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検疫日誌

落丁(第2話)

ゐで保名

日誌は、正しい。ただ、数えるたびに、誰かが足りない。

タグ: #AI #幻想文学 #耽美小説

小説

2,344文字

以下は、M島検疫所に残された「検疫日誌」の写しである。同日誌は、同島の旧消毒所跡の資料庫にて発見された。原本の体裁をできるだけ損なわぬよう、日誌本体の記録と、欄外に残された書き込みとを、そのまま併記する。書き込みの筆跡は、後に検疫所付医官・宮口某のものと判明している。

 

明治二十一年 六月

 

入港船「相生丸」。乗客三十二名、乗員十一名、計四十三名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

明治二十一年 七月

 

入港船「白鴎丸」。乗客二十八名、乗員九名、計三十七名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

明治二十一年 九月

 

入港船「豊国丸」。乗客三十名、乗員九名、計三十九名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

明治二十二年 三月

 

入港船「筑紫丸」。乗客四十七名、乗員十三名、計六十名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

(この頁より、欄外に別筆の書き込みあり。宮口某、当検疫所付医官として着任した記録が同年に存在する。以下、同筆跡による書き込みを併記する)

 

欄外――上陸の際、点呼を取りしところ、四十六名。日誌の記載と一致せず。上役に報告するも、「数え違いであろう」と取り合われず。着任早々のことゆえ、これ以上は言葉を控えた。

 

明治二十二年 五月

 

入港船「豊国丸」。乗客三十九名、乗員十名、計四十九名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

欄外――今回も、上陸時の点呼が一名足りず。四十八名。前回と同じ食い違いである。隔離小屋を検めしも、異常は見当たらず。誰が足りぬのか、名簿と照らし合わせても判然とせず。念のため、名簿の写しを別に取っておくことにした。

 

明治二十二年 七月

 

入港船「相生丸」。乗客三十四名、乗員十一名、計四十五名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

欄外――また一名、足りぬ。今度は、隔離小屋の見張りに問うたところ、「毎晩、人数を数え直しているが、いつも夜半になると、一人分、床几が余っておるように見える」と申した。見張りの思い違いであろうと、私は答えたが、内心では同意していた。

 

明治二十二年 九月

 

入港船「白鴎丸」。乗客三十一名、乗員八名、計三十九名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

欄外――今日もまた、一人多い。多い、と書いたのは誤りではない。上陸の点呼では、名簿より一名少ないのに、隔離小屋の食事の数を数えると、なぜか名簿より一名多く配られている。少ないのか、多いのか、もはや私にもわからなくなってきた。厨の者に問うても、いつも通りの数しか作っていない、と言うばかりであった。

 

明治二十二年 十一月

 

入港船「筑紫丸」。乗客四十四名、乗員十二名、計五十六名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

欄外――誰が余分なのか、誰にもわからない。名簿の名前を一つずつ確かめても、誰も答えられない。皆、自分は最初からここにいた、と言う。ならば、余分なのは、いったい誰なのか。あるいは、余分なのは、名簿の方なのか。この頃より、夜、隔離小屋の方角から、低い話し声が聞こえるようになった。見回りに行っても、誰も起きている者はいない。

 

明治二十三年 一月

 

入港船「豊国丸」。乗客二十六名、乗員九名、計三十五名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

欄外――今宵、隔離小屋を見回った。灯りの下で、乗客の顔を一人ずつ数えた。三十五、と数え終えたはずが、もう一度数え直すと、三十六になっていた。誰が増えたのか、私には見分けがつかなかった。皆、同じように疲れた顔をして、私を見ていた。上役に再度申し出るも、「島の空気が悪いのだろう、休め」とだけ言われた。

 

明治二十三年 二月

 

入港船「相生丸」。乗客三十七名、乗員十名、計四十七名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

欄外――

 

(この行のみで、書き込みは途絶えている。以降、同筆跡による記述は一切見られない)

 

明治二十三年 四月

 

入港船「白鴎丸」。乗客二十九名、乗員八名、計三十七名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

明治二十三年 六月

 

入港船「筑紫丸」。乗客四十一名、乗員十一名、計五十二名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

(宮口某の名は、以降の検疫所職員名簿には見当たらない。同人物のその後の消息については、資料庫に一切の記録なし。後任の医官による引き継ぎの記述にも、前任者に関する言及は一行もなかった)

 

明治二十三年 九月

 

入港船「豊国丸」。乗客三十三名、乗員九名、計四十二名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

明治二十四年 一月

 

入港船「相生丸」。乗客三十六名、乗員十名、計四十六名。検疫の結果、異常なし。隔離七日を経て、全員上陸を許可す。

 

(以下、日誌はこの体裁のまま、大正初期に検疫所が閉鎖されるまで続く。欄外への書き込みは、宮口某の記録を最後に、二度と現れることはなかった。数十年分の記録を通読しても、乗客数の食い違いを指摘する記述は、他のいかなる筆跡にも見当たらない)

 

© 2026 ゐで保名 ( 2026年7月11日公開

作品集『落丁』第2話 (全3話)

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