夏の昼下がり、ガラスの水槽の中を金魚がふわふわと泳いでいる。南に面した窓から射し込む光が水槽の中を明るく照らし、たえず口をカプカプと動かして笑い続ける金魚は揺らめくローソクの炎のように輝いて見える。開け放たれた窓から入ってくる心地よい風はかすかに潮の香りをはらんでいるものの、部屋から海は見えない。外に広がる景色は、住宅街に茫漠と連なるコンクリートの屋根と青空だけである。ひきこもり男はガラスを指先でコツリと叩いて金魚に言った。
「かわいそうなやつだな。だってそうだろ、こんな小さな水槽に死ぬまで閉じ込められて、与えられた餌を食べて糞を出すだけの生活なんて。大きな湖の存在すら知らず、体力の続く限り遠くまで泳ぐこともできず、水藻の林の中で子どもを育てることもなく。なあ、お前も自分の不幸な身の上を嘆いて暮らしているのかい?」
ガラスに近づいたひきこもり男の顔を見て、金魚は尾びれを揺すって笑った。数年前、気晴らしになるからと家族が買ってきたときにはありがた迷惑だと彼は思ったが、部屋で同居を続けるうちに自然と愛着が湧いてきたようである。今ではひきこもり男の大事な話し相手になっていた。といっても話すのはひきこもり男のほうで、金魚はいつも聞き役である。
「バカだなあ、あんた」と、不意に猫の声がした。いつの間にか窓のへりの上に寝そべっている。ひきこもり男が気づくと、猫は気取った足取りで入ってきて部屋の中にあるソファに陣取った。肉づきのいい白と茶色のぶち猫で、動くたびに首輪についた小さな陶器の鈴が音を立てる。隣にあるやちむん工房で飼われている猫だろう。
「そいつが不幸なわけないよ。何てったってこのおサカナちゃんは自分の意志でその中にいるんだから」
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