精と火と露より創られたあなたは
悪しき星のもとに生まれた
ブロウイング
草は生え、子供たちは死なねばならない
私はこういおう、——芸術の残酷な法則は、人間は死ぬということ、われわれ自身もあらゆる苦しみをなめつくして死ぬであろうということである、そのために忘却の草でなくて永遠の生命の草、みのりゆたかな作品のしげった草は生え、その草の上に幾世代もの人たちがやってきて、その下に眠る人たちのことなどを気にもかけずに、たのしく自分たちの「草上の昼食」をするだろう、と。
マルセル・プルースト『見出だされた時』井上究一郎訳
一 マシュー・カスバート、追い込む
アン・シャーリーは手違いで引き取られたマシュー・カスバートよりグリーン・ゲイブルズ二階にあてがわれた自室にて最初の詰問を受けていた。
「そうさのう、ここにいたいのか。わしから十時間クンニリングスを受ける覚悟はあるのかな?」
棒立ちのまま舌をチロチロっと出す真顔のマシューを前にしたアンは己が想像力をはるかに超えた異形の者と対峙し震えあがる。これがまったくもって前座に過ぎないということをこの時点のアンは知る由もない。クンニリングスという言葉はアンがプリンス・エドワード島に至るまでの苦難の歳月において培った文学的素養をもってしてもわからない。なんだろう? 彼女の想像力では解決にはいたらない。自分が食べたことのない、なにかのおいしい焼き菓子の名前だろうか? 否も応もないアンににじりよっていくマシューは呼吸を鎮めネコ科の捕食動物よろしくしずかに四つ足で前傾姿勢をとる。
飛んだ。
階下に響く十一歳の少女の絶叫と嗚咽、マシューのあらん限りの怒声と髄喜の哄笑を涎まみれ、舌なめずりして聴いているのは妹のマリラ・カスバート。
老兄妹は少女に対するクンニリングスのためだけに独り身を守ってきた名うての古強者であり、狂人の島、「世界で最も邪悪な島」として後世に悪名をはせるプリンス・エドワード島でも異彩を放つ存在である。
かれらはクンニリングスとかみさまに対するいかりに執念を燃やし尽くした鬼兄妹として後にカナダ全土を震撼させる。この島は十一年という短さで苦難に満ちた生涯を終えたアンという薄幸の少女の終焉の地となる。
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