地球観測者の決断

ショートショート・ストーリーズ(第9話)

諏訪靖彦

小説

2,275文字

地球を観測していた異星人の乗る調査船を襲ったアクシデントとは。「西川口NK流文学賞」大賞受賞作(当然嘘です)。二千字程のショートショートです。

――飛翔体接触までクヤン三百二十三分の一。駆動系を再起動する時間がありません。回避不可能です。飛翔体はその形状から液体金属放射により撃墜可能です。エネルギー充填までクヤン八百一分の一。冷却器駆動までクヤン八百二十二分の一。エネルギー充填を開始しますか?
 自律思念観測機ヨグソフホートが地球観測者ノデンスに報告する。
「とりあえず充填しておいてくれ。俺はクヤン四百二十三分の一考える。充填後待機」
 ノデンスは考える。人類の生殖行動に気を取られていなければ回避できたのだ。ノデンスは地球観測用双眼鏡で公園の木陰で生殖行動を行っているヒトを観測していた。風が吹いて木の枝が揺れれば、細部まで見えるのにと考えていたとき、ヨグソフホートが飛翔体の接近をノデンスに報告した。しかし、ヒトの生殖行為に気を取られていたノデンスはヨグソフホートに生返事を返しただけで済ませてしまったのだ。ノデンスの思考はパラレルには機能しない。ノデンスは頭を振る。過去を後悔しても意味がない。今はどうやって飛翔体に対処するかを考えなくてはならないのだ。
「ヨグソフホート、飛翔体についての詳細な情報を教えてくれ」
――飛翔体は並列的国家機関に所属していない地域から発射されたと考えられます。もしくは並列的国家機関に所属していたとしても通告せず発射されたものと考えられます。三次元画像照射しますか?
「出してくれ」
 ノデンスの手のひらの上に恒星エネルギーパネルの装備されていない人工衛星のようなものが映った。ノデンスは手のひらを左右に動かし観察する。ところどころに文字のようなもの書かれているが、ノデンスの知らない文字だった。
「図形の様にも見えるが……この文字についての情報はないか?」
――ありません。ヒトの主要文字ではありません。
 ノデンスは文字の印象から近代に作られた文字ではないかと予想した。簡単な図形を組み合わせた文字で合理的に思えたのだ。文字に意味を見出せないか考えているところにヨグソフホートの思念が割り込む。
――発射地の場所が特定できました。地球座標北緯四十度五十一・三四二分 東経百二十九度三十九・九四八分です。
「わかった。引き続き情報を集めてくれ」
 そう伝えるとノデンスはヨグソフホートが示した場所を双眼鏡で観測した。田畑の広がる農村地帯だが、周囲の景観にそぐわない森がある。人為的に作られたとみられる森の中心に、シャベルでくりぬかれたような長方形のくぼみがあり、その中にロケット発射台が置かれていた。周辺には上を見上げながら手をたたいて喜ぶ人々の姿が見える。
「口の動きから言語を符号化できないか?」
――無理です。観測域から外れました。
 ノデンスは迷っていた。飛翔体を発射した国が、飛翔体をリアルタイムで捕捉する技術を持っていなければ、すぐにでも破壊したかったが、入手可能な情報からは確認できない。また、発射国が捕捉していなくとも、飛翔体を並列的国家機関が捕捉していれば、破壊することにより我々の正体を明かしてしまう危険性が有る。
「並列的国家機関は飛翔体を捕捉しているのか?」
 ヨグソフホートはエシュロンにアクセス可能であり、主要国家機関の情報をリアルタイムモニタリングしている。それらの情報を統合し、簡略化した言葉でノデンスに伝える。
――捕捉しています。並列的国家機関ではありませんが北米航空宇宙防衛軍が捕捉しています。しかし軌道計算が正確ではないようです。彼らは我々のいる推進器残骸に衝突する予測を立てていません。
「我々が飛翔体を撃墜した場合、彼らはどうする?」
――調査です。
「クソっ」
 ノデンスはホログラムを握りつぶす。現時点で我々の存在を彼らに知らせることは出来ない。取るべき行動は一つしかなかった。
「攻撃準備解除。我々は観測船を放棄する」
――飛翔体接触までクヤン二百三十三分の一。脱出ポッド準備完了までクヤン百四分の一。観測船を飛翔体に接触させるのですか?
「いや違う。観測船を分子分解させて飛翔体の軌道を守るんだ。観測船分子分解準備開始。地球観測情報を高分子情報器官に複写開始。脱出準備完了次第報告してくれ」
――観測船分子分解までクヤン二百四十四分の一……
 苦渋の決断だった。しかし、原始文明との接触回避を第一に考えなくてはならない。我々と対峙するにはヒトは幼すぎるのだ。ヒトは国家という奇妙な鎖に縛られている。統一機関は機能しているとはいいがたく、これはヒトの進歩を著しく停滞させている。
――脱出準備完了報告ではありませんが、飛翔体から発せられている音声信号の取得に成功しました。
 ヨグソフホートの報告にノデンスは驚いた。
「何を言っている? 宇宙空間での音声発信に意味がないことはヒトでも分かっているはずだろう」
 そう伝えてからノデンスは考える。ヒトは時として意味のないことをしたがる。
――正確にはモールス符号です。思念化しますか?
「やってくれ。いや、思念ではなく音声出力してくれ」
 観測船内に無機質な音が響き渡る。
――マンセー、マンセー。キム・ヨンヨン、マンセー。
「これは何を意味している?」
――我々が観測していた地域の言語ではありません。恐らく何かを称える言葉だと思われます。彼らの宗教が関係しているかもしれません。
「キム・ヨンヨンと言うのがその地域の神なのか?」
――その可能性が高いです。飛翔体に描かれた文字も彼らの言葉だと推測されます。
「そうか、わかった」
 観測船放棄を決めたノデンスにとって、もはやどうでもいいことだった。
 
 
 
諏訪靖彦 『サイファイ・ララバイズ』収録「インターミッション1」

2019年3月17日公開

作品集『ショートショート・ストーリーズ』第9話 (全10話)

ショートショート・ストーリーズ

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© 2019 諏訪靖彦

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