眩しくて目が覚めた。それが部屋の明かりではなくて窓からの日の光であることに私は少しほっとした。何時だろう、まずそう思って、枕元に放った携帯電話の電源を入れた。
携帯の液晶が示した時間はまだ朝の9時で、思っていたよりあまり眠っていなかったことが分かった。もう一眠りしようと布団に潜り込みなおしたけれど、もう頭がはっきりと起きてしまっている。かけ直した布団が冷えた肩先をあたためている。鼻先を、朝の匂いがくすぐっていく。それでも諦めの悪い私は意地をはるようにぎゅっと目をつぶった。
誰かがいてくれたら。
前触れも、特にこれといった理由もなく、ふとそう思った。もし誰かが今この瞬間、私の部屋にいてくれたら、私のそばにいてくれたら。そしたら私はその誰かにおはようと言って、ベッドからするりと起き上がったかもしれない。もしくは、その人もベットに招き入れて、一緒に眠ったかもしれない。窓のほうを向いたまま、私はすこし目を開けて右の手を布団から出し、その朝日にかざした。私はまだ誰にも見つかっていない。見つけ出されていない。
結局たいして眠りこむことはできなくて、1時間後に私はしぶしぶと布団を剥がした。ひとりでいると、寝てることも起きてることも、そこまで明確な線引きはない。どっちにしろ私は独り言もこぼさず、じっと黙ったままでいるから。
布団をきちんと掛けていたのに体が冷えていた。湯沸かし器に水を入れて待っている間にわずかに頭痛までやってきた。そのへんに放ってある薬を飲めばあっという間にその痛みは引くけれど、それでいいのだろうか。ひとりで痛んでひとりで対処していくことの虚しさみたいなものを感じていた。
誰かがいてくれたら。
その「誰か」が誰でもいいわけではないことを私は心の奥底ではわかっていた。好きな人がいる。わかっていた。でもあまり考えないようにしていた。
私はすぐ人のいいところばかりが目について、相手を理想化して勝手に傷つくことが多かった。たぶん今回だってそうだ。私が勝手にあの人をあの人以上の何か素敵なものに仕立て上げているだけ。たとえば今日の朝のこと。私の寂しさを打ち消すために、ひとりで目覚める朝をなくすために、わたしの右手をとってくれるって勝手に期待している。隣で眠ってくれるって期待している。
私はきっと寂しいんだ。マグカップに湯を注ぎながらそう思った。そばにあったティーバックを湯の中に落として、何度か揺らしながらそこで立ち昇っている白い湯気を見つめている。でも、そうやって期待している間は幸せだから、ねえ、私。お願いだから私を咎めないで欲しい。
次の日も朝早く目が覚めた。まだセットしたアラームすら鳴っていないのに。窓の外は今日も元気よく晴れている。私の冷え切った体と、窓の外のあたたかさとの落差に私は打ちのめされていて、また右手を伸ばした。そのあたたかさを正面から受け止めたら、壊れてしまいそうだと思った。
伸ばした右手を何度か握ったり開いたりして、私は自分が生きていることを稚拙に確認した。声も出さず誰かに会うこともしないでいると、たった数日であっても自分がこの世に存在していると自信を持っていられなくなるのだった。
誰かがいてくれたら。
繰り返し、私はそう思う。誰かがそばにいてくれたら、私は自分が生きているのかどうか不安になることなんてないのに。いいえ、もし、誰かが、私の好きな人が、そばにいてくれたら、別に生きているか死んでいるかなんてどうでもいいとさえ思える。私は私の冷えた体を、冷えているね、と言って、抱きしめてくれる人が欲しいのだと、思う。
今日は出かける前に洗濯をしよう、と思い立って立ち上がった。朝露こそないけれど、部屋の中も朝はリセットされたように澄んでいる気がする。その乱れのない空気のなかを私は歩いていく。玄関の脇まで歩いていく。洗濯機のボタンを押せば、ピ、と高い音がして、遠くから配管の忙しい音が響き、朝が動き出す。水が流れてくる。私は暗い玄関先で私の右手を見る。開いたり閉じたりする。眠くて憂鬱だと思う。まだ私は誰にも見つかっていない。見つけ出されていない。月曜日の朝は、いつもの通りに私を追い立てて、きっと誰かに見つかる。見つけ出される。でも、誰でもいいわけじゃない。洗濯機のふたを閉めて私は湯沸かし器を手に取る。するとふと、また急に思いついた。数秒迷ってから、おそるおそる口を開いた。
「おはよう」
ひどく物憂げで静かな私の声が聞こえた。声になっているのかどうかすら、曖昧なその音。自分の声なのに聞いた瞬間うろたえた。その響きを確認するように、私は、もう一度、私に「おはよう」と言った。私は私を見つけた。それは不思議と私を勇気付けた。お湯が沸いて、私はいつも通りコップに湯を注ぐ。私は私に見つけられた。世界のなかではっきりと輪郭を得て、存在した。洗濯機が回っている。今日はあの人に会えるだろうか、会えたら話せるだろうか、話したら笑ってくれるだろうか。ティーバックを取り出すと、捻れた糸のせいでパックの部分がくるくると回った。なんでもないそのことに私は小さく笑った。そして、もう一度「おはよう」と言った。
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