6月20日に『シン・サークルクラッシャー麻紀』を破滅派から刊行する佐川恭一。小説すばるで連載を持つかたわら、2019年に『第二回阿波しらさぎ文学賞』受賞、佐々木敦が編集長を務める書肆侃々房の文芸誌『ことばと』で「舞踏会」を寄稿(のちに短編集の表題作として単行本化)、さらに2020年に『第一回RANGAI文庫賞』受賞し『ダムヤーク』が刊行されるなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、いま「文芸界で最も熱い男」と言っていいだろう。
そんな佐川の最新刊『アドルムコ会全史』(代わりに読む人)は、『『百年の孤独』を代わりに読む』で知られ、10日には新たな文芸雑誌『代わりに読む人0 創刊準備号』を発刊するなど、業界からも熱い視線を向けられる友田とん主宰レーベルから4月に刊行された話題の書。漫画『死都調布』(torch comics)の斎藤潤一郎が手掛けた装画や芥川賞作家の吉村萬壱による帯文も相まって、独自の世界観を醸し出す長編3作を含む全5作の大著だ。今回は自著の刊行ラッシュで多忙を極める佐川に、メールインタビューで『アドルムコ会全史』について創作の裏側や影響を受けた作家、さらには将来の展望などを聞いた。
小説の書き方
「夏の日のリフレイン」は『サークルクラッシャー麻紀』(破滅派)収録作「男根のルフラン」を加筆・修正された作品ですが、それ以外の作品は同じ時期に書かれたものでしょうか?
大体は2017~2020年ぐらいに初稿を書き上げたものになります。「パラダイス・シティ」だけはかなり昔で、2010年ぐらいに考えた話ですね。何度か直しているので、いつ書いたというのはハッキリしないんですけど。収録作の中で一番新しいのは去年書いた「キムタク」です。出版にあたってすべての作品に友田さんにも細かく目を通してもらって、よりレベルアップしたものを作り上げることができたと思います。
三作の長編はどれも趣きの違った作品になっていますが、執筆の際に決まった書き方などはあるのでしょうか? 例えば、プロットを作る、キャラクターの造形、世界観の設定などをあらかじめ決めるなど。
本当に必要に迫られたとき以外プロットは作らないですね。これはもう、いつの間にかそのほうが楽しく書ける身体になってしまったというか。ただ、作家としてちゃんとやっていくぞ、という人はプロットを作る癖をつけた方がいいと思います。こないだ古くからの友人というか、「アドルムコ会全史」に出てくる久我山って人物のモデルと食事した時に、そいつが宗教作りたいとか小説を書きたいとか言い出したんですよ。
宗教はさておき、僕は大学の時からそいつと一緒にいて、文学的才能が絶対あるから小説書けってずっと言ってたんですけど、十五年ぐらいたってやっと書く気になったかと思って。それで何書きたいかって聞いたら「とにかく面白いエンタメ」って言うんで、僕も小説の書き方の本をクソほど読んだ時期があったので、そこで学んだことを一時間半ぐらいずっと喋ったんです。参考になる本も何冊か教えたら、そいつも本気になってるんで電子でその場でパッパと買っていくんですよね。それで最後に「そうか、そういうやり方でやってきたんやな~」って言われて、「いや、俺はやってないけど」って言ったら怒ってました。
でもやっぱり、プロットなんかは立てられたほうが仕事としてやりやすくなりますし、どっちでもいける状態なら立てる側にいったほうがいいと思います。キャラクターについてもある程度イメージを抱きながら書きますが、書きながら完成されていく感じですね。世界観は一番ちゃんと決めてるかもしれないです。ただ、ほんとに忘れたらダメなことを箇条書きしておくぐらいです。あと、何年かかるかわかりませんがその友達が作家デビューしたら宣伝するので、ぜひ読んであげてください。
影響を受けた作家
「パラダイス・シティ」に顕著ですが、“利他的”であるという一つの大きなテーマが通底しているように感じました。ルッキズムや競争社会のヒエラルキーが生々しく描かれていますが、実生活や実体験が創作に及ぼす影響は大きい?
利他的であることを特に大きくテーマとして持っているわけではないんですが、「パラダイス・シティ」を書いた時には何というか、人が良すぎて結局ずっと損してるなという人が近くにいて、それを一部取り上げたいなという気持ちがありましたね。
実生活は創作に思い切り影響しています。映画やアニメのようなフィクションの影響だったり抽象的な思考だったり、そういうところから小説を立ち上げられる人もいますが、僕は現実での衝撃みたいなところからじゃないとなかなか始められないタイプです。ただめちゃくちゃ小さいことにも衝撃を受けて生きてるんで、何でもすぐスマホにメモってます笑
「キムタク」は安部公房「他人の顔」にあった世界観を軽妙に作り上げているようにも感じました。影響を受けている作家などはいますか?
昔は強いて言えば村上龍や高橋源一郎の影響を受けていたように思います。かれらの本を読んで自分に勢いをつけて書くようなこともありました。ここ数年は良いか悪いかはさておき自分なりの書き方が出来上がってきて、そういう外部のスプリングボード的なものはいらなくなってきました。逆に自分が小説を書いている期間に他の人の小説を読むと調子を崩しやすいので、読める時期が短くなっているのが悩みです。昔からよく三島由紀夫とか大江健三郎が好きと言っていて、ほんとに好きなんですけど、作風に影響があるかどうかは自分ではよくわからないですね。
まあこれまで読み書きしたものや現実の経験が頭の中で全部ゴチャゴチャになっていて、その変な汁をしぼって新たな作品を生み出してるって感じでしょうか。あと、実は安部公房はいまだに一冊も読めていません……『砂の女』は持ってるんですけど。時が満ちるのを待ちます笑
これから目指すところ
「ブライアンズ・タイム」は、いったい何人出てくるんだと驚くほど登場人物が入れ替わり立ち替わりに、登場します。それでも一人ひとりの思想や価値観がしっかりと描かれていてキャラ立ちしており、感嘆しました。「アドルムコ会全史」の岸田にはモデルがいると公言されていましたが、登場人物にはすべてモデルがいる?
ありがとうございます。「アドルムコ会全史」の岸田だったり久我山だったり、僕の作品の登場人物にはけっこうモデルがいたりするんですが、「ブライアンズ・タイム」に関してはあんまりモデルはいないんですよね。それぞれキャラ立ちしてたならよかったです。僕はあんまり交友関係が広いほうじゃないのでモデルには限界がありますし、モデルなしでもいけるというところをこれからも見せていきます!
今後書きたい作品世界や、なりたい作家像などはありますか?
書きたい作品世界……アドルムコ会じゃないですけど、何か聖書みたいな本を書きたいですね。聖書読んでないんですけど、みんなが読んでありがたがったり人生の指針にするみたいな。「お前、悩んでるんだったら佐川恭一の〇〇の第二章を今晩読んでやろう」とか、「君は一度佐川恭一の△△の冒頭をじっくり読んだほうがいいな」とか世界中で言われたりして。そういうものにチャレンジしたい気持ちはあります。
なりたい作家像は、書き始めた頃はザ・文豪みたいな破天荒人間に憧れましたけど、今は全然ないですね。小さいことで言うと、自宅と別にどこかに仕事部屋を借りたいなという気持ちはあります。あと、どっかのホテルとか温泉旅館に缶詰めとかしてみたいですね。そのぐらいしかないんですけど、とにかく細々とでもずっと書き続けたいです。新人賞ウォッチャーをやってた身としては「あの作家いまどうしてるのかな」ってふと寂しくなることもあるんで、いつまでも「また佐川が何か書いてるな」みたいな感じで生存確認してもらえるよう頑張っていきたいです。
2022年6月某日、メールにて
*
筆者が佐川恭一の小説を初めて読んだのは、破滅派14号に掲載されていた「童Q正伝」だった。衝撃の面白さに声を上げて笑ってしまったことを今でも覚えている。あれから四年近く経つわけだが、まさに快進撃で業界内を駆け上がり、揺さぶるところを目撃し、あの感覚が多くの人々に共有されていると思うと感慨深い。『アドルムコ会全史』は全編を通して彼の魅力がつまった傑作となっている。『シン・サークルクラッシャー麻紀』とあわせて、未読の方には読んで頂きたい。そして、「佐川恭一現象」の目撃者となってもらえれば幸いである。
コメント Facebookコメントが利用できます