一緒に買い物とか行きたいよね、絶対行こ、五分くらいで切った。繋がった。ミサキちゃん。繋がった。レナちゃん。繋がった。繋がった。繋がった。みんなを笑顔にしてから切った。日差しで頭がくらくらした。シビれるくらいに不器用だ。保並にも掛けたけど繋がらなかった。俺はリュックと袋を公園のベンチに置いて自販機でアクエリを買うと喉を鳴らして飲み干した。電話が鳴った。店の番号だった。

「あー、よかった! 廉さん!」

「……どしたの」

「え、なんでそんなローテンションなんですか。まあいっか、あの、今日の面接廉さんにも同席してもらいたくて。店長がどうしても廉さんに判断して欲しいって言ってましてね、その、教育できるか見てもらいたい感じらしいんですよ」

「あのさ」

「はい?」

「今さ、俺、なんでだか分かんないんだけど、大量にマックの商品持ってんの。店まで運んでくんない? そんで食べてよ」

なんで大量にマック持ってんすか、意味不明すぎますけどウケるんで良いですよ、笑って電話を切った。空になったペットボトルを捨ててベンチへ戻った。ふう、とため息をついて座ると、さっき飲んだアクエリの冷たさがそのまま目からこぼれ落ちた。はー、分かってんの、分かってんだって、幸せにしてやりたいのも笑わせてやりたいのも他でもない自分自身、勇次郎なんだって、そんなのさ、二十歳の頃からずっと分かってるよ。初めて気づいたわけじゃない。さすがにそこまで馬鹿じゃないって。じゃあなんで俺は公園で一人、男待ちながら泣いてんだろうね。

2020年7月12日公開

© 2020 わに

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"勇次郎"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2020-07-21 00:10

    すごく刺さりました。
    勇次郎が他人を笑わせたいのは自分を笑わせたいからなんだろうなぁと最初から何となく読み取れていたけれど、最後でぐっと来ました。

  • 投稿者 | 2020-07-22 10:37

    ラストが尾を引いて、いつまでも残ります。
    何度も読んでスルメのように噛みしめたいです。

  • 投稿者 | 2020-07-22 23:09

    流れるような独白が心地良いです。
    台詞が括弧の中に収まったり出てきたり、改行しなかったりと自由自在なところも読みどころかと思います。

  • 投稿者 | 2020-07-24 15:03

    終盤にかけて勇次郎の行き場のなさに切なさを感じました。お金もハンバーガーも余っているのに、心を通わせる人がそばにいないことの喪失感がひしひしと伝わってきました。

  • 投稿者 | 2020-07-25 14:51

    良い読後感でした。文章にも無駄がなくて、勇次郎の心が伝わって来ます。
    人に騙されたりバカにされたりしがちな優しいけど弱い性格の人が、人を幸せにするためにホストを勤め上げるという設定が新鮮です。ホストとしての物語を読みたい気がします。
    自分を憐れむ代わりに他人を幸せにしようと、UberEatsまで始めちゃって、六千五百円分の配達を空振り。真っ昼間の真っ白い孤独。慌てて始めた電話攻勢に、泣く場面じゃないんだけど泣けます。

  • 投稿者 | 2020-07-25 20:14

    ああ、これ素晴らしいやつだ。部分切り取るとクサいセリフがあるのだけど、それを気にさせないリズム感と疾走感は凄いです。この枚数で中年ホストの悲哀をこんなにもうまく描けるのかと感心しきり。

  • 投稿者 | 2020-07-26 18:32

    ハッピーミールトイの収集を続けてきた人間としてあえてクソリプめいた内容を先に書くが「ハッピーセット」の名称が使われ始めたのは1995年から、日本のマクドナルドがおもちゃのついたお子さまセットを始めたのは1987年からであり、43歳おじさんホストが仮に1977年生まれだとしても、既に18歳(ハッピーセットの場合)あるいは10歳(お子さまセットの場合)なので、どちらにせよ「一番幼い頃の記憶」――おそらく3、4歳を想定しているのか――としては不自然だと思う。とはいえ、作品は良作。今回の合評会作品の中で一番優れた作品だと思う。

    • 投稿者 | 2020-07-26 20:11

      ご指摘ありがとうございます!確かに…、想像力が足りませんでしたね。マクドナルド自体は存在していたようなのでほっとしました(1971年に一号店開店)。首の皮一枚つながりました。

      著者
  • 投稿者 | 2020-07-27 00:24

    発注者または受け取り側の視点が多い中、配達員サイドを丁寧織り上げていて、このテーマはこうあるべきだと気付かされた。誤発注トラブルとか多そう

  • 投稿者 | 2020-07-27 12:20

    勇次郎、最高です。軽めの導入から、保坂との関係や存在しない兄の話で一気に道化として振る舞う彼の孤独な心情が入り込んできます。コミカルさとシビアさの塩梅も絶妙で読みごたえがありました。

  • 編集者 | 2020-07-27 16:16

    都内で無数に走り回るUber配達員の胸の内をもし探れるなら、勇次郎の様な人物もいるのだろうか。勇次郎の素晴らしさについて、他のコメントに加える事はない。彼みたいな配達員がもっと増えればなあと思う。いや、俺がなるのが先か……。

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