- 夫（28）、うろうろしている。義父
- （56）、ベンチに座っている。
- 義父「坂口くん、ちょっとは落ち着きなさい」
- 夫「でも、時間かかりすぎじゃないですか」
- 義父「予定時間より出産が遅れることなんか、よくあることなんだから」
- 夫「そうですけど、それにしても」
- 義父「きみも父親になるんだから、どっしり構えておかないと」
- 夫「ああ、すみません、お義父さん」
- 夫、ベンチに座る。
- 少しの間があり、男（30:ミックスの演
- 者）が走って登場。
- 男はビニール袋を持っ ている。
- 男「お待たせしました、お義父さん」
- 義父「陽平くん、来てくれたんだ」
- 男「もちろんです。加奈子は？」
- 義父「ちょっとねえ、大分予定時刻を遅れてるんだけどまだ」
- 男「そうですか、でも加奈子なら大丈夫ですよ」
- 義父「そうだといいけど」
- 男「これ、良かったら（ビニール袋からペットボトル出す）」
- 義父「ああ、ほんとに君は気が利くねえ（もらって開けて飲む）」
- 夫「えっと」
- 男「ああ、坂口さんですよね、お会いしたかった」
- 夫「どういった関係ですか」
- 義父「あ、はじめて？」
- 男「ええ。はじめまして、加奈子の元彼です」（以後、男は元彼と表記）
- 夫「え？」
- 元彼「元彼の陽平です」
- 夫「えっと、元彼さんなんですか？」
- 元彼「ええ、中高の６年つきあってました」
- 夫「ああ」
- 義父「そんな長くつきあってたか」
- 夫「ええ、加奈子は僕の青春そのものです」
- 義父「まぶしかったなあ、２人」
- 元彼「今でも目に焼き付いてるっていうか」
- 夫「あのごめんなさい。え、なんで来たんですか？」
- 元彼「あ、元彼なんで」
- 夫「ええ？」
- 元彼「心配で」
- 義父「ありがとね」
- 元彼「いえ、みんなで支えましょう」
- 夫「ちょっと待ってください、え、元彼がふつう来ます？」
- 元彼「え」
- 夫「いや、こういうときに元彼の方はあんまりね、家族のことなので」
- 元彼「加奈子とは家族同然のつきあいをしていて」
- 義父「幼馴染だもんねえ」
- 元彼「そうなんです、家に何度も泊まりに行ったり」
- 義父「あのころはお母さんも一緒だったね」
- 元彼「おばさんのことは本当に残念です」
- 義父「毎年ありがとね、お参り」
- 元彼「いえ、自然に足が向いちゃうっていうか」
- 夫「あの、深いつながりがあるのはわかったんですけど。ちょっと今回ばっかりはご遠慮願いたいなと」
- 元彼「でも……元彼なんで」
- 夫「うん、元でしょ。元の人は来ちゃだめですよ」
- 義父「そんな固いこというなよ。せっかくかけつけてくれたんだから」
- 夫「でもおかしくないですか」
- 元彼「出産前ってナーバスなりますよね」
- 夫「そうじゃなくて」
- 元彼「坂口さんもよかったら（ビニール袋から飲み物出す）」
- 夫「いやいや、いらないですよ」
- 義父「もらったらいいじゃない、それくらい」
- 元彼「炭酸だめですか、なんか別の買ってきましょうか」
- 夫「そうじゃなくて、悪いけどお引き取り」
- 義父「飲んだらいいじゃないか！ 人の好意をなんだきみは」
- 夫「……」
- 元彼「どうぞ」
- 夫、１本もらうが開けない。
- 元彼「で、男の子ですか、女の子ですか」
- 夫「え？」
- 義父「それがね、男の子なんだ」
- 元彼「うれしいですね。（夫に）もう名前は決めたんですか」
- 夫「まあ」
- 元彼「一応僕も考えてきたんですけど」
- 夫「は、なんで？」
- 元彼「えっと……元彼なんで」
- 夫「あの、万能じゃないよ、元彼って」
- 義父「いいじゃないいいじゃない、聞かせてよ」
- 元彼「太陽の陽に太いって字で陽太ってどうですか。画数的にもいいんです」
- 義父「ああいいじゃない、ねえ」
- 夫「古くないですか」
- 義父「陽太って陽平くんの陽からとったんでしょ」
- 元彼「そうなんです」
- 夫「ちょっと！」
- 義父「病院、静かに」
- 夫「なんで一文字とるの」
- 元彼「……元彼なんで」
- 夫「二度と言うなよそれ、なあ。元彼からとるっていかれてるでしょ」
- 義父「いいじゃない、名前呼ぶたびに、陽平君のこと思い出せそうで」
- 夫「お義父さん冷静になってください、言っても元彼ですよ」
- 義父「長かったんだよ、君と違って」
- 夫「……」
- 義父「つきあって３か月で妊娠なんて、ちょっとついていけないよ」
- 元彼「でもお義父さん、大事なのは長さじゃなく深さですから。坂口さんと加奈子は深く愛しあってるんだと僕は確信してます」
- 義父「えらいなあ君は。私だったら嫉妬してそんなこと言えないよ」
- 元彼「いや、人の幸せを心から祝福することを加奈子に教わりましたから」
- 夫「あんた嘘くさいんだよなあ」
- 義父「小さいね、君は」
- 夫「で、加奈子加奈子ってやめてくれないかな。常識ないの？」
- 元彼「坂口さん僕こう考えるんです、愛って常識を飛び越える」
- 夫「は？」
- 元彼「僕と加奈子は残念ながら結ばれることはなかったけど、愛し合っていたことは事実で今更さんづけなんて壁を設けることなんてできないんですね」
- 義父「そう思うよ、２人を見てたら」
- 夫「来世では結ばれようねって約束して、お互いの血を飲みました」
- 夫「気持ち悪」
- 義父「おい」
- 元彼「寝る前と朝起きたあと、今も加奈子のこと考えます」
- 夫「（詰め寄る）今も思ってるじゃないですか」
- 義父「ちょっと」
- 元彼「二人の近所に引っ越しますので、もし赤ちゃんを預けたい場合とか」
- 夫「帰れよ！キモいなあ」
- 義父「キモいなんて言うな！ わたしはねえ、本当は２人に結婚してほしかったんだよ！」
- 元彼「お義父さん」
- 義父「……ごめん、頭冷やしてくる」
- 義父、上手にはける。
- 夫「最悪だよ」
- 元彼、缶コーヒーのふたをあけて下品に
- すする。
- 元彼「……仲良くしようよ～、一種の？ 兄弟なんだからさ」
- 夫「は？」
- 元彼「３か月かあ。すごいね、毎日やってたの？」
- 夫「……お前何しに来た」
- 元彼「いや、坂口さんどんな感じかな～って、見たくて」
- 夫「は？」
- 元彼「あれでしょ、あんまモテてこなかったでしょ」
- 夫「お前加奈子のこと」
- 元彼「そうじゃないそうじゃない、単なるゴシップ」
- 夫「ゴシップ？」
- 元彼「加奈子はほら地元じゃね、けっこうねお盛んというか奔放なほうで有名だったから」
- 夫、二の句が継げない。
- 元彼「やっぱ知らないか〜。社会人なって大分キャラ変したらしいもんね」
- 夫「……」
- 元彼「今度地元のつれとバーベキュー行くんですけど、加奈子のこと話題にしたくて。うまくやったってみんなに報告しときます」
- 夫「マジでクソみたいな地元だな」
- 元彼、ふいにスマホで夫の写真とる。
- 夫「何やってんだよ、消せよ」
- 元彼「いやいや、みんなどんな人か予想してるから」
- 夫「やめろよ、消せって」
- ２人、もみ合ってると、赤ん坊の泣き声
- が聞こえる。
- 夫「あ」
- 夫が小走りで下手にはけるのを元彼が追
- う。
- 上手から義父が戻ってくる。
- 義父「あれ」
- 元彼が笑いながら走って上手に逃げるの
- を夫が追う。
- 義父「え、ねえ、生まれた？」
- 義父が下手にはける。
- 義父の声「（笑いながら）陽平くんそっくり」
- （了）
2023年12月12日公開
2023-12-12T21:50:37+09:00
2024-01-31T10:57:12+09:00
これは合評会2024年01月の応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。
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著者
今野和人
破滅派
投稿者
国際基督教大学卒。小説とシナリオを執筆。2023年、第60回文藝賞と第35回フジテレビヤングシナリオ大賞の最終候補に残る。第53回宣伝会議賞受賞。
W-E aka _underline 2023 年 6 月 12 日 
おしゃれなコケシ 2022 年 7 月 11 日 
樋口恭介 2022 年 6 月 16 日 
西向 小次郎 2024 年 4 月 25 日 
山雪翔太 2024 年 4 月 24 日 
arai 
A.anji 投稿者 | 2024-01-20 13:03
夫さんがすごくちゃんとしたいい人！？（元カレさんの話を信じるところとか）だったり、お父さんが元カレと本当の深いところで共感している様子が伺えました！それで今回出産する娘さんは人生を変えたかったんだろうなぁ……とかまで膨らませることができてとても楽しかったです。文体からも舞台演出がイメージできるドラマでした！
今野和人 投稿者 | 2024-01-21 11:58
ありがとうございます。
夫は不憫ですが、生まれてくる子どもに罪はないので、ちゃんと愛してあげてほしいとは思いつつ、彼はそこまで度量が広くないと思うので、このあとすぐ離婚するだろうなあと思います笑。
松尾模糊 編集者 | 2024-01-24 13:14
戯曲はあまり読んでこなかったので、技術面はよく理解できていないのですが、この字数で背景とオチまで、きっちり破綻なくまとまっていて面白く読みました。Yahoo知恵袋にこんな投稿があるとは知りませんでした。
今野和人 投稿者 | 2024-01-24 15:19
コメントありがとうございます。
ヤフー知恵袋にのっていたのは、元カレからの相談で「元カノが出産するんですけど、心配なんで付き添ったほうがいいでしょうか？」という内容でした。回答でフルボッコにされていましたが。
ヤフー知恵袋があってよかったとそのときだけ思いました。
眞山大知 投稿者 | 2024-01-24 18:10
初めて戯曲を読みましたが情景をしっかり想像でき、元彼と岐阜の気持ち悪さに胃がもたれそうになりました。不憫ですがおそらく夫は捨てられるのだろうなあと思いました
今野和人 投稿者 | 2024-01-24 19:08
コメントありがとうございます。
気持ち悪い話が好きなので、ちゃんと伝わって良かったです！
ヨゴロウザ 投稿者 | 2024-01-25 23:14
台詞のやり取りがお笑いのコントっぽいなと思いました。ウェルメイドな作品で良かったと思います。今作は合評会に出される前に拝読してその時に星5つ付けさせていただきましたが、他の作品との相対評価でまた変わるかもしれませんのでお含みおきください。
今野和人 投稿者 | 2024-01-26 11:52
そうですね、昔コントをやっていたこともあり、戯曲というよりコントを意識して書きました。
早々に読んだうえ評価してくださり、ありがとうございます！
曾根崎十三 投稿者 | 2024-01-26 10:03
不穏な雰囲気且つ狂ってるような狂ってないようなバランスが良かったです。
実はお父さんが一番異常なんじゃないかと……。でもそもそも異常ってなんだ？ 普通ってなんだ？ と考えさせる話でした。
今野和人 投稿者 | 2024-01-26 12:46
そうですね、お父さんは何かしらの価値観が偏った団体に入ってるかもしれません。そちらの世界では元カレが来ることは普通のことなのだと思います。
春風亭どれみ 投稿者 | 2024-01-26 16:22
すんなり、元彼が夫だったら、やたら仲のいい義理の親子で住むところですが、だれがサイコかといえば、地味に悩んでしまうナチュラルに狂気な世界、面白かったです。
今野和人 投稿者 | 2024-01-26 17:26
コメントありがとうございます。
サイコパスの人にとって結婚とはなにか聞いてみたいと思っています。
河野沢雉 投稿者 | 2024-01-27 00:11
誰が一番サイコパスかといったら義父に一票です。
非常に上手くまとまっていて面白かった。
今野和人 投稿者 | 2024-01-27 07:37
義父のヤバさが伝わって嬉しいです。
高評価ありがとうございます！
諏訪靖彦 投稿者 | 2024-01-27 10:11
このネタでキングオブコント出たらいいとこ行けると思います。義父「出産前ってナーバスなりますよね」が元彼の間違いかなと思いましたがそんなことどうでもよくて面白かったです。
今野和人 投稿者 | 2024-01-27 10:42
いえいえ、恐縮です。でもあるトリオを念頭に書きました。
間違いのご指摘、ありがとうございます！ 修正しました。
大猫 投稿者 | 2024-01-27 10:24
面白かった！
ごく短い会話のやりとりがちゃんと噛み合っていて、噛み合わないのもちゃんと計算して可笑しみを醸し出していますね。手練れの仕事だと思いました。
皆さん仰っていますが不謹慎系コントで大受けしそうです。
今野和人 投稿者 | 2024-01-27 10:47
笑ってもらいたいと思って書いていたので、コメント嬉しいです！
小林ＴＫＧ 投稿者 | 2024-01-28 01:40
読んでて気持ち悪くなりました。
それ位面白かったです。
お父さんが一番あれでしたね。嫌な奴って言うか、気持ち悪かったですね。
この人達がいる街ごとこんな感じなんじゃないかと、気持ち悪いんじゃないかと、そんな風に思いました。
今野和人 投稿者 | 2024-01-28 09:10
たしかに街ごとおかしい可能性ありますね。母親の死因さえ怪しいものだと思っています。
コメントありがとうございました！
小木田十 投稿者 | 2024-01-29 00:17
お題のせいで殺伐とした作品ばかりが集まるかも、と思っていたところにコメディ作品、センスを感じた。ただしシナリオは、演者さんによって初めて作品として完成するものだと思う。小説の形式で、登場人物の具体的な様子を味わいたかった。
今野和人 投稿者 | 2024-01-29 07:36
コメディとして評価してくださり、ありがとうございます。
形式については特に指定が書いてなかったので笑、戯曲形式で書きました。ただ、他の皆さんが小説なのに僕だけ違うと評価が難しいと思うので、僭越ながら次回から規定を見直したほうがいいかもしれません。