丸椅子に腰かけた男性医師が、シャーカステンに貼られたレントゲン写真を見ながら言った。
「根本さん、あなたの余命は五分です」
医師はレントゲン写真から目線を外すと、神妙な面持ちで座る根本へ椅子を回した。
「え、五分? 五か月とか五年じゃなくて?」
根本は驚いて聞き返す。
「ええ、五分です。あなたは五分後に死にます」
数日前から胃に違和感を感じていた。昨夜それが背中の痛みへと変わり、今朝起きると微熱と共に関節が痛み出した。このままでは仕事に支障をきたすと思い、午前休を取って病院に来てみたが、午前休どころの話ではないようだ。
「治療法とかは無いんですか? 不治の病なんですか?」
「不治の病と言うか何と言うか、治る治らない以前の問題です。だって根本さんはあと五分で死ぬんですから」
「入院とかは?」
「入院どころの話ではないでしょ。だってあなたの余命はあと五分なんですよ。入院手続きをしている最中に死にます」
医師は壁掛け時計に目をやり「正確にはあと四分です」と付け加えた。
「じゃあ薬とかは? 痛みを緩和する薬とかないんですか?」
「根本さんは死ぬほどの痛みを感じていますか?」
「いえ、死ぬほどの痛みではありません」
背中や関節に痛みを感じているが、耐えられないほどではない。倦怠感もあるが死ぬほどでもない。
「死ぬほどの痛みでなければ薬は出しません。それに痛み止めを注射するにしても、準備している間に根本さんは死にます。頓服薬ならなおさらです。毎食後飲んで下さいと言って処方しても、根本さんには意味がありません。だってあと三分で死ぬんですから」
確かにあと三分で死ぬのならば、入院も薬も必要ないだろう。
「そうですか……それで病名はなんですか?」
「いいですか根本さん。あなたはあと二分三十秒で死ぬんですよ。病名を聞いてどうするんですか? 病名を聞いてそれをSNSで発信して同情されたり、闘病ブログを開設して世間に病気の事を知ってもらおうなんて時間はありません。なにせあなたはあと二分十五秒で死ぬんですから」
確かにそうだ。病名を知ったところで、その病と向き合う時間すらない。
「死ぬときは苦しいでしょうか?」
「さあ、どうでしょう。死ぬわけですから、それなりに苦しむでしょうね。でも安心してください。二分以上は苦しみません。だって根本さんはあと二分で死ぬんですから」
根本が沈黙すると、医師は机の上に置かれた赤いボタンを押した。するとアナウンスが流れる。
――番号札〇〇番の方、二番診察室の前でお待ちください。
「他に聞きたいことはありますか? 次の患者さんが待っています」
「特にありません」
「では、診察は以上です。お大事になさってください」
根元が立ち上がろうとしたところで医師が声を掛けた。
「ああ、そうそう。言い忘れていました。ここで会計を済ませてください。根本さんは後三十秒で死ぬので会計場所にたどり着けません」
そう言って医師は根本へ診療明細を差し出した。
黒崎游 読者 | 2019-04-03 23:31
医者と患者のやり取りが面白かったです。
不謹慎な笑いのようで、ブラックジョーク的で好きです。
諏訪靖彦 投稿者 | 2019-04-04 14:43
コメントありがとうございます。この作品はカクヨムのショートショートコンテストでカクヨム賞をもらった作品です。不謹慎を笑う話が大好きなので、こんなのばかり書いてます。よろしければ他の作品も是非。