でぶでよろよろの太陽  (4章 の1)

でぶでよろよろの太陽(第10話)

勒野宇流

小説

2,631文字

   (4章の1)
 
 
 1年、あるいは2年前だろうか。いずれにしろ少し前になるが、わたしは強く印象に残るテレビ番組を観た。もちろん今歩いている「夢の世界」でのことではない。現実世界でのことだ。
 
 そのテレビ番組は再生細胞かなにか、とにかく最先端医療の、人体の再生を扱ったものだった。その中の一シーンに、指が生えてくるというVTRが流れていた。
 
 映画でもドラマでもない、れっきとした、天下の公共放送のドキュメンタリー番組だ。SFでもホラーでもなく、ノンフィクションだった。
 
 VTRの男は外国人だった。事故で切断された、人差し指だと記憶しているが、ともかく一本の指が、特殊な再生細胞の粉を付けて、元通りに生えてくるというものだった。
 
 人工の指をこしらえるというものでもなく、切れてしまった指を付けるというものでもない。再生細胞が遺伝子という道しるべを頼りに、元あった指を復活させているのだ。まるでトカゲの尻尾が元通りになるように。
 
 画面では、指の切断された部分に日々再生細胞の粉を付けていっていた。もちろん何ヶ月間ものことなので、早送りだ。すると切断面からにょきにょき生えてきて、見事元通りの状態になったのだった。副作用といえば爪の伸びが速いことくらいで、あとは他に不便がないということだ。なくした指が元通りになるのであれば、数時間に一度爪を切ることなんて、負担のうちに入らないだろう。
 
 この今の世の中、発明や発見など日常的に見せ付けられて、突拍子もないことには免疫がついている。すごいことでも、すごいことだと思わなくなってしまった。紙っきれほどの超薄型タブレットに、巨大なジンベエザメを飼育する水族館。わたしが小さかった頃にSFマンガで描かれていたようなものを、日々、これでもかと見せ付けられている。これではちょっとやそっとのことでは動じなくなるのも、当然というものだ。わたしもまた現代の一般的な人間として、驚きの感覚など麻痺していた。実際この、指が生えてくる番組も少ししたら忘れていた。他の発明品に感じたときとさして変わらない、「これはすごい、科学もここまで進んだのか!」と驚いた程度で、日が経てば別のものに興味が移っていたのだ。
 
 それが後から、番組を思い起こして印象を強くしていくことになる。その番組からしばらくのち、わたしは医師から、すい臓がんと告げられて余命の宣告も受けたからだ。自分自身に最先端医療というものが最大の関心ごとになり、最も身近な話題になったからだった。
 
 指の再生はまだ広く実用には至っていない。番組ではそう言っていたが、この先進国日本の公共放送によって流されたのだからウソではないだろうし、そこまで成功しているのであれば実用はそう遠くないはずだ。現在こうやって驚いているのが笑い話になるくらい、一般的なことになっていくことだろう。
 
 それにしてもわたしは、番組に出ていた外国人が心からうらやましいと思った。今この時代に生まれたからこそ、指の再生という恩恵に預かれたのだ。もっと前、たとえば一世代前に生まれていたら、指の切断は死ぬまで背負わなければならない障害だった。
 
 指を生やせるというSFまがいのことができるのであれば、どうしてちょっとばかり端っこが傷んだすい臓が、どうにもならないのか。なぜ手術すらできないなどと言われなければならないのか。なくなった体の器官を生やすより、悪い部分を切り取る方がどう考えても簡単なはずだ。切除すらできないだって? それは医学の怠慢なのではないか。切除という行為では注目が集まらないので、研究の対象にもされずに放っとかれているのではないだろうか。むずかしいことができて簡単なものができない。素人考えではそういうことに感じる。わたしは憤慨した。
 
 わたしの怒りは医療従事者にとって理不尽なことだろうが、しかしこう思ってしまうのも無理からぬことでもあった。なにしろすい臓がんは、予兆一つなくわたしの目の前に現れ、心の準備をする猶予も与えずに死を突きつけたのだから。
 
 わたしが勤めていたのは世間の誰もが知っている食品会社だったので、福利厚生は、それはもうしっかりしていた。当然年に一度、健康診断を受けている。公共機関がやっているものなど比較にならないような、しっかりしたものだ。
 
 健康診断は強制的で、すっぽかせば代替日が指定され、仕事を休んででも受けさせされる。そこまで徹底しているのは、もちろん従業員の健康を気遣ってくれるからというだけではない。社員の健康管理がずさんだという噂でも広まったら、企業イメージが大きく傷つくからだ。
 
 大会社に通い、毎年健康診断を受けている者にとって、大病というのはいきなりやってくるものではない。なにかしらの変調を、まずは検査によって知らされるところから始まる。それから大病と関わっていくことになる。
 
 きっかけとなるものは数値であったり、画像であったりだ。そのような、なんらかの異常を指摘され、精密検査、そして入院に進んでいくという段取りになる。実際、わたしの周りの人間はそうだった。レントゲンに影が映り、採取した血液に正常値から大きく逸脱した数値が見つかり、そのようなものを経て、次のステップへと進んでいった。
 
 そこで、短い者もいればかなりの期間を置く者もいるが、いずれにしてもグレーな状態をしばらく味わう。もしかしたら、という不安を抱える期間だ。それを踏まえたのちに、重大な症状だと伝えられて大病との付き合いが本格的に始まっていく。
 
 しかしわたしのすい臓がんは違った。いきなりやってきたのだ。健康診断で異常は見つからず、それは健康だったからというわけではなく、つまりは健康診断がなんの役にも立たなかったということを意味する。
 
 ある日突然、なにも食べられなくなった。ご飯の一口分も、おかずの一切れすらも受け付けない。食欲がわかないどころではない。体が受け付けないのだ。しかしその時は風邪が胃に来たか、あるいは軽い食中毒の類かと考えただけで、まったく深刻には受け止めなかった。人間長いこと生きていれば、思いつく原因がないのに胃腸の調子を大きく崩すことがあるものだ。わたしもこれまでの人生、そういったことが何度かあった。今回もそんなものだろうと思ってしまったのだ。
 
 

2017年12月7日公開

作品集『でぶでよろよろの太陽』第10話 (全30話)

© 2017 勒野宇流

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