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蛭田がいた(1)

蛭田がいた(第1話)

今野和人

群像五次通過、太宰治賞一次通過、すばると文藝賞一次落選の作品。
思い入れがあったので何回も送ったんですが、もう十分落ちたのでここに残します。

小さいころ、クラスや地域で疎んじられている人と仲良くすることが多かったです。
そういう人たちを蛭田という男に凝縮しました。

何回か編集したんですが、字下げが反映されていないところが多々あります…。

小説

7,083文字

 夏の夜、木の葉が大量に浮いた緑色のプールの中を裸で泳ぐ蛭田がいた。悠斗は病気になると止めたが、おれ病気になったことないんだよね〜と悔しそうに言う蛭田がいた。おれの「お」のほうにアクセントを強く高く置く蛭田がいた。
そんな蛭田が悠斗の人生に一時いた。
火事がおこり、そこから辛くも逃げ出してきたような風貌ーーチリチリ頭でちぎれたTシャツを好んで着ており、半ズボンの下の膝はいつも黒ずんでいる。目や輪郭はいわゆるグレイ型の宇宙人のようで、彼自身地球にも教室にも居場所がないのか、よく授業中彫刻刀で消しゴムや机を切りつけて変形させていた。本当は自分自身を変身させたかったのかもしれない。
そんな蛭田が悠斗の人生に一時確かにいた。

 

父親が裁判官である悠斗は幼少期から転校を繰り返していた。友だちとどんなに仲良くなろうが別れはくる。案外早く、突然に。だから仲良くしすぎないことが鉄則になる。いつしか彼は家に友達を呼ばなくなった。マンガの貸し借りもしない。ほうぼうで落ち着いてるねと言われるようになった。
十歳にして目をつけられない生き方を心得たのだ。たまに、はじめての転校の子といっしょになることがあったが、緊張のあまりいじられる要素をそこかしこに見せてしまうのを見てあきれてしまう。そういう子は見た目にも気を使わず、女子の批評にも無自覚で、男子の中にいじめてもいいのだという空気を醸成してしまう。
一九九五年、春の雨がしとしとと降る日、悠斗は転校してきた共立小学校でも絵が上手な子として渡り歩こうとしていた。自己紹介のときに絵を描くのが好きですと宣伝する。土地柄を考え、あまりおしゃれになりすぎないように注意を払った服装をして。かれはその名前を裏切らない、女形が似合う瓜実型のほんのり甘いマスクをしている。
悠斗の自己プロデュースおよびファーストコンタクトは成功した。休み時間になるとお調子者が何か描いて! とやってくる。似顔絵を描いてやる、少し良く。それを女子が遠巻きに見ている。その視線を意識して、誰が人気なのか悠斗は察知していく。

そんななか一人、信じられないほどつまらなくて驚いちゃうという顔を向けてくる男子が蛭田暢夫だった。蛭田は机に突っ伏してはチラチラと見てくる。うら寂しい遊園地の間歇的に首を曲げる人形のように。 ねえ、死ぬほどつまらないよ〜。

帰り道、早速できた友だちに蛭田のことを聞くと、小学五年生にしては見事な苦笑いをして、ああ、蛭田くんはみんなふれないようにしてる。気持ち悪いしね、普通に話すの無理だしな~と口々に言う。いじめられてるの? と聞くと、いや、関わるのも無理、何するかわかんないし、ずっと彫刻刀もってやばいでしょともう蛭田の話なんか金輪際ごめんといった口調で語るので、かれの教室内の地位を得心した。

 

悠斗が蛭田に興味を持ったきっかけは習字の時間だった。
悠斗がこの学校ちょっとやばいかもと思ったのは毎日習字の時間があり教室の後ろに貼ってある字がどれも同じ人物が書いたように似通っていたからだ。同じ顔をした「友達」「夢」「将来」が並んでいて不気味極まりない。もちろん、蛭田だけは活きのいいうなぎが半紙を飛び跳ねているような書体で、一人異質であった。
担任の倫子先生がお手本の「調和」という字を書き、黒板に貼り付け、皆はそれを真似して筆を運ばせていく。彼女は生徒の間を歩きながらアドバイスをしていく。うん、そこの払いに注意して。そう、最後はしっかりとめる。少し斜めにするときれいにみえるよ。太くしすぎるとバランスが崩れるからね。悠斗は持ち前の絵のスキルで忠実に模写してほめられた。
ため息が聞こえ、悠斗は振り返る。倫子が蛭田の習字を後ろから見ている。蛭田くん、黒板の字をちゃんと見て。見てますよ。見てないでしょ、こんなうねうね先生書いてないよ。おかしいな。ふざけないで。一生懸命、一生懸命ですよ。先生と一緒に書こう。えー気持ち悪いよ。何が気持ち悪いの。手が二つあるみたい。

倫子が蛭田の後ろから手を伸ばし、筆を2人でもって墨汁をつける。やだなー。すぐ終わるから。はい、ここにちょんとつける。次は横に、逆逆。きもちわりー。左から右でしょ。やだなー。はい、左から右に横、もう1回、次は縦に。おえ、吐きそう。なにいってんの。もう一回墨汁つけて。やばいやばいくる。何が。波がくる、波が。え? 何? ゲロがくる!
まわりの生徒たちがささっと蛭田の近くから離れた瞬間、蛭田は調和という文字の上に大量の小さい麺を胃液とともに吐き出した。実直な墨の香りの教室を風呂に数日入ってない巨漢の男に酢をぶっかけたような匂いが侵食していく。
もー、だから言ったのにと蛭田は唇をぬらぬらさせながら言った。何なのもう。先生が気持ち悪いせいですよ〜。蛭田はこんもり積もって湯気が立つ馬糞でも見るような顔で倫子を見ておえ〜と何度もえづくと、彼女の表情が強ばり蛭田の肩をガシッとつかんだ。どこからか先生! と鋭く叫ぶ声がして、悠斗が廊下側を見ると学級委員長の優理であった。倫子は我に返ったように片づけなさいと静かに言った。悠斗はこの生徒とやたら仲良くしたがる教師が蛭田とは一緒にゲロを片づけないのだなと少しおかしくなった。

 

蛭田は体育の時間なぜかいつも見学していた。その日悠斗は体操服を忘れたふりをして休みをとり話しかけてみることにした。グラウンドのはじに並んで腰掛ける。
「いつもさ、授業中なにしてるの?」
蛭田はポケットの中から何か取り出して悠斗の前にサイコロを振るように投げた。悠斗はその大きな消しゴムと思しき何かを手にとり裏返してみる。

倫子を描いた消しゴム版画であった。長い年月放置された洋館から垂れたツタのような髪、平方四辺形に開いた口、黒目のない目、真四角に描かれた寸胴の体型、右手が筆に左手が硯になっている。
「これ、倫子先生?」
「なんでみんな佐藤先生って呼ばないんだろうね」
「え?」
「倫子先生と呼んだほうがお互い得なんだろうなあ」
悠斗は質問をキャッチせず、置いてけぼりにして歩いていく蛭田に戸惑う。
気持ち悪くなってきたと蛭田は言うと、素早く悠斗の手から消しゴムを奪いポケットの中に入れた。悠斗はアリを人差し指に乗せてくすぐったい顔をする横顔を見ながら、その反抗の謎に迫ろうとした。
「……絵、うまいんだね」
「……」
「そんなに器用なら、習字なんて余裕じゃない?」
「うまく合わせられないんだ」
「そうなの?」
「いーよな〜、木嶋くんは。すぐ合わせられて」
悠斗は露骨に嫌みを言われた気持ちがした。
「すっごい早かったもんね、みんなに合わせるの」
「別にいけなくないでしょ」
「いーよな〜、うらやましーな〜」蛭田は下を向いて口を大きく開けて言い、アリの仲間たちに同意を求めているようだった。
笛の音がして、悠斗は正面を見る。ピラミッドをつくった生徒たちが震えながらバランスをとっていた。

 

とぼとぼと夕日に向かって歩く蛭田を悠斗は尾けていた。いつも遊ぶ友だちとの誘いを断り、尾けたくもないのに尾けていた。傷が化膿する前に塞ぎたいがどうしていいかわからず。
蛭田は下を見ながら歩いていたが、いらいらしたように振りかえる。
「おれの影踏んでるよ」
「いけないの?」
「なんか痛い」
「……別に、みんなと合わせるの楽しくないよ」
「無理なさんな」
「転校したことある?」
「……みんなとぴたっと合うの、気持ちいいと思うんだよなあ」
「……蛭田くんがゲロはいて、なんかすっきりしたんだ」
蛭田は鼻をひくつかせる。
「みんな同じような字を書くの、つまんないよ」
蛭田は喜びで打ち震えんとばかりに目を大きく見開く。
「それだけ言いたかったから」と悠斗は言うと来た道を戻ろうとする。すると、彼にすっぽり包む影のような声が覆い被さる。
「よければよければ、あれです、お近づきの印を渡したいなと」

 

工場が立ち並ぶ通りの一角に蛭田の家はあった。外壁に蛭田印刷という文字が書いてあるが、壁はあちらこちら握りしめたカッターでむしゃくしゃして切ったようなひび割れを起こしている。もはや稼働せず久しい静けさ、汚さ。
階段で三階にあがり蛭田の家族が暮らしていると思しき家の一室――畳の間に通された。カビ臭い。窓の上にインテリアのつもりなのか粗く印刷された花々が貼ってある。家具は焦げたパンの耳のような色のタンスと薄い黄色の染みをあしらったようなカーテンがあるだけだったが、その丸まったカーテンから細い足が2本見える。

悠斗は小声で誰? と蛭田に聞いた。蛭田が道夫、お客さんと言うと、カーテンがくるくると回って広がり、蛭田と瓜二つの少年が現れた。双子の弟、と蛭田は言う。よく見ると道夫のほうが剃っているのか眉毛が細い。
不登校だけどたまに代わりに学校行ってくれるんだ。代わりに? 自分を休みたい日もあるからね。悠斗は蛭田のニヒルな言い回しに苦笑を押し殺す。案外かっこつける奴なのかもしれない。
お近づきの印をじゃあといいながら、蛭田は背伸びをしたり、アキレス腱を伸ばし始める。蛭田が道夫~、やろっかと言うやいなや、道夫は部屋を勢いよく飛び出し階段を降りる音を立てる。蛭田は鷹揚にプールに入る前のような体操をし続ける。
やがて階下から缶か何かを規則正しく叩く音が聞こえる。蛭田はそれを合図とばかりにシュ、シュ、シュシュシュと口ずさみ、部屋を酔っ払ったエビのように踊り出ては階段を降りていく。悠斗はこの隙に帰りたかったが黙って帰るのも怖いのでためらいつつ尾いていく。
悠斗が一階の青いドアを開けると、缶の音が大きく乱暴に聞こえる。錆びた機械と大判の紙の香り。大きな印刷機に挟まれた通りを歩いた先、フロアの真ん中で上半身裸の道夫が塗料の空き缶をひっくり返して棍棒で叩いている。

道夫の隣には作業台があり、そこには版画紙やバレンなど版画制作の用意ができており、これまた半裸の蛭田が立っていた。道夫の打撃音にからませながらシュ、シュ、シュシュシュという呪文を目をつぶった蛭田が挟み込む。そして大きくそりゃと叫んだあと、目を見開いた蛭田が主版にインキをびゅっと置いて満遍なくひろげ、版画紙をのせるとバレンで擦る。シュ、シュ、シュシュシュ、シュ、シュ、シュシュシュ。蛭田はつばを飲み、はじめて彼女のスカートを脱がすように版画をめくり転写されたことを確認すると、道夫に近づき両肩を両手でたたく。すると道夫は棍棒を蛭田に渡し、蛭田が缶を叩く。道夫は版画を水刷毛で馬をブラッシングするように湿らすと水彩絵具で着色していく。ほどよくなじませ裏返すと薄ぼんやりした湿った世界は視力が回復したようにくっきり色づく。今度は道夫が蛭田の肩をたたくと、蛭田は新しい版画にとりかかる。悠斗はその一連の繰り返しを祭り囃をはじめて目の当たりにした五歳児のように呆然と見る。
アイロンで顔のシワを伸ばされニコッとする老婆。半分に割ったピーマンに肉詰めのごとくぎゅうぎゅうに詰められた小さい人間たち。プールの底から見たスクール水着姿の女子の下半身。蛭田はその三枚を作業台に並べて肩で息をする。好きなの、どうぞ。どれも気持ち悪いね。蛭田は腹を折ってゲラゲラ笑ったあと、悠斗を下から覗き込んで言う。や~、好かれるために描いてないから。また嫌みを言われて、悠斗は静かに傷つく。道夫も息が上がっており、上半身には汗が吹き出ている。
でも、すごいと思う、すごい。悠斗はあらためて版画を見回す。蛭田は鼻をひくつかせ、悠斗に近づく。小声でこれでしょと水着の女子の版画を差し出す。悠斗がそれをちらっと見ると、道夫がクスクスと笑い出し、蛭田になまめかしく耳打ちした。エッチだねって。そっちが渡してきたんでしょ。そんなに見なくても。見てないよ。これで何してもいいからね。しないよ何も。

また、道夫が蛭田に耳打ちする。
「鬼ごっこしたいって」
「え、もう帰るよ」
「一回一回、鬼やるから」人差し指を立てて身をよじらせながら蛭田は悠斗に懇願した。
「道夫が何かしたいっていうの、滅多にないんだ」
「……まあ、じゃあ一回だけ」と悠斗が言うや否や蛭田が駆けだしては赤い塗料が入った缶をもってくる。そりゃという叫び声とともに蛭田は塗料を上半身にぶつけては塗りたくる。汗で光る体が粘りけのある赤で染まっていく。
え、何、何やってんのと恐る恐る悠斗が聞くと、鬼になると蛭田はつぶやき、顔も赤く塗りたくる。悠斗が後ろに下がると、本気で逃げたくなるでしょと蛭田は真っ赤な両手を近づける。指から手の腹から赤が滴る。悠斗は青い扉をめがけて走る。けつまづきながら。後ろではくすくす笑いながら道夫が生贄を捧げる儀式の音楽のごとく空き缶をバンバンバンバンバンバンバンバン叩きに叩く。

 

悠斗も上半身裸になった。Tシャツの背中についた赤い手形を落とすために。どんなに洗っても落ちなかった。
「いじめられてる?」心配そうに母の真里は視線を合わせて問いかける。
「ないない。うまくやるし」
「うまくって……突っかかってくる子もいるでしょ」
「変な奴に捕まっただけ。もう遊ばないし」
実際もう遊ぶもんかと悠斗は思った。あんな気持ち悪い奴はいない。もらった版画も早く捨てたかった。あんなの部屋に隠すの変態みたいじゃないか。
とは言ったものの、翌日からも蛭田のことが悠斗は気になってしまう。休み時間、友達と話している間も消しゴム版画をつくる蛭田が。体育倉庫の跳び箱の中に自分から隠れ、真実の口よろしく「手を入れなさい」と厳かな声を発し悠斗が穴に手を入れると指をなめてくる蛭田が。蛭田はたたりと書かれたアイスの棒を見せた。明らかに手製だ。蛭田曰く、これを引いた一週間頭痛がしたし、電気コンセントからクワガタの角が出てきたとか丸太ほどの巨大なエンピツに追いかけられたとか、たたりなのかどうかわからない話を続けた。気持ち悪いがくせになった。次は何をするか蛭田に期待してしまう。
悠斗の家では父親が遅くなると夕飯が冷凍ピザになることがある。そのとき、真里はゴルゴンゾーラのピザを食べる。悠斗はそれを臭いピザと呼んでいたが蛭田はまさにゴルゴンゾーラだった。癖になる。普通のチーズじゃ物足りなくなると手を伸ばしたくなる。
結果、悠斗は月水金は普通の友達と遊び、火木と土日どちらかはこっそり蛭田と遊んだ。普通の友達には習い事があると偽った。蛭田と遊んでいることがばれたら敬遠されるのは火を見るより明らかなのだから。

 

その日、蛭田の家の屋上で火を起こし、道夫が捕獲したカマキリやアリを焼いていると、車が猛スピードで近づく音がした。見下ろすと、洗車という概念を奪われた車がふごふごと家の前に停まっていた。
中から全身シマウマ柄の服装の蛭田と同じ顔をした女性が現れて、勝ったぞーと叫び声をあげて建物に入る。道夫が虫たちを一斉に火にくべ、ジャンプしながら回転する。上がってきた女性は悠斗に気づくと、誰? と蛭田に聞く。蛭田は鼻をひくつかせながら友だちと答える。友だち? と女性は怪訝な顔をする。悠斗は木嶋悠斗ですと大人に好かれる笑顔をつくると、本当に? と蛭田に聞く。友だちと再度蛭田が悠斗が紹介し、お邪魔してますと悠斗が転校で鍛え上げたそつのなさで援護すると、本当に? と女性は納得しない。しつこいなと悠斗は思う。いいだろ友だちで。蛭田にお母さんと紹介される。蛭田母は120万勝ったと鼻息荒く悠斗に伝える。120万? お母さん、競輪で稼いでるんだ。けいりん? え、競輪知らないの? 本当に? と蛭田一家は爆笑する。悠斗は目をそらし火を見る。そんなに知らないのが面白いのだろうか。
蛭田母は肉を大量に買い込んできており、洗ったことのなさそうなバーベキューセットを出しては肉を炙り、焼肉を悠斗に振る舞ってくれた。鼻腔に容赦なく入り込む煙が唾液を誘う。悠斗は夕飯食べられなくなると断ったが、蛭田は一枚だけと人差し指をあげて身体をくねらせた。悠斗は不承不承に一枚食べると、舌がかつて触れたことないほど濃く熱く遠くに炭を感じさせる味に口中が欲の渦となり、箸が次へ次へと自然と伸びてしまった。
父親はおそらく亡くなっているらしい。仏壇はなく骨壺らしき白い壷がテレビの横に無造作に置かれているのを悠斗は見たことがあった。
「お父さんは何してる人?」と蛭田母が聞いてくる。
「裁判官です」
「やだ怖い」
「怖いですか?」
「だって人を裁くんでしょ」
「優しいですけど」
「だから外では怖いんだって」といきなり蛭田母は大声を出す。悠斗はただ目の前の女が怖かった。まあまあ、よそのうちのことだからと蛭田がむしろ取りなしている。道夫はタン塩ばかり食べている。

「罰を与えるって何様よ。したくて悪いことするんじゃないんだから」
「でもその、誰かがやんなきゃいけないと思うし」蛭田がフォローする。
「あーそれはそうね。汚れ仕事か」と蛭田母は自分で納得する。
食事が終わり、洗い物をさせられたあと、兄弟の部屋に移っても悠斗の気持ちは晴れなかった。あそこまで乱暴な言葉を自分の親に向かって塗り込められ、言い返せなかったのが悔しく、鬱屈した。汚れ仕事って嫌な響き。
夜半、父の孝一に人を裁くのはどんな気持ちか聞いてみた。どんな気持ちっていろんな裁判があるけど……その人が後悔してやりなおしてくれることを願うかな、と孝一は言った。悠斗は自分みたいなこと言うなと思った。

 

© 2026 今野和人 ( 2026年10月7日公開 )

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