過去

yohei

小説

6,341文字

ブックショーツ。眠たくてしょうがない。

首を右に動かすと、肩もすこしついてくるのだが、そうやって目覚まし(に使ったことはないのだが)時計をみてみる。すると朝の九時だった。
まあいいか、とおもいながら起き上がり、リビングへと向かう。カモミールティーを入れて、仕事のネタ探しに新聞を読み始めた。母はすでに仕事に行ったようだ。父は病気で死に、二人の兄弟(続き柄でいうと二男と三男)はそのころ、事故で死んでしまったため、二人で寂しく暮らしている。
新聞や雑誌の文化の記事、そこにはミケランジェロのダビデ像やイタリアの美術館、またアイヌの民芸品などがのっている。俺の職業はフリーライターで、最初は好きな作家の記事を読んでいたときに「バイト募集」とあり、学生や主婦も募集とあったので応募して、やっていた。大学を卒業した後、出版社に就職し、そしてフリーライターとして独立したやっている。わたしは仕事依頼のメールを確認してみた。テレビタレントのインパクトのある発言をまとめる仕事、何かを体験してそれをかく仕事など、まだまだ自分で仕事を選ぶ、ということはできないし、もらえる金も安い。まあ二人で暮らすぶんにはまったくこまらないのだけれど。
次に映画評や書評ページなどをみて、流行の映画や本を追いかける。次にテレビ欄。そして次には世間を賑わせている(とよく言われてしまうような)ニュースを確認した。すると、交通事故でこどもが死亡、などそういったニュースも目についてしまう。わたしはそういったニュースをみたり読んだりすると、いまだに吐き気を催してしまう。気を紛らわせようと、わたしは岡本かの子の本を三冊ほど手に取った。
まずは『愛よ愛』を読む。《この人のうえをおもうときにおもわず力が入る。この人とのくらしに必要なわずらわしき日常生活もいやな交際も覚束なきままにやってのけようとおもう。この人のためにはすこしの恥は姿を隠しても忍ぼうとおもう》そして少し飛ばす。《子を思えばわたしとても寝られぬ夜夜が数々ある》《そして涙ぐみつつふたり茶をのむ夜更け》わたしは本を閉じる。次に『愛』《私は苦しみに堪へ兼ねて必死と両手を組み合わせ、わけの判らない哀願の言葉を口の中で》つぶやく、とよんだところで、わたしはまた本を閉じる。こういうときは俳句のほうが読みやすいか、と思い小説を片づける。「かろきねたみ」淋しさにに鏡にむかひ前髪に櫛をあつればあふるる涙。そして、悲しさをじつと堪えてかたはらの灯をばみつめてもだせるふたり。
わたしは家で仕事をするのをあきらめることにする。気分転換に、外に出ようと思った。パソコンと資料を持って準備をした。
外に出て、しばらく左に歩くと、商店街(八百屋が二つ、雑貨店、美容院も二つ、ファストフード店、不動産、コンビニなど)がある。わたしはそちらのほうへは行かず、マンションにすんでいる人だけが通れる道を通り、静かな方へでる。人通りは少ない。郵便局、信号、コンビニ、神社へと進んでいき、大きな十字路(交通量調査のバイトや花束がいたりあったりする)の信号をわたらずに、カフェに入った。
店員に席を案内される。小さくて高い(足の短いわたしは浮くかたちになる)、黒いいすに座って、パソコンを取り出した。しばらくすると頼んだもの(ブラックコーヒー、いちごと生クリームのクレープ、ハニートースト、いちごのショートケーキという、人からみたら支離滅裂な組み合わせ)がきた。わたしはコーヒーをのみながら、そしてトーストのくずがキーボードに入らないように、仕事をし始める。とりあえず題名の欄は飛ばして、「吉沢七郎」と名前だけかき、さてどの記事からかこうかとすると、お父さん、という声が聞こえてきた。
最初は無視していたが、小さな男の子(つぎはぎだらけの服、少し日焼けした、ぼさぼさの髪)が笑顔でわたしに話しかけてくる。わたしは今までまじめにいきてきて、こどもをうんだりそだてたりするのには大きな責任が伴う、ということをしっているのだし、だからこそ俺の少ない収入なんかでこどもをつくったらその子がかわいそうという理由で、まだつくる気なんてさらさらないのだから、こんな子がいるわけないのだし、あんたにお父さんなどとよばれる筋合いはない、と言ってやりたかったのだが、大人げない、ということと、何より懐かしい顔だったので、その気は失せた。ねえ、お父さんでしょ。
その後、おそらくその子の兄であろう子がやってきて、わたしに謝ってきた。彼らが座っていた席を見るとほとんどなくなっていたパフェが一つあっただけなので、「親はきていないの?」と尋ねると、うん、と答えた、偉いね。お父さんは何しているの? とちいさいほうが聞いてくるので仕事、というと兄のほうは「ほら、悪いから」とはなそうとする。わたしは彼らがかわいく思えてきたので、何かプレゼントを、と思ったのだが、今日もってきた仕事の資料は大人向けの、とうていこどもには渡せないものばかりであった。いつもここに来ているの? はい。じゃあ明日いいもの持ってきてあげるよ、と約束し、明日は早起きしなくちゃならないのか、と家に帰った後、少しだけ後悔し、ため息をついた。はあ。
ほい、もってきたよ。わたしは兄弟の席についてブラックコーヒー一杯とパフェ(いちご、メロン、バニラアイスクリームが二つ、そして生クリームとミントのもの)とこどもたちのアイスティー(ガムシロップを二つ)を頼んだ。兄のほうがすみませんという。気にしないでいいよ、といいわたしは兄がしゃべるために口を開けたとき、虫歯で真っ黒なことのほうが気になった。緑のデニム地のショルダーバッグから「妖怪図鑑」を取り出す。ほら見て、というと兄弟は前のめりになる。フランケンシュタインを見せると兄は興味があるようで、うれしそうにみる。弟の方は目をそらした。わたしは彼らの年齢が気になったので、聞いてみると小学五年生と一年生だそうだ。そうなんだ。注文したものがすべてとどいた。
わたしは兄弟をびびらせてやろうと、このおじさん、ねじがぶっささっているでしょ。これはね、フランケンシュタイン博士がね、生きた人間といいかけたところで兄弟が不思議そうな顔をする。そうなんだよ、実はもともと野球選手だったんだけどね、頭をよくしたいっていうから博士が手術して失敗したの。それで頭をつなぎ合わせたのだけれど、皮膚を切りすぎて血が止まらなくて、でもどうにもならないからねじで止めたんだよ。ふたりは疑ったような顔をしているので、ほら見て、顔が青ざめてる、血が足りてないから、とつけたす。ふたりはだまった。
次は何の話をしようかと本のページをめくっていると、わたしの指にきずがあることに、弟は気づいたようだ。単なる湿疹の治りかけなのだが、びびらせるのもおもしろいと思ったので、さっと指をかくした。続きはまた明日ね。会計の後、そういってわたしは家に戻る。兄弟は信号をわたりながら、わたしに手をふった。
最初にかく記事はこどものいじめ問題にしようと思い立つ。「こどもの」という一文が少し気になりもするのだが。何かネタはないかと、わたしは岡本かの子の『兄妹』という作品を開いた。《東京市内から郊外へ来る電車が時々二人の歩く間近に音を立てて走った。電車とは別な道の旧武蔵街道を兄妹は歩いているのだ》妹は兄と一緒に帰るのが楽しいという。ふたりはわざと電車にのらない。かの子は兄の語る言葉は、寂しくうら悲しい、思春期のなやみの哲学的な懐疑も交っているのだ、と書いている。わたしは坂口安吾の『風と光と二十の私と』を開く。私は近頃、誰しも人は少年から大人になる一期間、大人よりも老成する時があるのではないかと考えるようになった、とある。実際、あの子たちもそうなるのだろう。
今日は何の話? と弟が尋ねてきた。今日はドラキュラと伝えるとふたりとも知っている妖怪らしかった。本を開くとワイシャツ、黒のスラックス、革靴、ベスト、黒のジャケット、蝶ネクタイの洒落た男がのっている。白い手袋をしているのを見るとタクシードライバーかもしれない。兄はそうじゃないでしょ、マントと牙があるじゃない、という。あら、ほんとだね。
ドラキュラといえばね、近くに大きな公園があるでしょ。そういうと弟が学校の遠足でいったことがある、といった。そこでね、俺みちゃったんだよね。こんなにスタイリッシュじゃなくて豚面に全身黒タイツみたいな恰好していたのだけれど。うそだよね、と兄弟が怖がる。俺は今までにうそなんかついたことないよ。なんなら明日にでも探しにいってみようか。ふたりは少し考え込んで、行きたい、といった。それはいいのだが、まあ親が許さないだろうな、と思った。ところでいつもふたりでカフェに来ているけれど、親はどうしたの? 兄は少しうつむいて、母は夜の仕事で、父はいません、といった。わたしはかれらを笑わせようとたくさんの嘘話を披露した。
お母さんは許してくれたの? とラインを送ると、うん、とだけ返事が来た。親が許した、ということに、あきれるというかうんざりもしたのだが、よし、公園の下見にいってこよう。
俺はこれから仕事にいってくる、と母に告げて準備をした。待ち合わせの十字路になるべくはやくつくようにした。
約束の時間の三分前に兄弟はやってくる。じゃあいこうか。わたしはふたりと手をつなぐ。カフェとは反対のほうに行き、コンビニ、保育園、ペットショップを通り過ぎた後、公園の入り口へと向かう並木通りに入っていく。人通りはない。スキップでもしようか、といい三人でスキップをする(昼ならはずかしくてこんなことできない。貴重なシーンである)。通りを抜けると、保育園や小さな公園が見えた。俺はあの公園でね、鍛えようとして、ほらあのカラフルな滑り台があるでしょ。あそこで懸垂しようとおもったのだけれど、なんか妙にはずかしくなってね。なんで、と聞かれる。お化けの視線を感じたのかなぁ。
公園につく。その前に柵があるのを見て兄はこれ入って大丈夫なの? とまじめなことをいうのでいいんだいいんだ、と軽くいった。弟もそれについてくる。入り口にトイレがあったのでいく? といったら大丈夫だ、と。ふん、余裕にしていられるのもいまのうちだ。
事務所の横に自動販売機があったのでぶどう味のジェラートをふたり分買った。俺もこどもの頃ね、お父さんにつれられて(競馬をはずしたあとのストレス発散としての散歩だと思うのだけれど)この公園によく来たんだよ。それでよくアイスを買ってもらったんだ、とふたりに渡しながら言う。ありがとう、とおちゃん。
わたしは最短ルートを通ってさっさと終わらせたかったのだが、弟のほうが池の周りを一周したいとうるさいので、しかも兄はそれを止めずにただわたしをみつめるのだし、まあいいか、と歩くことにした。夏になると蛍がでるのだけれどね、この季節じゃなあ。ぐらぐらゆれる、木製の簡易的な橋を歩いていると弟はつまづいて転びそうになる。どうしたかと思ったら、大きめの石が転がっていた。あーあ、もうおしまいだね。弟はなぜ、と不思議がる。これは悪魔の石っていってね最後に踏んだ人は呪われるんだよ。いくらこどもだましでもここまで稚拙じゃ小学生はだませないか、と思ったら、怖がった。そしてわたしの後ろにまわって、わたしに蹴らせようとする。怖がるだけならかわいいと思ったのに。このくそがきめ、と思いながら兄を見てみると大笑い。このくそ兄弟め、と訂正した後、石を拾って川に投げ捨てる。これでもう大丈夫だよ。
木の橋から柔らかい土と雑草の道に切り替わる。夜の森は湿った、というよりも冷たい空気を感じる。虫の声や葉のすれる音が聞こえるからだろうか。そのあとは石の道。くそ兄弟は石を蹴りながら元の場所へ向かった。
坂道を上り、コウモリやバッタ、蛾などのデザインが施された悪趣味なトンネルをくぐると、道は整備されているのだが、ほとんど山奥のように、木がいっぱいの場所にでる。鳥か何かが葉にぶつかる音、そして月明かりは木によってしぼられる。
ふたりはしがみついてきた。その状態でしばらく歩くと、俺が通ってきた中学校が見える。学校生活は楽しい? ふたりとも目をそらす。こういうときよろこんでしまうのがわたしの悪い癖で、人間関係でしょ、と追いつめる。ふたりはわたしから離れた。ごめんごめんとわたしは謝る。君らもあの中学校に通うの? そう、とうなづく。わたしは笑いながら、あのね、いっかい社会の授業中にね、鳥が入ってきたことがあるんだよ。ふたりは興味津々。へえ。
わたしは学校を眺めながら歩く。さっきの話だけどさ、人間関係の悩みは永遠に続くからね、と教えてあげた。そしてわたしは砂を握る。それを学校に向かって投げつけた。
土の上を歩く感触を楽しみながら、やっと目的地についた。このさきにドラキュラがいるんだよ。いってごらん。ふたりはわたしを疑い、何度もこちらをふりむきながら歩き出す。ふたりが見えなくなったところで死んだふりをした(昼間練習をかねてやったとき、誰かにみつからないかと、とても恥ずかしい思いでやった)。
昼間、ちょうどいい太さの木があったので(あんまり細いとドラキュラ〈これはコスプレショップでかったのだけれど〉が貧相にみえるし、太いと縄がほどける可能性があるので)そこに結びつけている。兄弟の叫び声が聞こえてきたのでわたしは息を殺す。
とおちゃん、とおちゃん、とわたしをおこそうと必死でゆする。わたしはふたりのおびえる顔を思いうかべると、笑いをこらえるのにひっしだった。とおちゃん。
ふたりはあきらめて走り出す。少しだけ顔を上げてふたりが見えなくなったことを確認してから、ドラキュラの回収に向かう。
縄をほどき、ドラキュラの衣装を着る。これは部屋の中で練習をしたのだが、意外と楽しかったのでついつい暴れ回ってしまった(学生のころ、そんな友達はいなかったし)。その姿が鏡にうつり、わたしは服を脱いで仕事をしはじめた。
ドラキュラの恰好をして、ふたりを走って追いかける。疲れて歩いているふたりをみつけたのでがおーと、ドラキュラにしては不可解な叫び声をあげながら走り出す。その声に気づき、兄弟はまた逃げ出した。
あーあ楽しい。わたしは服を脱ぎ、また死んだふりをしたときの土が服についていることにきづいたので振り払った。
入り口でふたりがまっていた。近づいてみてみると、目を赤くして腫らしている。とおちゃん生きてたの? 当たり前だ。ふたりは抱きついてきた。ね、ちゃんとドラキュラはいたでしょ。うん、ちゃんと豚面だった。
十字路にきたあと、ここからはふたりでかえりなさい、と冷たく突き放す。なんで? 一緒にかえってくれるんでしょ。最初はそのつもりだったよ。わたしは怒りを抑えて、帰るまでが遠足だからね、と一言ささやく。今度は映画館にでも行く?

今日も妖怪図鑑をもってカフェに向かう。十字路のところで人が集まっていることに気づく。何かあったんですか? と人だかりの後ろのほうにいた一人のおばさんにたずねると、交通事故みたいで、と答えられた。わたしはもうすこしちかづく。警察の人に交通事故ですか? と尋ねる。ええ、まあ大きな十字路ですからね。よくあるんですよ。わたしは背伸びをして確認してみる。二人のこどもだった。事故の原因は? 運転手の不注意で。そりゃそうだろう。あのこたちがマナーを守らないわけがないのだから。この本、あそこに落ちてました。もしかしたら飛ばされたんじゃないかと、と遺品を渡し、警察に会釈をする。わたしは事故現場から離れ、家に帰ることにした。

2019年6月9日公開

© 2019 yohei

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