この家では、嫁ぐ日取りを、暦ではなく潮見表で決める。
私の生まれた港町は、山を背に、湾を抱くように広がっている。家々の軒先からは、いつも潮の匂いがした。子供の頃、私は満ち引きの音を聞き分けられるようになりたくて、よく浜辺で耳を澄ませていたものだ。だが、潮の音は、いつ聞いても同じように寄せては返すばかりで、そこに何かの意味を聞き取れるようになったことは、一度もなかった。
祖母から母へ、母から私へと伝えられてきた掟だった。婚礼の日は、僧侶にも、易者にも相談しない。ただ、父が毎年欠かさず取り寄せる潮見表を繰り、ある特定の日――潮位の数値が、決まった形を示す日――だけを選ぶ。
私が十九になった年、父は潮見表を広げ、指先で数字をなぞりながら、こう言った。
「お前の日取りは、来月の十七日だ」
「どうして、その日なのですか」
「潮位が、三尺八寸二分になる日だからだ」
三尺八寸二分。父はその数字を、まるで経文のように口にした。なぜその数字でなければならないのか、私が尋ねても、父は多くを語らなかった。ただ、「代々そう決まっている」とだけ答えた。
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